サマー・ジャポン・フェスティバル

 シャワーを浴びて、汗を洗い流す。今日は目覚めがいい。多分、いつものことを二人にされてないからだろうな。腰も痛くないし。濡れた身体を拭いて、着替えに腕を通す。シャワーから出ると、ガコンと音がした。玄関からだ。可笑しいな、新聞も取ってないのに。不思議に思って近付くと、一枚の封筒があった。
「で? コイツに行ってみてぇと」
「入場料はタダじゃないぞ」
「でも、気になるし。異国の風情も味わえるって」
「詐欺じゃねぇのかよ」
「なんか、あれ。公的機関と示すマークもあるよ?」
「確かに、そうだな。偽造されたものではないだろう」
「俺たち元マッドバーニッシュやら元バーニッシュを、罠に嵌めるとかじゃなくてか?」
「の、ようだな」
 疑心暗鬼が強すぎる。これじゃぁ、話が進まない。スマートフォンを取り出して、調べものをする。近辺のイベントを探すと、ちゃんとニュースの記事が出てきた。
「ほら、見てみて」
「あー?」
「どれどれ」
 スマートフォンの画面を見せると、二人が覗き込んでくる。ゲーラは顔を少し顰めているし、メイスは興味深そう。ジッと画面を見つめていると、メイスが指でスクロールをした。ゲーラはなにもいわず、流れる画面を眺めている。
「フェイクニュースじゃ、なさそうだな」
「マジかよ。事前に入場券を買うシステムみたいだぜ?」
「でなければ、人が一斉に集まるからだろう」
「人数調整?」
「が目的のようだな」
「んで、衣装をレンタルするとさらに料金が上がるようだぜ」
「衣装だと?」
「浴衣と甚平らしいよ! 極東の島国ジャパンの文化とかどうとか!!」
 ──実をいうと、異文化体験よりも、その国の祭りを味わいたい──。それが本心だけど、一直線にいうと二人がわかってくれない。とりあえず、どうにか伝えなければ。
 浴衣を着て祭りで楽しむ様子をどうにか伝える。正直、向こうにいた期間は短い。プロメポリスにいた期間と、違う。時間の密度を比べると違う。
 色々なものを食べれたり遊べたりできる、ということも伝えれば、二人が考え始めた。やった!
「まぁ、楽しみたいっつーなら、考えてやらんこともねぇ」
「考えるってこと!?」
「シンプルにいってしまえば、そうだな。行きたいのか?」
「行ってみたい」
 時間的な都合を考えれば、難しい。けれど、行きたいのはある。だって、わざわざ海や空を通る必要がない。近場で祭りの雰囲気を楽しむのに、こんなに手軽なことはない。
「だめかな」
 やっぱり、だめだろうか。肩を落としてしまうと、二人が顔を顰め始める。渋い顔だ。ゲーラにいたっては腕を組んでいるし、メイスにいたっては腰に手を当てている。眉間や顎の皺もすごい。
「ん、なにいうなら、やってやらねぇこともねぇ」
「一人で向かう分には危ないからな。で、他に誰か呼ぶのか?」
「ううん」
 正直、それは考えていない。それとも誰か呼んだ方がよかったのか? と考えるよりも先に、二人の顔が晴れた。メイスが一番わかりやすい。今までとても渋い顔をしていたから。パァっと霧が晴れるみたいに、二人の顔から不機嫌が消えた。ゲーラは、ポカンと口を開けたまま私を見ている。メイスにいたってはキョトンだ。
「そ、うか」
「んじゃ、行くとしますかね」
 そこによ、といってゲーラが肩を叩いてきた。ポンポン、と。それからグッと引き寄せてくる。メイスも負けじと肩を引き寄せてきた。右へグッと引っ張られたり、左へ引き寄せられたり。もしかして、肩がバリッと交叉するように剥がれてしまうんじゃないのか? そんな不安がやってくる。
 胸元に戻したスマートフォンを、メイスが操作する。私は、スマートフォンのスタンド代わり? 器用に検索ページを引き出して、詳細な情報を調べている。
「もう始まっているらしいな。当日券もあるみたいだ」
「ケッ、広告のチラシかよ。モデルハウスの宣伝じゃねぇんだぞ」
「でも、これも異国のお祭りを楽しむモデルみたいなものだし」
「モデルはモデルでも、向こうの行事を楽しむ擬似的なもんだ」
「体験しながら、払うようなモンだからなぁ。使う額が違うぜ」
「そうなの?」
「おう。だから調子に乗ったら痛い目を見るぜ?」
「祭りではしゃぎ倒さないよう、気を付けることだな」
 ゲーラが身体を寄せるついでに、おでこや旋毛の辺りにキスを落とす。反対にメイスが耳に齧りついてきた。チクッと、軽く犬歯が当たっただけだけど。警告だろうか?
