忍少年と碧血丹心 012

それらしく赤いタイと少し着崩した白いワイシャツ、黒いベストと同じ色のズボンを着こなす姿は、誰もが想像するバーマンそのものだ。
暑いのか、長袖のワイシャツを関節の所まで撒きつけ、日焼けをしていない上腕が覗いている。
華やかな場所でも清楚そうなイメージを持つ彼が一度その甘いマスクで優しく微笑めば、どんな客も直ぐに常連へとなりそうだ。

「ようこそ、お客様。遠慮なく腰掛けてね―――それと初めまして、だ。俺はみんなから『ユウジ』って呼ばれている。君の事はそこにいる我らの王様から聞いているよ。なんか世話になったみたいで…今日はお礼も兼ねて楽しんでいってよ。せっかく『キング』が連れてきた初めての客人だから俺も楽しみにしていたんだ」
「それは、ご丁寧にありがとうございます…」

忍の顔があまりにも無愛想だったのだろう。
『ユウジ』は小声で声を潜ませ、片手を立てて痛々しそうな顔で謝った。

「ごめんね。ちょっとびっくりさせちゃった…かな…?来る前には終いにするって言ったのに、一度始めると俺でも止められないんだよ。軽く目を瞑ってやって」

にっこりと、それこそ女性を一殺にしそうな、穏やかな笑みを零しながら。
カウンター席に座るように促され、それに応えるよう軽く目礼する。
先ほどの光景もあって、忍としてはそう愛想良く振舞うことなど出来ず、その顔は能面のようだった。
今だ頑なにガードを固める忍の腰に、『キング』が腕を回す。

「ほら、いつまで立っているつもりだ。座れ」

それにぎょっとしたのは忍だ。
紳士的なエスコートを受けていると知り、忍は怪訝に眉を寄せた。
それは男に対してする行為ではない。

「…。そう急かさないで下さいよ…。俺にだって自分のペースがあるんですから。あと、これお返しします。ありがとうございます…」

少し高めのその席に座り、ジャケットを隣に腰かけた『キング』に手渡す。

「素直だな」
「ええ。恩を仇で返す方と違って……って、少し近くありません?」

「話が聞きとりやすくでいいだろ」

隣に座った『キング』はカウンターに両腕を置いたまま、忍の瞳の色を覗きこむように首を傾げている。
相手の吐息が肌を撫でる近さに、忍は居心地の悪さに自分から視線を逸らさすしかなかった。

―――今日来てからこの男はどうも変だ…

周りに親密さを思わせるような態度に、困惑するばかりだった。
ふと視線を感じて辿ると、『ユウジ』が少し驚いたような顔をしていた。
しかし忍と目が合うと、困ったように微笑みで返される。

少なくとも目の前にいる『ユウジ』には色々と勘違いされているような気がした。


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