Pray | ナノ
6回表。4点ビハインド。俺の後ろに控えているのは雷市。この状況で小林さんが塁に出たら誰が監督でもまず間違いなく俺にバントをさせるだろう。
だけどうちの監督は基本的にサインをほとんど出さない。俺たちの自主性に任せているのかただ単に面倒なのかその辺はわかんねーけどとにかく回の最初に大まかな指示は出しても打席に立ってからは完全に放置だ。
「いいかテメェら…俺は基本的にバントのサインは出さねぇぞ。チマチマした攻撃には何のロマンも感じねぇからな…」
ふと監督の言葉を思い出す。チマチマした攻撃にロマン感じないからバントの指示は出さないって…子供かよ。
「しかーし!お前らがどうしてもバントをしたくなったら止めやしねぇ…そーゆう時は俺に向かってこのサインを出せ!」
あの時監督は鼻をつまんで頬を膨らませた。これが俺たちのバントのサイン。使うときなんて、ないと思ってたけどな。俺、バント嫌いだし。
幸か不幸かわからないけど今の俺はバントも決められる。どうやれば勢いが死ぬかもどこに転がせばいいのかもわかっている。悔しいけど、普通に打つよりも確実に小林さんを二塁に進められると思う。
「らあああ!」
小林さんの打球が一塁・二塁間に落ちて無死一塁になった。
「(さて…どうするか)」
打席に立ってふーっと息を吐く。なんとなく気になって控えている雷市を見ると、雷市もこちらに気付いてばしばしっとウインクをかましてきた。こいつって本当緊張感ないよな。この場面でヘラヘラしてられるなんて親の顔が見てみたい。……あ、すげー近くにいたわ。
普段はサインなんて出さないけど流石にこの場面だったら出すかもしれないと思って監督に目を遣るとこちらにもウインクをかまされた。
「(これだからこの親子は…)」
お前ら監督と主砲だろ…?もっとこう神妙な顔とかしてれば良いのに二人揃ってウインクって、ばかか。呆れ通り越して愛着すら湧いてくる。
薬師野球部が強豪と互角に戦えるようになったのは間違いなくこの2人のお陰だ。こんなにすげー人たちがそこそこの知名度しかないなんて勿体ない。もっともっと有名になってほしい。こーいう阿呆みたいなことを真剣に考えるようになっちゃうんだから本当愛着って厄介。
「(あーもーしょうがねーなぁ)」
もう一度監督の方を見て、鼻に手をやり頬を膨らませる。
監督が目も口も大きく開いて呆けているのを見て小さく笑う。サインが見えていたのか雷市も全く同じ顔をしていて危うくツボにはまりそうになった。
「(チャンス一回分雷市にやるよ…)」
練習を思い出して、コツっとボールにバットを当てる。お、お、?なんかこれ今まで一番上手く出来たんじゃねーか!?
勢いが死んだボールは一塁側に転がって、俺の公式戦初バントは見事に成功した。
「渚…今バント…」
「見た?完璧だったろ?」
「オレこのチームがバントするの初めて見た…すげぇ、すげぇ!!やっぱ渚かっけー!!」
「まあな!雷市、絶対打てよ。ホームラン打ったらラーメン奢ってやるから」
「本当か!!?カハハ!なら絶対打つ!」
雷市と軽く言葉を交わしてから、監督の元に向かった。監督は俺のバントに相当意表をつかれたのかなんともいえない顔をしている。
「なんでバントなんてしたんだ?」
「あー…まあ色々理由はあるんすけど」
あの場面でバントを選んだ理由は主に2つある。俺が打つより雷市が打つ方が点が入る確率が高そうだったからと、俺がバントをすることで今後薬師にもバントがあるって警戒して貰いたかったからだ。
それを監督に伝えると、監督はしばらく黙ったあと真顔で尋ねてきた。
「お前、そんなに色々考えて野球やって楽しかったか?」
「へ?」
「俺はお前たちにつまんねぇ野球をやってほしいわけじゃねぇからな。楽しかったか?」
「もちろん!勝つための作戦考えてるのに楽しくないわけないじゃないっすか。俺そういうの考えるの結構好きなんで」
「……お前、」
「つーか!俺は犠牲になったつもりなんてないですから!今回は雷市に見せ場譲っただけで、次また同じ場面で回ってきたら誰がなんと言おうと絶対打ちますよ!」
今回はたまたまメリットの方が大きかったからそうしただけで、別に嫌々やったわけじゃない。雷市の方が出塁率が高いって認めるのだけは悔しいけど、まぁ…事実だし。
苦手なバントも克服出来たし今の俺の打席に得点をつけるなら文句なしに満点をくれてやる。
「何笑ってんすか?」
「いや、俺も混ざりてぇなあって思ってな」
「何言ってるんすか年齢考えてくださいよ。監督はそこでふてぶてしく座って見ててください」
そう言いながら試合に目を向けると、ちょうど雷市が追撃のツーランを放ったところだった。
縮まる点差
((まじで打った…))
(っしゃああ!ラーメン!)
((あーくそ!やっぱお前がスターだわ!))
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