『ボデガ』(消火後)

 プロメポリスの地下鉄は、新市街地と旧市街地とで雰囲気が変わる。ある地区に行けば清潔で先進的だし、違う地区に行くと落書きだらけだ。それに、地上に出た先も違う。新市街地だと看板と案内板が顔を出すけど、旧市街地だと違う。そんなことはない。階段を上がり切った横にあるのは、小さな店だった。長方形の掘っ立て小屋みたいな感じで、壁の窓ガラスにお菓子とか並べた棚が見える。というか、小屋を支える壁自体がウィンドウショッピングの役割をしていた。ちょっと道を外れる。掘っ立て小屋のカウンターを覗くと、猫が寛いでいた。首輪は、していない。
「この店の飼っている猫か」
「えっ? 首輪していないのに?」
「居着いた野良猫かもしれねぇぞ。まっ、仕事をしてくれりゃぁ良いってヤツじゃねぇか?」
「仕事って? なにを?」
 来た客を和ませるような感じだろうか? 先に正体を推測したメイスが、ピンと人差し指を立てる。
「ネズミだ。この辺りは、ネズミが多いからな。その対策に、好きにさせているんだろう」
「ネズミがいるんだ。こんなところに」
「意外とゴミとかも落ちたり溜まったりしているからな。ここ。こういうところに、いるもんだぜ?」
「ペスト菌とか思い出した。黒死病?」
「その悲劇を繰り返さないための、猫だ」
「エサ代も、駆除と合わせて軽くなるからなぁ。やる手間も省ける」
「ちゃんとあげた方がいいと思うけど、美味しいのかな? 生肉」
「食うなよ」
「流石に、今食ったら食中毒で死んじまうだろ」
「都会のネズミは怖いね」
 田舎のネズミでも、同じことはいえるだろうけど。財布を取り出す。コインだと、猫が遊んで消える可能性がある。お札の方が、まだ希望があるだろうか。ビリビリに破かれたら、元も子もないのだけれど。
「猫の下に、代金を入れておけば大丈夫かな」
「先に逃げてしまうだろう」
「いや、意外と違うかもしれねぇぜ? 現に、逃げる素振りも一切見せねぇ」
「寧ろ寛いでるぞ。どの客にもそうかもしれんが」
「のんびりだね。人馴れしてるね」
 でも、流石に触られるのは嫌なのか。カウンターで寛いでいた猫が、ググっと背伸びをし始めた。私の手を一切見ることなく、掘っ建て小屋の中に吸い込まれる。猫が消えた代わりに、薄暗い小屋の中から人間がきた。この小屋の持ち主である。店主だからか、なにか話している。これは多分、スペイン語だ。
「なにか買うかだとよ」
 ゲーラが中身を聞き取った。店はやっているようだ。店主がちょいちょい、と中にある商品を見せてくる。
「どうせなら、ここでしか取り扱えないものがほしいな。なぁ、なにがある?」
 とメイスが話しかけるけど、どうやら聞き取れなかったようだ。耳に手を当てて、"Pardon?"と言いたげな顔をしている。代わりにゲーラが通訳した。片言に近いスペイン語でも、スペイン語だからわかったのらしい。大きいプランテン・チップスを取り出してきた。ついでに青いバナナも。
「それ、そのまま食べれるの?」
 相手に合わせて、スペイン語で尋ねてみる。店主が首を横に振った。どうやら、違うらしい。
「野菜みたいに調理に使うんだと。オススメは、厚く切って揚げるんだとさ」
「へぇ」
「ほう。興味がある。今夜の晩飯にするか」
「一番は朝飯だが、晩飯にもいいんだとさ」
 こっちが解読する手間もなく、ゲーラが通訳をしてくる。ペラペラと、同時通訳だ。有難い。けど、店主が首を傾げる。どうやら誤訳があったようだ。けれど客が買う気満々だから、ツッコむ気もないのらしい。「それを三本頼む」と注文したメイスに青いバナナを出した。
 カウンターの上に商品が乗る。「ついでにそいつも」とゲーラが指したチップスも乗った。私は、どうしようかな。これといってほしいものはない。目の前の商品だけで、お腹いっぱいだ。
「じゃぁ、とりあえずオススメの食べ方に合うものを」
 そう伝えたら、店主がニコリと笑った。ゴトン、とココナッツウォーターが出される。どうやら、ココナッツがオススメなのらしい。値段を見て、購入しようか迷った。
「足りるかな」
「おい、メイス。お前、飲むか?」
「どうだか。ミネラルウォーターを飲みたいくらいだが、ふむ。酒でもぶち込んでみるか」
「いいな、それ。そっちに使っちまおうぜ。じゃ、これも合わせて全部頼む」
 グルッと、ゲーラの指が丸を作る。その空気中でなぞった透明な動きは、カウンターに出たものを上空から囲むような感じだった。これに、店主の笑顔がすごくなった。ニコッと、口元が上がって目元が垂れる。ここまで破顔したの、見たこともない。
 メイスが財布を出して、ゲーラも財布を出す。どうやら割り勘のようだ。店主のいう金額を三等分したのを出す前に、ゲーラとメイスが出してしまった。どうして。荷物もゲーラが持つ。
「お金は?」
「とりあえず行こうぜ」
「小腹が空いたら、どこかで食べればいいだけだしな」
 話を逸らされた。先を行くゲーラとメイスに付いていく。とりあえず、また改めて聞けばいいか。スマートフォンで現在地を探した。


<< top >>
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -