Spring | ナノ
第48球
合宿4日目。
参ったことに中々疲れが抜けない。朝飯も一度胃には入れたけど、授業前に少し戻してしまった。この夏合宿は盗塁練を中心的に行っているため、他の人に比べてとにかく走ってる時間が長くて、それがとにかく辛かった。
「アウト!!!」
「氷上全然間に合ってねえぞ!」
サポートに入ってくれている金丸に思い切りどつかれる。足腰にガタが来ているのかそれだけで転びそうになった。
練習をする前よりスタートのタイミングは掴めてきている…と思う。少なくとも投げてから走るなんていうバカなことはしなくなった。それでも前よりアウトになることが多くなったのは疲労で走る速度が落ちているからだろうか。
「(そしたらもうちょっとリードとって…)」
「ばっバカ!!んなリードとったら戻れな」
「アウト!!お前ほんっっと下手だな!!!」
あああもうわっかんねー!盗塁がこんなに奥が深いものだと思わなかった。華麗に盗塁を決める倉持先輩を横目に見ながら、俺とこの人とで何が違うのか考える。
根本的に違うのは体力。倉持先輩はめちゃくちゃタフだ。合宿も4日目に差し掛かっているのに、スピードが全然落ちない。本当ここの先輩って化け物ばっか。
「あ、悠くんだ。調子どう?」
練習を終え、風呂を済ませて自販機で飲み物を買っていると春市に声をかけられた。
「全然ダメ。盗塁どうにかしねーと…」
「あー…今日チラっと見てたけど、悠くんって戻ろうか進もうか悩んで結局どっちつかずになっちゃう時多いよね」
「!、そうなのか…気づかなかった」
「盗塁は迷いがあると失敗するから上手くいかないんじゃないかな」
春市のアドバイスは的を得ていてすごくタメになる。チラっと見ているだけでこんなに的確なアドバイスを出来るなんて、やっぱりこいつも凄い。
「ありがとな…春市。お前本当頼りになる」
「ストレートに褒められると照れるね…」
世話になったお礼に春市に飲み物を奢ってから部屋に戻る。いつもはご飯を食べて自主練をして風呂に入ったらすぐに寝てしまうのだけど、今日は調べ物をするために起きていることにした。
「お、氷上起きてんのか!」
するとどういうわけか倉持先輩を始めとしたレギュラー陣がぞろぞろと部屋に入ってきたのだ。
「げっ先輩たち、なんでここに」
「ゲームしに来たんだよ!オラそこどけ」
「痛って…!言ってくれればどきますから…」
意味がわからなくて夏坂先輩の方を見ると絵に描いたような苦笑いを浮かべながら「毎晩こうだよ」と飲み物の用意をし始めた。
結局俺たちの部屋は、沢村や降谷まで合流してパーティー会場の様になってしまっている。毎晩こうって…俺こんな騒がしい中爆睡してたの?我ながらすげーな。
「なーにさっきから携帯弄ってんだよ。お前も彼女とメールか?」
「盗塁について調べてるんです」
「へー、良い行いじゃん。お前いつまで経っても下手だもんな」
「ぐっ…いつか絶対見返してやりますんで…」
「ヒャハハ!卒業までに間に合うといいけどな!」
「予選までに間に合わせます!!!」
春市は盗塁は迷いがあると失敗するといっていた。でもやっぱり進めばいいのか、戻ればいいのか迷ってしまう。ポイントはリードなんだろうな、きっと。
他の皆はどうしているんだろうと思ってネットで調べてみると、リードの取り方は人によって様々で、プロ野球選手の中でも割れているらしい。それはあくまで個人差でどれが正解というのはないようだ。
どうすっかなあ…倉持先輩みたいにリードを取らないで走ることだけに集中するか、いっそのことめちゃくちゃリードを取って投手がモーションに入るまでは戻ることに集中するか…
「あんまり根詰めるなよ」
「!、あ、ありがとうございます」
「休む時はしっかり休んだ方がいい」
携帯片手に唸っていると、キャプテンが紙コップに注いだ飲み物を持ってきてくれた。なんて優しいんだ…神か…神だ…
周りを見れば先輩たちは各々に自分の好きなことをしていて。俺みたいに野球のことばっかり考えてる様子はなかった。
この人たちは練習と休息をしっかり使い分けている。だからこそ次の日になればしっかり動けるのかもしれない。オンでもオフでも、この人たちには学ぶことが沢山ある。改めてそう思った。
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