雨模様 | ナノ
第46話

冷静になったオレを待っていたのは理性との戦いだった。抱き合っているこの状況、ヤバい。

ゼロ距離のせいで風がそよぐ度にハルの匂いが鼻を擽るし、いつの間にかハルの腕が背中に回ってるし。追い討ちをかけるように「…ごめん、服濡らした」とこちらの様子を伺うハルの涙に濡れた目とか、睫毛とか、微かに赤い頬とか、

「お前、凶器かよ…」

「…え?あ、ごめん、汚くして、」

その反応はハルにあらぬ誤解を与えてしまったらしい。正直今は気を鎮めるのに集中したいが誤解を解くために「そうじゃねーよ」とだけ答えておく。

「?」

ハルはすっかり通常運転だ。さっきのやりとり結構恥ずかしかったと思うんだけどオレだけ?つーかお前は簡単に大好きとか言うんじゃねーよ。思わずオレも、とか返しちゃったけどこいつとオレの好きは意味が全然違う。…はぁ、まあいっか。

「そろそろゴンのとこ戻ろうぜ」

「うん、…行こう」

隣に並ぶハルを見てようやくこれからもこいつと一緒に居られる実感が湧いてくる。

もしオレがハルの後をつけていなかったら今頃どうなっていたのだろう。考えただけでゾッとする。あいつがハルの頬に顔を寄せ、髪を掴んで正面を向かせたくらいで耐えきれず、(息の根を)止めに入ったが、放っておけば無理矢理事に及ぼうとしていたのだろう。

「ゴンは…飛行場にいるの…?」

「あー多分な。待ってろっつったけど大人しく待ってんだろうな…」

これから先はゴンと3人旅になる。絶対楽しいだろうけど、ハルと2人でこれだけ長い時間を過ごすことはもう無いんだろうな。

「ハル、ちょっとストップ」

そんなことを考えながら横目でハルを見ていたら左の頬に汚れを見つけた。

「ここ黒くなってる」

「ここ?」

「いや、そっちじゃなくてこっちの…」

説明が面倒になって自らの手をハルの頬に伸ばす。ここって丁度あいつがキスした所…ちっ、あの野郎ハルに何してくれてんだよ。

「!…キルア、何」

唇に当たる柔らかい感触と、やけに近くから聞こえるハルの声にハッと我に還る。

「っ、あ、」

待て待て待て…!オレ今こいつに何した?!キスした?!頬に?!なんで?!やべえ、ハル真顔になってんじゃん。

「…さ、最後があいつじゃキモいだろ!だから、…その…」

なんだそれ!!?咄嗟に出た弁解が気持ち悪すぎて自分自身にドン引いた。オレが消毒してやるよ、的な?!うえー…ねーわ…最悪。

「………」

あーーもう…何でこいつって言葉が欲しい時に限って何も言わねーの。瞬きを繰り返すハルの表情からは何も読みとれなかった。

ついに俯いてしまったハルに後悔の念が押し寄せる。先程の無表情も今の状況も到底プラスには受け取れず「ごめんな」と小さく謝る。

「そこの水道で洗ってこいよ」

「…ううん、いい」

ハルは首を横に振り、顔を上げる。嫌悪で眉を顰めているとばかり思っていたのにその顔はあまりにも嬉しそうで。

「最後がキルアなら…うれしい」

「〜〜っ、お前ほんと…」

頬を押さえて微笑むハルを見て再び呼吸が苦しくなってきた。

これまで耐性を作るために飲まされた毒よりも、流された電気よりも、ありとあらゆる拷問よりも、こいつの一挙一動の方がよっぽど応える。

「つーか、これが最後とは限らねーからな!」

「…?それはまたキルアから「あーバカやめろやめろ!いちいち言葉にすんな!!!」

ゴンたちには散々シャイだなんだと言われるけれど、キスしても照れる素ぶりすら見せねーような鈍感女相手に、これ以上どうしろと。




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