日常 | ナノ
77日目(土曜日)

私は確信した。うち、本物。神様、いる。

というのも今日は早起きして境内周りをいつも以上に真剣に掃除して「お兄さんに会えますように!」と祈ってみたら本当に会えてしまったのだ。これはすごいことだ。日記に書いておこう。

今日は仕事が早上がりの日だったので退勤してからはお兄さんを探すことに専念していた。とはいえ身分?素性?がまったくわからないうえに神出鬼没のお兄さん探しはかなり難航し、あっという間に日が暮れた。焦るどころか呑気にへドロさんの花屋で買い物をしたその帰り道でお兄さんにばったり会ったのだ。挨拶をする、お土産をわたす、お礼を言う、などお兄さんに対してしなきゃいけないことは山程あったのに私の口から出てきたのは「今そこの店で花を買ってきました」だった。何の報告?今日も開口一番で笑われてしまった。

気を取り直して、いつまでも肩を揺らして笑っているお兄さんに宇宙旅行の御礼をする。その流れで持ってきていたお土産を手渡すと「多すぎじゃねェか?」とその袋をまじまじと見つめるお兄さん。そうだろうか?宇宙の思い出を少しでも共有できれば…と思って張り切りすぎてしまったかもしれない。膨らみすぎたビニール袋がやけに恥ずかしく思えて「それでは…」とその場を離れようとしたのだが後ろから「急ぐのか?」と声をかけられつい「いえ全然」と素直に返してしまう。

お兄さんは「土産話、聞かせてくれよ」と私の隣に並んだ。身にまとうものすべてが一流ぽいしやたらといい匂いがするし花ちゃんが言うように住む世界が違う人なんだろう。意識すると隣を歩くことすら緊張してきた。目が合ったことにびっくりして慌てて逸らすと「いつものふてぶてしさはどこにいった?」と笑われた。私ってふてぶてしかったのか。慌てて今までの非礼を詫びると間髪入れずに「そのままでいい」と返ってきて耳を疑う。お兄さんの住む世界のことはよくわからないが気を遣われるのが嫌だというのなら普通に接しよう。その方が私としても有難い。

話を聞きがてら家の近くまで送ってくれるという親切なお兄さんの厚意に甘えて道中で宇宙であったことを話していたらあの時の楽しかった気持ちが蘇ってきた。「その花もここらのじゃねェな」「そうなんです!」お兄さんが聞き上手すぎて話が止まらなかった。もともとハマったものはとことん語り尽くしてしまうタイプなのだ。さっき買った花は宇宙に咲いていた種類を地球の土壌に合うようにヘドロさんが品種改良したものだ。ヘドロさんってすごい。「一週間くらいで咲くって言ってたのでよかったら見に来てください」「いいのか?」「はい。宇宙のお裾分けです」口に出してしまった以上、枯らさないように気をつけないと。

別れる間際に「宇宙の砂かき集めてきたんですけど要ります?」と尋ねると「遠慮しとく」と即答されてしまった。そのあとじわじわと笑いがこみ上げてきたらしくお兄さんは口元を隠してしばらく1人で笑っていた。ツボ浅すぎない?宇宙の砂、良い宇宙土産だと思ったんだけどなあ。

腑に落ちない顔をしている私に「勘違いしてるみてぇだが、俺ァ宇宙には行き慣れてるぜ」と衝撃の事実をさらっと伝えてくるお兄さん。あのとき宇宙に行けなくて落ち込んでるように見えたけど別の理由があったんだろうか。尋ねようと思ったがなんとなく聞けずに閉口する。でももやもやしたまま解散するのも嫌だしなあと悩んでいたら突然髪を掬われる感覚がしてびっくりして顔を上げたらお兄さんの顔がわりと近くにあってさらにびっくりした。そのままフリーズする私をよそに掬った1束をガン見しながら微動だにしないお兄さん。何か言っていたような気もするが私も動揺していたのであんまり覚えていない。名古屋が惜しいって聞こえたけどこれは多分間違ってる。なご……?なんだったんだ。

そのあとお兄さんは「花が咲く頃、また来る」と夜の闇に溶け込んでいった。慌てて「火星まんじゅうの賞味期限明日までです、お気をつけて!」と叫んだら遠くから小さく噴き出す音が聞こえてきた。何が面白いの?

今なんとなく自分の髪を触ってみたら傷んでバキバキになっていた。これは誰でもガン見もしたくなるわ。髪を大事にしよう…いたわってあげよう…。




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