薬屋さんと弓使い

サクラが咲くこの季節。
サクラの花びらは砂糖に漬けて柔らかいゼリーにすれば、錠剤や粉薬が飲みやすくなる子供に大人気のオブラートゼリーに。
雪も溶け地面から顔を出したユキシタ草は、じっくり煮込んで一年地下に置いておけば霜焼けに効く薬になる。

まだ水は冷たいけれど、空も水も草木もキラキラしているこの季節がわたしは大好きだ。

「いらっしゃいませ!」

黒髪に鋭い目つき。背中に弓矢を背負っている。狩人の方かな。
少し居心地が悪そうにキョロキョロと店内を見渡しているその人は何かを探しているようだった。

「こんにちは。どのようなお薬をお探しですか?」

私が尋ねるとその人はビクリと肩を揺らす。

「ッス…その、怪我…した奴がいて…。そいつに…」

たどたどしく答えるその人の様子に、何やら色々あったのだろうなぁと少し心配になる。

「切り傷ですか?打ち身ですか?」
「…刺し傷…って言うんスかね…」

ちらりと自分の背負う弓矢を見やるお客様。
何か嫌な予感がしたので、とりあえず止血薬と痛み止めと解熱剤を用意する。

「傷口は深いですか?」
「…それなりに……」

申し訳なさそうに俯くお客様に、私はいてもたってもいられなくなる。

「行きましょう」
「え?」

他に何が必要か心配になった為大きなカバンにいろいろな薬を詰めて店外へと足を進める。

「治療ならお任せ下さい。その怪我をした方の所へつれていってください」

驚いた顔でこちらを見つめるお客様。少しだけ考えて、コクリと頷いてくれた。

「お母さん、ちょっと治療に行ってくる」
「ええ、いってらっしゃい」

裏で薬を作っていた母に声をかけ、お店を手伝ってくれているドワーフの方々にもお店をよろしくお願いしますと頭を下げた。

「案内をよろしくおねがいします」
「ッス」

その人はカゲヤマ様という方で、物心ついた時から弓を習っていたそう。
今日もいつも通り練習をしていたのだけれど通りがかった人の脇腹に当たってしまったという。
森の奥で医者もおらず慌てて私のお店へ駆け込んで来たと、苦しそうにお話を聞かせてくれた。

「ここッス」

山の中腹部。この静かに佇むログハウスに、カゲヤマさんはご両親と3人で住んでいるという。


「おじゃまします」

案内された部屋のベッドには黒髪の男性が寝ていた。
頭にツノが生えている為人間ではないことは一目瞭然。どの種族でも良いようにあらゆる薬を持ってきてよかった。
患部には止血するために巻かれているタオルが巻かれていたけれど血で真っ赤になり意味を成していないように見える。

「熱湯と清潔な大判のタオルを用意してくださいますか」
「ウス」

カゲヤマさんが小走りで準備をしに行ったのを確認し、私はカバンから薬を出し手当の準備をする。

「……医者、か…?」

物音で目が覚めたのかずっと起きていたのか。薄目を開けこちらを確認すればそう尋ねてきた男性。
この出血量で意識を失っていないなんて、流石精民…。

「いえ、薬屋です。治療も多少はできますが」
「……へぇ」

それだけ答えると男性はまた目を瞑った。

「持ってきました」
「ありがとうございます」

カゲヤマさんからお湯とタオルを受け取り、すぐさま手当を開始する。
医術や回復呪文なんてものはないけれど作れる範囲の薬で解決できるものであれば、どんな怪我や病気だって治せる。
…その人に治癒能力が残ってさえいれば…。
この薬達は治癒能力を格段に上げたり症状を和らげたり、ウイルスの退治を助太刀するもので、その人に生命力や抗体力がなければ薬は効かない。

できる限り痛くないように患部へ薬を塗る。
その男性の怪我は、出血の割に思っていたより軽度で浅いようで一安心。
精民向けの止血と痛み止めの効果をもたらす薬を使い、後ろからカゲヤマさんの心配そうな視線を感じつつも、黙々と治療を続けた。

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