忍少年と碧血丹心 014
「中学3年だとよ。つまり15だ、じゅうご」
忍の代わりに応えた『キング』が、頬杖をつきながら酒を呷った。
その仕草だけでも、思わず首を捻ってでも視界に入れたくなるような情緒があり、取り巻き達の中で誰かが恍惚とした吐息を零した。
最後の方はゆっくりと言葉を並べ、皮肉を言うように強調すると、途端に大きく反応を見せたのは無論目の前にいる『ユウジ』である。
「えぇっ!?嘘だろう!!15歳だって!?ここにいる誰よりも大人っぽいじゃないか!!」
「おい。なんだそれは。そこに俺も含まれてんのか」
周りもそれを盗み聞きし、驚きに息を詰める気配が複数も重なり、それは大きな驚愕の空気となった。
確かに身長はまだ低く、声も少し高いとはいえ、まさかそこまで若いとは思わなかったのだろう。
それに身に纏った衣装もまた忍を貫禄を背負わせ、年長者という印象を持たれやすくなっていた。
誰もが一度や二度、談話をしながら忍の背中に視線を向けている。
忍は己の権利を奪われたような心地から、じろりと『キング』に視線を向けて低く呻いた。
「―――なんで貴方が答えるんですか」
「いいじゃねぇか。俺が答えようと、お前が答えようと。それほど重要な事でもないだろう、年なんて―――それよりも少しは羽目外して楽しめよ。せっかく連れて来てやったんだ」
「…お酒は飲みません。まだ20歳ではありませんし」
「真面目な優等生君は人の好意を袖にするのがお好きらしい」
「こら『キング』。無理強いは駄目だよ。三日三晩の恩人なんだろう…?」
―――いい人だ…
忍はこの時、心底そう思った。
特にこんな俺様と並ぶと、『ユウジ』が神々しく見えてくるもんだ。
何故こんないい人がこの男と知り合いなのだろうと、最初こそ警戒していた事を心の中で詫びた。
彼は本当に忍に楽しんでもらおうとしているのだ。
しかし真横にいる『キング』は大げさにため息をついてから、一気にブランデーを飲み干した。
上質な酒の香りが、仄かに広がる。
「ふん。律儀にそれを礼してやろうってのに、頑なに断れられた俺の立場はどうなる…?」
「いえ、その心遣いだけで十分ですから」
「俺が十分じゃねぇんだよ」
「えぇ?あなたの問題ですか?―――面倒臭いですねぇ……」
『ユウジ』は顔を曇らせながら腫れ物でも触れるかのように忍の顔色を窺った。
そこには同情の色が勝って濃かった。
「忍さん。うちの『キング』がお世話になっておきながらこんな…。なんか申し訳ない気持ちで…」
「いえ。『ユウジ』さんがお気になさる必要は無いんです」
忍は華が咲くように笑みを綻ばした。
忍の瞳に宿る紅蓮の炎からは暖かさを感じ、同時に宝石を見るような美しさに『ユウジ』は視線を奪われる。
「『ユウジ』さんは、何も俺に悪い事をした訳じゃないんですから。あなたにそんな顔されると、なんだか俺の良心が痛みます。こうやって歓迎して下さるだけで十分なんで、謝ったりしないで下さいよ。せっかくの『べっぴんさん』がもったいない…」
人の良さそうな人相に『ユウジ』はしばらく目を瞬かせていた。
それから釣られるように苦笑を零す。
「―――あはは。そんな綺麗な顔で微笑んでもらっちゃって、しかも名前呼ばれると若干照れくさいなぁ…」
「え?」
「なに馬鹿抜かしてるんだ。…―――お前も、随分俺の時と態度違うじゃねぇか…?忍」
「―――あなたはまず自分の行いを改めてから物を言ってください」
ちっと、『キング』は舌打ちをする。
「この垂らしが…。『ユウジ』、お前もこいつの毒にやられねぇよう注意しておけ」
「失礼な方やな。べっぴんさん見て綺麗って言う事のなんがおかしいんです?」
『ユウジ』の頬は少し赤らんでいた。
そしてそれを見上げてにこにこしている忍。
「そ、そういえば忍君って……」
『キング』を置いてきぼりにして、二人は雑談を始めた。
あっという間に仲良くなっている二人を見て、『キング』の表情は不機嫌に染まる。
ちらりと『キング』が忍を盗み見をすれば、心底楽しそうに忍は穏やかな微笑みを浮かべていた。
それは『キング』の前では決して見せない表情だ。
「気にいらねぇなぁ……」
二人の会話に割り込み、『キング』は忍の手首を掴むと強引に椅子から引きずり下ろした。
「ちょっ!?」
「『キング』?」
「―――来いよ。気分が乗らないんだろう?酒が駄目なら別の事で楽しめばいい」
「俺はここで十分ですって…!!」
「お前をここに連れてきたのは楽しんでもらおうとして、だ。目的を果たさずお前に帰ってもらうのは癪に障る」
「あなたのこの行為自体、俺の癪に障ります…!!」
「うるせ」
―――この、俺様がぁああ!!
忍の心中はこの一言に尽きる。
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