「まっ、いつも見かけるヤツと変わらねぇってこった」
「プロメポリスの建国記念日及び復興記念日。この二つより規模は小さいと思えるがな」
「へぇ、そうなんだ」
 とメイスの推理に頷く。けど実際は違った。朝ごはんを食べ終えて、食洗器にすべてを任せてから現地へ向かう。でも、駐車場にはバイクや車がたくさん停まっている。「いっぱいだね」と呟くと、沈黙が返る。ただゲーラだけが「おう」と小さく頷いてくれた。バイクを停め終えて駐車場の切符を貰う。これで一応の安全が確保されたのらしい。バイクの。バイク好きの二人にとっては、まだ不安のようだけど。
「なら、なんでバスや電車を使わなかったの?」
「あー」
「それは後のお楽しみだ」
「なにそれ」
 なにを隠しているんだろうか? 呻くゲーラに代わり、メイスが答える。その返答に悩みながら、会場まで向かった。どうやら、ドームの温度調節とか設備やらを使って、向こうの気候も再現しているのらしい。「ベースボールじゃねぇのかよ」「この行事のために全部休みだろう」と真上でゲーラとメイスが話し合う。またスマートフォンに二人の視線が集まった。
「浴衣とか甚平、いっぱい種類、あるっぽい」
「ほーん? で、どれ着るんだ?」
「え?」
「お前だよ、お前。お前がなに着るかって聞いてンだ」
「色合いは、こっちの方が良さそうだな。髪色にも似あうと思うぞ」
「勝手に動かさないで」
 見てる途中だったのに。そう不満を零すと、メイスの視線がこっちに向く。口を閉じて、見つめてくること暫し、静かに「すまん」と謝ってきた。わかってくれるのなら、それでいいけど。律儀に元の場所まで戻してくれたことには、感謝するべきか? わからない。
「全体的な雰囲気も見なきゃなんねーだろ。忘れちまったのか? 俺ぁ、こっちの方が、オススメするぜ。多分合うだろ」
「その系統で行けば、こっちの方も似合うだろう。あぁ、いや。先に最後までページを見た方がいいか」
「とりあえず、ユニバースデザインではあるようだけど」
 男女兼用に着れる。あるとすれば、SとMとLのサイズ違い。現地の実物と同じように作ったらしいけど、実際はプロメポリスにあるもので作ったのらしい。現地のデザイナーや職人を呼んで作ったのかは、不明。なぜなら、そういうクレジットがないからだ。
「リオも来てるかなぁ」
「来てンだろ。あの人ならよ」
「またいつものを連れて、こういうのを楽しんでいることだろうよ」
「あー」
 ふわふわと思い浮かんで、真っ先に続いてきたのはガロ・ティモス。あの火消しの青年だ。確かに、あの人ならこういう行事へ真っ先に出かけそうだ。ググッとゲーラとメイスが距離を詰めてくる。もしかして、ポップコーンみたいに私をポンッと弾き出すつもりだろうか?
