コーヒーゼリー

「コーヒーゼリーって知ってっか?」
 ある日突然、ゲーラがそう聞いてきた。その単語だけ聞いても、なにを指しているのか見当が付かない。ううん、と首を横に振る。「そっか」とゲーラが頷いた。
「なんだ、それは。新種のゼリーか?」
「いや、よ。コーヒーをゼラチンで固めたものらしいぜ」
「はぁ?」
 意味がわからん、とか「あんな苦いものをゼリーにする意味はなんだ?」とかよくわからない顔をしている。不快感がすごく出ている。そういう話を、バーニッシュの頃にしていた。
 そしてプロメアが消えた今、ゲーラのいっていた『コーヒーゼリー』が目の前にある。単純に、年代物のカフェに寄って物足りなく感じたからだ。帰宅して、買ったゼラチンで淹れたコーヒーを固める。ぐるぐる煮詰めて、砂糖も入れる。冷蔵庫に入れて数時間固めれば、完成だ。アイスクリームの器に入れたコーヒーゼリーが三つ。コーヒーフレッシュで黒い表面を覆って、作っておいたホイップクリームを乗せる。サクランボもあればいいが、ない。ボスが来るついでに、買っておけばよかった。
(最近、フルーツとかも食べるみたいだし)
 買っておいて損はない。それをテーブルに出したら、ゲーラとメイスから怪訝そうな顔をされた。
「なんだ、そりゃぁ」
「試食。あと毒味」
「結構な役を仰せつかったもんだ」
 そうメイスがおどけていう。着席すると、ゲーラも座る。意外と素直だ。ホイップクリームから食べようとするので、すかさずいう。
「それ、ゼリーと一緒に食べた方がいいよ。ブラックだから」
「あん?」
「ブラック? 確かに、ゼリーの見た目は黒いが」
「えっ、コーヒーの無糖のこと。そういわないの?」
 思わず聞き返したら、ピシリと二人が固まった。なんだ、なにがあった。そこまでブラックのコーヒーが嫌いと?
「うげぇ、マジかよ。お前、よくンなモンを単品で食おうとしたな」
「しかもゼリーに固めてだ。正気の沙汰じゃない。お前は、黒焦げの木炭を食べる趣味でもあるのか?」
「ないよ。失礼な。食べてみても問題はないよ。ほら、美味しい」
 半信半疑な二人の前で、思わず食べてみる。うん、コーヒーの苦さとホイップクリームの甘さがちょうどいい。コーヒーフレッシュで、苦さも和らいでいる。「それに、砂糖もほんの少し入ってるし」と口に出した瞬間、二人の眉間の皺が、少しだけ引いた。
「けど、にげぇんだろ?」
「好き好んで苦いものを食べたがると思うか?」
「煙草は吸う癖に? そんなに苦いものじゃないよ。ほら」
 面倒臭いから、材料を分けて作ったりしてない。自分のものを一口、スプーンに掬う。二人の前に差し出した。
「甘いよ?」
 と聞けば、二人の目がビックリと見開いた。そのまま固まる。視線は私の差し出したスプーンに突き刺さっている。(もしかして)一口分しかないのを、不服に思ってる? 差し出した分を、自分で食べた。
「あぁ!」
「そんなに食べたきゃ、自分の分でどうぞ」
「ちっくしょぉ、テメェッ!」
「そういう問題じゃねぇんだよ!!」
「えっ。なに? どういうこと」
 突然ガタッと立ち上がるし。おまけにいきなり叫んできた。そういう八つ当たりを食らった身にもなってほしい。自分の分を、もう一口食べる。「食べないの?」と聞きながら二人を見れば、なんか半泣きになっていた。顔を真っ赤にして、怒髪天を巻いているけど。しばらく見ていると、泣きそうになりながら椅子に座った。
「クソッ。食えばいいんだろ! 食えば!!」
「お前というヤツは、本当に!」
「どうしてそこまでいわれなきゃならないの?」
 と素直に聞けば「自分の胸に聞け!」と勢いよく返された。異口同音に、それ。(『自分の胸に聞け』といわれても)思い当たるものといえば、コーヒーゼリーくらいしかない。
 もう一口食べる。二人も渋々ながら、自分たちの分を食べ始めた。


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