プリズム・ガスバーナー(消火直後)

「今日は疲れたから、缶詰でいい?」
 復興作業も力仕事だ。特に、マッドバーニッシュは慈善活動で働いている。これまでの罪を償う形で、だ。素人でもこなせるが、なにせ瓦礫の量も多い──発掘と往復。この二つに疲れた三人は、声を上げた。
「あー、いいぜぇ」
「というか、元々缶詰しかないだろうに」
「そう愚痴るな。支給品だぞ?」
「そうはいってもよ、ボス」
「俺たちのところにも、青空レストランが来てほしいくらいだ」
「青空レストラン? あぁ、テーブルと椅子を出して、食事?」
「そうだ、ガーデンチェアとテーブル。まぁ、お呼ばれされていないんだ。そう気を落とすな」
「いや、俺ぁ落としてねぇですけど」
「大丈夫です。愚痴を吐いただけなので」
「そう溜め込むな。体に悪いぞ? そうだ」
 足元に手を伸ばす。ベッドの足は高い。下手したら、荷物がその影へ転がるところだった。
「ボス、俺が取りやすぜ」
「いいや、俺が」
「そう気遣うな。僕だってできる。っと」
 二人の厚意を断って引っ張れば、鞄がリオの元に届いた。その中身を探る。缶ジュースが四本、ベッドの上に並んだ。水滴でシーツが滲む、なんてことはない。
「んぁ? そいつぁ、いったい」
「贈り物ですか?」
「差し入れだ。全員分、じゃないからな。どうするかと迷っている内に、夜になってしまったんだ」
「あー、確かに。ガキに渡したりしなかったんですか?」
「ゲーラ、毒が混入している可能性があるだろう」
「貸して」
 黙々と缶詰の調理をしていたななしが、手を伸ばす。横からヒョイッと、ゲーラの手から奪った。缶ジュースが一本、ななしに観察される。ジロジロと頭や側面、底面を見てからいった。
「ない、ようですね。穴が空いてるようなところがない」
「蓋を開けた形跡もなし、と」
「なにか仕出かしたら、ボコボコにすりゃいいだけの話だと思うがよ」
「お前たちな。そう物騒な方へ話を持っていくな。善き、隣人だったぞ」
「善き、ねぇ」
「まぁ、ボスの人を見る目に従うとしましょう」
「話をしたみたいだし、多分大丈夫」
「お前たちなぁ。それじゃぁ、まるで僕がなにかあったときに悪いみたいじゃないか」
 酷いな、といわんばかりにリオが腕を組む。胡坐を掻き、頬を膨らませる。見るからに機嫌を悪くした。それに三人が、口角を下げる。
「あー、すいやせん」
「年の功、ってヤツですよ。いや、今は弊害か」
「すみません。まだ、ちょっと信じられなくて」
「気持ちはわかる。僕たちを怖がって、差別をした人間もいるんだ。怯える気持ちはわかる」
「そりゃぁ」
「それをいったら、他のバーニッシュたちだってそうですよ」
「今のところ、被害はないようだけど」
「なら僥倖だ。向こうが害を出さなければ、こちらも手を出さない。そうして、一歩ずつ歩み寄ることも大事なんじゃないかな」
「けど、あまりにも酷かったら手を出しちまいますぜ?」
「俺たちだって、人間だからな」
「当たり前だ。当然の権利といえよう」
「えーっと、つまり。どの限度で手を出せばいいってこと?」
「あー、後で教えてやるからよ。飯食おうぜ」
「だな。ところで、温めて缶を開くだけじゃないのか?」
「それとも壊れたか?」
 小型の丸いガスカートリッジにコンロの幹を突き刺し、火を付けて温める。Xに交差した腕の前では、どの缶詰も平等に温まる。たったそれだけのことだ。──いつもなら、とっくにできあがっているはずである──。ゲーラとメイス、リオが当番制で温めたときも、そうだった。
 ななしは首を傾げる。手にはまだ、冷たい缶詰を持っていた。
「その、火を使わずにどう温めるのかな? って」
 わからなかった、とボヤいた。幼い頃からバーニッシュとして放浪し、生きてきた弊害だ。ななしの発言に、ポカンとする。先に取り戻したのがリオで、次がゲーラとメイスだ。当然だと思う知識を、知らない人間だっているのである。ゲーラが立ち上がり、ななしの手にある缶詰を取る。
「あー、わりぃ。使い方、知らなかったのか」
「どこかわからないところはあったか? 今、教える」
「うん。えっと、ガス爆発?」
「ハハッ、それは滅多なことがない限り起きないだろう。大丈夫だ。バーニングレスキューが近くにいる。爆発しても大丈夫だろう」
「そっか、うん、爆発はするの?」
「だから、しねぇよ」
「余程のことがない限り、いや。その条件を教えるか。一先ず、やってみるぞ」
「やらなきゃ覚えねぇからなぁ」
 最悪、テントに燃え移る心配がある。二人は一人を連れて、外へ出た。布越しに、話し声が聞こえる。ゲーラがななしに教え、メイスが説明をしている声だ。テントに残されたリオは一人、ゴロンと寝転がる。
 ベッドの布が、重さに従ってビヨンと伸びる。布としては、少し固い。だが、固い床や地面で寝るよりはマシだ。
「ふぁ、ふぁーあ」
 若いとはいえ、復興作業は少年にとって重労働である。疲れたリオは、一休みした。瞼を閉じる。沈む意識の中で、三人の会話が聞こえた。
 ゲーラが詰まったように「あぁ!」と叫び、メイスが「ヤバッ」と危険を知らせた。遅れてななしが「あつっ!?」と叫ぶ。
(あ、これ。火を触ったな?)
 バーニッシュにはよくあることだ。火を操るために、火に触り、調節する。その癖が抜けきれなかったのだろう。もう一度欠伸をして、寝返りを打った。
 うとうとと眠りこける。すやすやと寝息を立てる頃には、調理し終えた三人が立っていた。
「どうしよう」
「どうしようもねぇだろ」
「ボスの眠りを邪魔するわけにはいかない。別の手を、考えるか」
「物々交換?」
「アイツらに聞いてみようぜ」
 もしかしたら、別のを持ってるかもしれねぇからな。そう情報を伝えるゲーラに、ななしとメイスが頷く。
 温めた缶詰を置く。火傷した手を擦りながら、ななしは呟いた。
「水も、補給しないと」
「あー」
「近くに、バーニングレスキューがいると、ボスはいっていたよな? 心苦しいが、彼らに分けてもらうとしよう」
「そうすっか」
「ついでに朝食べれる食料もくれるかな? 缶詰とパン」
「お前なぁ、流石に太々しいだろ。そりゃぁ」
「だが、悪くはない案だな。ワンチャン、あり得る」
「おいおい。メイスまでマジかよ」
「とりあえず、聞いてみようよ」
 水ばっかりは、誰かに交換してもらうことはできないし。そう漏らしたななしに、二人は視線を逸らす。
「あー」
「そう、だな」
 ──流石に治療のために、咄嗟に貴重な水を使ってしまったとはいいにくい──。そんな吐露を胸に落としながら、道を登る。分け入っても、分け入っても、瓦礫の山。復興作業を終えるには、まだ遠い時間がかかりそうだった。


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