「狭い」
「すっげー長蛇の列だな?」
「これは時間がかかる。受付の番号だけを貰って、座って待つか」
「ちょっと」
 無視しないでよ、という前にメイスが動いた。スタスタと番号を受け取りに行く。私はゲーラと一緒に、列の最後尾に残される。あ、後ろに人が並んだ。「行こうぜ」といってゲーラが手首を握ってくる。どうやら、並んでると誤解されるのを防ぐためらしい。ベンチを探すが、どこも見当たらない。どれも埋まっている。あ、人が立った。荷物も持ってるし、どうやら今呼ばれた番号の人らしい。すかさずゲーラが座りに行く。私も座らされた。
 コトンと身体に寄り掛かってくる。
「で、コイツを着るのか?」
「ううん。今考えてる」
「んだよ」
 二人の意見は参考にするけど、果たしてどうなるかは知らない。そう口に出すと、ゲーラが拗ねた。
 浴衣から甚平の項目に移る。スクロールしてズボンのあるのを見ていると、メイスが戻ってきた。どうやら、番号を取るのにも並んだのらしい。「大盛況だな」とメイスが口にした。そして私の隣に座る。ゲーラと同じように寄り掛かってきたから、メイスの髪がカーテンのように流れた。
「で、なにを見ていたんだ?」
「甚平」
「色々あるぜ」
「ほう。見覚えのあるヤツばかりだな」
「あー、村の連中で普段着にしてるヤツがいたからだな」
「なんか寛いでいた人? 通気性がいいのかな」
「バーニッシュは燃えれば燃えるほど元気になる。逆にそうじゃなければ、少々暑く感じる」
「元気がねぇって意味じゃねぇぜ? バーニッシュとしての力が弱い場合だ」
「実際は炎の熱に関係なく、どれだけ多く炎を出せるかが問題だったようだが」
「へぇ」
 そういえば、いわれてみれば、二人の炎の色に似たのを出すバーニッシュもいた。ゲーラの赤にメイスの青。あの二人は同じバーニッシュサイクルを出していたけど、双子だっただろうか? よくわからない。思い出しても、ゲーラが赤いのでメイスが青い方を担当していた、という記憶しかない。(私、応用とか教えられるのに)そう思って伝えても、断られた思い出がある。
「なんだろうね、炎の色」
「ボスや他の連中は、同じような色だったのにな」
「違うぞ。ボスの場合は燃やす際の目的で変わっていた」
「細かいなぁ」
「だぜ。まっ、普段使ってる分でのヤツだぜ。ヤツ」
「そうか」
「珍しいのかな。赤と青の色を出すヤツ」
「の、ようだぜ」
「かもしれんな」
 そんな憶測に二人が頷く。あれがほしい、これがほしいと甚平のページから移る。並んだ甚平のラインナップに、村で見かけたバーニッシュのマークはない。あれは、誰が作ったんだっけ? 少なくとも、ボスやゲーラ、メイスが作った覚えはない。
(あっ)
 リオのことを『ボス』っていっちゃった。ゲーラも同様だ。けど、過去のことを指してたし、今はノーカンかな。今のリオはボスじゃない。『リオ・フォーティア』としての個人だ。サクサクと屋内に並ぶ屋台の様子を見る。昼間に関わらず、夜空が見えるようだ。
「手の込んだことを。いったい、いくらを注ぎ込んだんだ?」
「んな細けぇこたぁ考えンなよ。選挙戦が始まるわけでもねぇんだぜ?」
「まぁ、そうだが。この大反響だ。利益は上がると思うが」
「もしかして、ガラガラだったら死んじゃうオチ?」
「だぜ。大赤字で街ともオサラバしちまう」
「その地位と一緒にな。この辺りは、映画を見ればわかるだろう」
「結構、そういう感じで黒幕が落ちる話あった」
「だな。今度見てみようぜ」
「ん」
「あとでラインナップを見てみるか。大体、単価が一ドル数枚で買えるような感じだな」
「多くて五・六枚ってとこか。量はどのくらいだ?」
「わかんないけど、多分ビッグサイズよりは小さい」
「と、いうと?」
「通常の量より少ない」
 少なくとも、この街の食べ物はビッグサイズだ。一人で食べきれない量も出る。けど、こっちの国だと基本一人で食べきれるサイズ。しかも、他の屋台も数件回って、色んなのを食べれる程度。だから満腹感で考えると、結構コストが高いかもしれない。ただ、色んなのを食べれるメリットがある。
