Pray | ナノ
周りが進学先に頭を抱えている中、俺はかなり早い段階で薬師高校に決めていた。野球部もあるし何より家から近い。私立の強豪から推薦ももらっていたけど徒歩5分の魅力には勝てなかった。

「おいおい最高の拾いもんじゃねーか」

「人を落し物扱いしないでください」

「渚!!!久しぶり!!!!」

「声でっか!お前変わんねーなぁ」

特に下調べもせずに選んだ高校には昔よく一緒に練習していた轟親子がいて、俺の顔を見るなり2人して目をキラキラさせていた。

轟親子と知り合ったのは随分前。試合に負けたことが悔しくて、河川敷で素振りをしているときに「お前金の匂いがするな」と声をかけられたのがきっかけだった。息子の雷市ともそのときに出会い、時々2人で素振りを見てもらっていた。

あの時のおじさんが監督をしている薬師は超攻撃型のチーム。今年の夏大会ではスタメン全員安打という偉業を成し遂げている。この間もシードの市大三高を全員安打で破ったばかりだ。雷市に三島に秋葉の一年トリオがとにかく凄くて、俺は今のところその影に隠れている。すっっげーくやしい。

「いや、お前も十分すげーって」

平然とモノローグに割り込んでくるこの美形は投手の真田先輩。先発する機会はほとんどないけど現時点での薬師のエースは間違いなくこの人だ。

「俺はスタメン入りすらまだですけどね…」

「でもお前、練習試合の打率10割だろ?」

「けっ。俺は所詮練習試合だけの男なんすよ」

「まあまあ。これから活躍すればいいじゃん」

わかりやすく不貞腐れる俺に先輩が爽やかに笑いかける。かっけえ。俺この人に一生ついてこう。

「ギューン…ガン!」

今日もムカつくくらいグラウンドに快音を響かせているのが起爆剤の雷市。いつも思うけど何なんだその違和感ありまくりの擬音は。それがうまく打つためのコツなのか?

「ギューン…ガンっ」

それに倣ってマシンの球を打ってみたら普通に打ち損じた。

「違うぞ渚!それは真中のスライダーのイメージ!マシンのは……」

「いや、もういいや…」

きっと擬音打法には向き不向きがあるんだろう。そんで俺には不向きなんだ。てゆーか真中さんのスライダーはもう打っただろうが。なんで今になってそのイメージで打ってんだよ。

隣で擬音の説明を続ける雷市を無視しながらマシンの球を打っていると、監督からバント練の指示が出た。

「…よし」

俺は大きく息を吸い込むと改めてマシンを睨みつけた。

薬師は監督の意向で基本的にバントはしないがそれを軽視してるわけではない。バントの練習は毎日欠かさずしているし練習でバントが決められないやつは試合にも出して貰えない。

俺はこの至極厄介なルールのせいでまだ一回も試合に出して貰えていないのだ。

「今日こそ!今日こそ決めてやる!」

なんて言ってる側から盛大にスカる俺を見て、監督やチームメイトが溜息をついた。

「渚ー、しっかりやれー。あと5球スカったら明日も試合出さねーからなー」

「わーってます!」

「渚!渚!」

「んだよ雷市」

「もっとバットはこう!そんでヒュっと出してコンだ!」

「わっかんねーよ!」

雷市はなんであんなテキトーなのにバントも完璧に出来んだよ!ヒュッと出してコン?そんなんで当たれば苦労しない。

「渚は明日もベンチなー」

「なんで当たんねーの?!」

「あいつ普段は雷市並に打つくせにバントだけはからっきしなんだよなあ…」

「もったいないっつーかなんつーか…」

こうして俺は明日の試合もベンチを温めることになった。はぁ萎える。明日の試合休んでやろうかな。そう考えつつも翌日はいつものように試合会場に向かった。

俺は出られなかったけど薬師は今日の試合も圧勝だった。雷市も三島も秋葉も相変わらず絶好調でそんな三人を見ていたらちょっとイラっとした。

次の対戦相手は青道高校。これまで四人の投手による継投で勝ち上がって来たチームだ。

「俺も打ちてえええ」

「バントさえ出来れば試合出して貰えんだから頑張れよ」

「そのバントが出来ねーんだよ!なんだよなんだよ。ミッシーマのくせに!」

「ミッシーマって言うな!」

決めた。これから次の試合までの練習は全部バントにあててやる。ライン際に転がす完璧なバントを習得してやるから、見てろよ監督!試合でも使ってやるからな!!!

こうして迎えた青道戦の前日。

「渚ー、今日こそバント決めろよー」

「わーってます」

大丈夫俺なら絶対できる。大好きなバッティング練習を我慢してバントだけに集中してきたんだ。ミッシーマや秋葉にも助言してもらったし、ビデオを見てフォームも直した。

ボールをよく見て、ライン際を狙って……

「!」

「お」

「出来たあああ!」

こうして俺は明日の青道戦のスタメンを獲得したのである。

公式戦デビュー
(まぐれだろ)
(まぐれだな)
(お前らうるせーよ!)


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