「ほーん、ビュッフェみてぇなモンか?」
「バイキングだろう。このラインナップからすれば」
「へぇ」
「とりあえず、タコ焼き食べたいな」
 そう口にしたら、番号を呼ばれた。メイスが「待て」というから待つ。番号専用のは、どうやら人が並んでいないのらしい。そこにメイスが入って、受付の人とやり取りをした。財布を出している。そこから払い終えると、チケットを持って戻ってきた。三人分だ。
「あとで渡せよ」
「りょーかい」
「ゲーラ。お前は今すぐ払え」
「チッ、現金なヤツめ」
 ほらよ、といってゲーラが代金を渡した。一人分の料金が、そのくらいだろうか? 財布を出そうとすると、メイスが止めてくる。
「お前はあとでいい」
「でも、今払えるよ?」
「その金は中で楽しむ用に持っとけ。いざとなったら頼むぜ?」
「わかった」
「とりあえず、もう一度並ぶか。なに、待機列よりはマシだろう」
 それでチャラだぜ、というゲーラの真向かいでメイスが息を吐く。フーッと、安堵したような感じだ。肩の荷が下りたのだろうか? ポンポンと私の腕を叩く。
「ほら、行くぞ」
「うん」
「とりあえず、食い物だけ制覇すっか。ゲームの屋台は後でいいだろ」
「だね。誰かがやってるのを見るのもいいし」
「出入りにも依るだろうな。空いていれば、できるだろうし。というか、着るものは決まったのか?」
「まだ」
「俺は決まったぜ」
「そうか」
 ゲーラの一言には、なぜか塩対応だ。そうこうしているうちに、入場ゲートが近付く。スタッフがチケットを受け取り、端の方を切り取って入場者に渡している。残されたチケットの方が、入場者の証になるのらしい。ボーッと眺めていると、私たちの番に近付く。ゲーラとメイスに従って、券を渡した。前の人たちと同じように、左側へ残された方を受け取る。判子は押されていない。人の流れに従って歩いていると、二人が止まる。気になって顔を上げれば、背中を押された。
「お前はアッチだ」
「流石に、同じ部屋は不味いだろ」
 とゲーラの指した方を見れば標識。男性の形を模した青いのと、女性の形を模した赤いの。どうやら、男性と女性とで分かれているのらしい。
「精神的構造が、こっちでも?」
「肉体的なので見りゃぁ、微妙だからな」
「流石にその辺りの配慮はありそうだが、微妙だからな。ともかく、お前はこっちだ」
 ゲーラとメイスに強く押され、反対側へ行かされる。「着替えたら合流地点みたいなところで待ってろよ」とも、強く念を押される。ゲーラも心配性だ。「出てすぐ合流地点じゃなかったら、俺たちは行けないからな」と付け足すメイスもだけど。
 二人と別れて、女性用の更衣室に入る。中は、選手控室みたいなロッカールームを兼用しているのらしい。鍵を渡され、書いてある番号に向かう。試しに開けてみるが、ハンガー以外になにも入ってない。恐らく、ここに着たものを入れるんだろう。わいわいがやがやと人の集まる方に行けば、大量の服がかけてあった。
(うわぁ)
 スマートフォンで見た通りの種類とデザインが並んでいる。でも一つ一つの数が多い。まるで膨大なフリーマーケットのようだ。一番人気なものは、見るからに減っている。ラックのところがガラガラだ。
(派手で大柄なのが、よく出てる)
 確かに、原色や派手な柄を使うことが多い。シンプルなのは逆に少ない。プロメポリスに並ぶお菓子の種類を見てもわかる通りだ。幸い、私はそれに興味はない。二人には悪いが、あらかじめ着ようと思ってたものがあった。
(確かこの辺りに──、あった)
 自分で選ぶタイプだからか、生き残りが結構ある。その中で小さめの体格を選んで──私は一般的な人たちと比べると小さい。ので、小さめのサイズを選んだ方が事故が少ない──、帯のところに向かう。浴衣の色はこれだから、帯はこれでいいか。デザインも良いし。
 着付けをしてくれる人のところに向かって、着付けを頼む。大体、一人で着れる方が少ない。いわれた通りに服を脱いで、着付けをしてもらう。本来は、下着は着けないのらしい。けれど、まぁ配慮ということで今回はパスするという流れになったようだ。そう着付けの人がいっていた。帯のデザインは、と聞かれたのでお任せで。「なるべく柄に合うような感じでお願いします」とだけ付け加えた。
 下駄を履く。親指と人差し指で付け根を挟んで履くタイプのサンダルだけど、慣れない人には慣れないようだ。履いてきた靴やパンプスで歩く人たちもいる。私はといえば、雰囲気も味わう。履いてきた靴を、着ていた服と一緒にロッカーへ入れた。
 また人の流れに従う。貴重品を入れたカゴバックを揺らすと、合流地点に出た。どうやら、ここで一本の太い道になるのらしい。(入場ゲートかな?)先週入場、みたいな。同性同士で来たからそのまま進んだり、待ってる人と合流したりして向かう人もいる。人それぞれだ。ゲーラとメイスの姿は、見当たらない。
(というか、私服の人が多い)
 そう思って眺めていると、二人の姿が見えた。出てすぐ辺りを見回して、こっちに気付く。それから器用に人を避けて、近付いてきた。こっちも着替えている。
「早ぇな」
「なにもなかったか?」
 その質問に、首を縦に振る。何事もなかった。無難に黒色の浴衣を着ていて、帯に差し色。ゲーラは暗い朱色で、メイスは紺色。私はといえば、色付きだ。──グレイッシュな、淡い緑色と水色が混じったような色合いに、墨で描いたような丸い椿の花と葉が書かれてある。白黒だけど、中央のメシベやオシベのところに黄色い色付けがされている。そこから目立つように赤い帯を締めていた。裏地はストライプ、後ろで裏地がチラッと見えている。カゴバックに至っては、巾着部分が紫色。
(なんか、自分だけはしゃいでるみたい)
 二人は、私と同じように下駄を履いてるけど。
「財布とかは?」
「『オビ』っつーヤツに無理矢理捻じ込んだぜ」
「便利だな、これ」
「下駄」
「まぁ、オメェが履きそうな気がしたからな」
「一人だけ下駄っていうのは心許ないだろう? 合わせてやった、というわけだ」
「歩けるの?」
「ヒールと似たようなもんだろう」
「踵がパカパカするが、歩けるぜ」
 どうやら問題がないのらしい。適応力が高い。とりあえず合流する。歩き出そうとすると、二人が手を差し出した。
「歩けるよ」
 ヒールみたいに転んでしまう心配はないし。そう伝えるけど、二人は顔色一つ変えなかった。
「迷子になるだろ」
「はぐれちまうかもしれねぇぜ。荷物持ってやるからよ」
「仕方ないなぁ、もう」
 二人が迷子になる可能性もあるのらしい。ゲーラの好意に甘えて、バックを預ける。もう片方の手に渡った。空いた手で私の手を掴む。両手が塞がった。
「なんか、食べ歩きできなさそう」
「んなわけねぇだろ。ちゃんと食える場所探してやっからよ」
「人の流れが激しくないところがいいだろうな。まぁ、あるだろう」
「そうなんだ」
「そうなんだよ」
「どこにいっても、人の流れは変わらないもんだからな」
「ふぅん」
 そう頷きながら、会場に入った。
 真っ直ぐ通路に従って進む。こっちに逆流する人はいないが、ポールと紐で仕切られた向こうは違う。会場からのお帰りらしい。でも私服の人はいなくて、全員着物。ちょっと帯が緩んだり胸元が開いたりしている人が多かった。
(慣れないから、歩いているうちに崩れたのかな)
 ちゃんと着付けをしてもらえたけど、自分でお腹や胸元を緩めると違う。食べ歩きでお腹がキツくなったんだろう。「外に出ても食べながら歩きそうだ」と笑いながら話していた。
(もしかしたら、慣れない人が多いかも)
 ただでさえ、道端で歩きながら食べるのは危険だ。法律で禁じられている上、見つかったら罰金を請求される。そういうところで、異国の風情を感じるのかもしれない。「おっ」とゲーラが声を漏らす。続けてメイスが「奇妙な、一風変わった音楽だな」と口に出した。道行く人の感想に注意してたから、気付かなかった。音のする方へ耳を澄ますと、確かに変わった太鼓の音が聞こえる。ドドン、と。地面から腹の底へと直接響き渡るような音だ。
(多分、和太鼓)
 これに聞き覚えがある。急かすと、二人も遅れて付いてきた。足並みが少し合わない。ちょうどいい歩幅を探していたら、二人の歩幅がカッチリと噛み合った。それに合わせる。さっきより歩くのが速くなる。どうにか前の列を抜いたりして会場へ向かうと、そこに見慣れた光景が広がっていた。
 野球ドームの土は、色んな人に踏まれて足跡が残ってる。この凸凹感が、実際の縁日を思わせる。それに照明を落として天井全体を夜空に見立てたのは上手い。なんか広告を流しているスクリーンは、電子看板に見立てている。小難しい漢字がパッと出てきて、次のが流れる。こんなところも再現したのか。極めつけは屋台の数。流石に英語で翻訳を小さく付けているけど、どれも向こうの国のものを再現していた。並ぶ屋台の配列も同様に。神社があったら完璧だった。
「わぁ」
「こいつぁ、ひどい」
「気ぃ抜いたらはぐれちまいそうだな。気を付けようぜ」
 ギュッと手を握る力を強めてきた。密度の高い人の波に入る。二人の間に挟まってるから平気だけど、肩が当たりそうで怖い。ギュッと手を握り返す。「鞄は?」とゲーラに聞けば、反対側の手に持ってるのを見せてくれた。どうやら無事そう。
「スリとか起きそう」
「それは思った」
「まっ、警備兵も巡回してンだ。逮捕されてるモンだと思おうぜ」
「プロメポリスの治安も悪そう」
「いってやるな」
「昔よりはマシだろ。なにせ、放火魔が減ったんだからよ」
「それはいえてる」
 なくなったとはいえないけど、少なくとも件数はガクンと減ったはず。そう話していると、気になる屋台が見えた。
「あっ、磯辺焼き。今川焼きもある」
「あぁん? なんだ、そりゃ」
「醤油を浸した御餅を焼いて海苔を巻いたものに、大判の形にして焼いたもの。クリームとか餡子とかが入ってる」
「ほう。気になるな。一つ買おうか」
「一気に食べれないよ?」
「ばぁか。一軒ずつ回って食べるンだよ」
「なるほど」
 屋台の性質上、同じものはいくつかある。やってる人は違うけど。「とりあえず、どれを食べたい」とメイスが聞くので「磯辺焼き」と答える。「クリームやアンコが入ってるヤツか?」とゲーラが聞くので「違う」とだけ答えておいた。鉄板の上で四角いお餅がひっくり返る。熱の影響でか、表面にプクッとタンコブを作っていた。突くと膨らませた風船ガムみたいに潰れる。焼きたてが美味しいのか、ポンポンと網状の鉄板に乗せていた。メイスが三つ注文する。それに合わせて、店主が一番端のお餅を渡してきた。ハンバーガーみたいに紙に包まれている。
「冷めているな」
「でも、その方が火傷しないよ?」
「なら、いいじゃねぇか。美味さは変わらねぇんだろ?」
「多分」
 齧ってみるが、熱々のときより冷めて美味しい。ゲーラもメイスも同じように齧りついて、ビヨンと伸ばしていた。
「んふぁ、おひるおひる」
「ん、ぅん。チーズが入ってたら最高だったな」
「チーズで巻いたお餅、あるよ」
「へぇ」
「それ、あんのか?」
「さぁ、出店で出ているかは微妙」
「そうか」
 ゲーラは食べながら話して、メイスが食べたあとにいう。どちらも磯辺焼きについての感想だ。流石に食べているからか、手を放している。私も自由になった手で、磯辺焼きを食べる。醤油と砂糖の組み合わせで、手がネチャネチャだ。ペロリと指を舐める。なぜか、二人の視線が指に刺さった。なんでだろう。
「えっと、次、なにか食べる?」
「お前」
「人気のないところに行かないか」
「なんで」
 馬鹿なこといわないで、と二人を睨みつけた。


<< top >>
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -