ヒヨコの大量繁殖(隠れ里にて)

 雄鶏と雌鶏がいる。二匹を譲ってもらったのだから、自然と有精卵ができる。『有精卵』とは、ヒヨコが孵る卵だ。雄鶏か牝鶏が温めると、孵るのらしい。そうして、雄のヒヨコや雌のヒヨコが産まれて、雄鶏か雌鶏になる。数はまぁ、食糧自給率の割合によって変わるけど。お肉になったり、無精卵を産んでもらったり。餌となる麦や大豆にも、まだ余裕はある。虫食いの野菜も食べるし、まだ余裕はある。けど、最近子どもたちの間で鶏のヒナを孵すのが流行ってるせいか、村は瞬く間に鶏のヒナだらけになった。
「どうしよう」
 私の足元を、ヒヨコの群れが横切る。まるで横断歩道だ。延々と餌に向かって続くものだから、跨げるに跨げない。
「おーおー。よくもまぁ、ここまで増えたもんだぜ」
「とはいえ、ここまで養える余裕なんてあったか?」
 最近住人も増えたものだ、と後ろでメイスがいう。
「鶏を数百匹、同時には育てられないぞ?」
「うそ、そんなに増えてたの!?」
「大体でだろ、んなの。まぁ、確かにそうと見て取れる量は増えたがよぉ」
 グルリとゲーラが辺りを見回す。確かに、鉄骨の足場となる場所にもヒヨコは歩いている。ピヨピヨと、村のそこらじゅうから聞こえるくらいだ。
 ヒヨコの横断歩道が途切れたので、足を踏み出す。と思ったら、一匹が遅れてやってきた。慌てて足を引っ込める。まるで、バーニッシュの村がヒヨコに占拠されたようだ。
「どうしよう」
「食うしかねぇだろうな」
「だが、仕掛け人は子どもだぞ? どう説明する」
「そりゃぁ、馬鹿正直にいうんじゃねぇの? 命のお勉強ってヤツよ」
「なるほど。それは良い考えだな」
「それでヒヨコ料理するの? やだよ、良心が痛みそう。美味しそうだけど」
「おい。食う前提じゃねぇか」
「確かに、アジアだとヒヨコを食う文化もあるらしいが。孵化前だったか?」
「うげぇ。ぐろてすく」
「中々、食うには度胸がいる食べ物だな」
「先に孵化前の卵を取り上げる必要があるからな。まぁ、程よく肉がついてからでいいだろう」
「確かに」
「今だと、食える部分が少ねぇからなぁ。とりあえず、デカくなってからでいいだろ。トサカの生えたくらいによ」
「あぁ。きちんと、大人の鶏と同じくらいしっかりとな」
「でも、雌鶏の方も食べなきゃいけないでしょ? 確かに卵がある分だけいいけど、でも余裕はないんでしょ?」
「あぁ、人数増えた分は待っちゃくれねぇからなぁ。正直、育ててる分が全部アイツらに食われんだろ」
「たまには新鮮な野菜もパンも食べたいからな。悪いが、ミディアムレアにするとしよう」
「私、皮つきの鶏肉。ささみとか、じっくりと鉄板で焼いて塩であっさりしたい」
「俺ぁ、オリーブオイルだな。クミンにビネガー、ガーリックも入れてよ。ライスにしてぇわ」
「日本米か、いいな。それ、俺たちの村じゃ育ててなかったよな?」
「生育環境が違うから。せいいく?」
「そりゃぁ、家畜を育てる方じゃねぇか?」
「あー、栽培環境だな。もし、強いていうなら」
「そうなんだ。じゃぁ、それが違うから無理だと思う」
「せいぜい、インディカまでだろう。そう聞いたぞ」
「あー、パラパラになるほうだよな? ジャポニカだとべたつくって聞いたぜ」
「じゃぽにか? じゃぽにか学習帳?」
「あ? ノートがどうしたって?」
「記録を付けるのか? お前、外回りだろう。内回りにやらせておけ」
「えっ」
 じゃぽにか学習帳っていう、ノートの話から来たんじゃないのか? そう思ってたら、大量の鶏になりかけたヒヨコを抱えるボスがいた。私もてちてち歩くヒヨコを抱える。多分コイツ、一番群れで弱そう。
 ゲーラとメイスと一緒にいったら、ボスに気付かれた。暴れるヒヨコに、手を焼いているようだ。
「あぁ、お前たち。どうした?」
「いえ」
「なにか手伝いやしょうか?」
「あぁ、そうだな。頼む。ちょっと、準備を進めなきゃいけないと思ってたところだったんだ」
「準備?」
「コイツらを食うのさ。限りある命に感謝を。勿論、この子たちを育てた子どもたちに、優先して分けるつもりだ」
「へぇ」
「おぉ、ボスも同じ考えでしたか」
「道徳の授業っすねぇ」
「当たり前だろう。繁殖しすぎた命がどうなるか、身を以て知ってもらわないと」
(身を抓まれる思い)
「人間の手にかかれば、簡単に繁殖などできますからね」
「ここじゃ、自然界の淘汰なんてありゃしませんからねぇ。普通に餌与えりゃ、増える増える」
「あと病気もなければ、な。動物のお医者さんもほしいくらいだな」
「バーニッシュに覚醒した人なんて、いた?」
「さぁ」
「いても、街に隠れてる連中でしょう。彼らを俺たちの側に付ければ、安泰ですね」
「あとは、なにが足りねぇんだっけか? 医療従事者、専門家が足りねぇだろ?」
「あぁ。もしかしたら、覚醒した途端財団に連れ去られているのかもしれないが」
「世知辛い。頭がいい人ほど、難しい」
「そう構えるな。なに、運が向いたら、彼らも僕たちの仲間になってくれるはずさ」
「ふぅん」
「まぁ、ウォーキング・デッドでも同じことがありましたからね」
「ドラマ通りに行きゃぁ、上手く行きますでしょうよ」
「あぁ、ドラマ通りだったらな。だが、現実はそうじゃないだろう」
 ハハッと笑うボスに、私はなにもいえない。本当にそうだからだ。返事に悩む私と違って、ゲーラとメイスは笑って答えた。
「確かに」
「いえてますぜ」
「だから、僕たちはコイツを美味しく頂かなければいけない。さて、シェフを呼んだ方がいいかな」
「だとしたら、アイツか。今頃、なにをしているか」
「どうせ、暇潰しに博打やってんだろ。博打やってるとこ当たりゃ、一発だぜ」
「ゲーラ。やったことがあるのか?」
「ぜっ、ぜんぜ」
「コイツ、この前負けましたよ」
「テメッ! メイス!! 余計なことをいうんじゃねぇ!」
「ゲームとかが好きなの?」
「残念ながら、ななし。それはゲームじゃないんだ」
「寧ろ身包みを剥がされてしまうぞ?」
「ぐっ、ぐぐぐ」
「ちなみに、ゲーラはなにを賭けたの?」
 そう聞けば、ボスとメイスが一気に噴き出した。ゲーラだけは悔しそうに、顔を真っ赤にして外を睨んでいる。手の中にあるヒヨコが、うるさく鳴いた。
「さぁな。なんだと思う?」
「当てたら、面白いことを教えてやる」
「えっ、なにそれ。全然わからない」
「わっ、かんなくていいんだよ!! オメェは! おら、さっさとシバキに行くぞ!?」
「なにを?」
「コイツだろう」
「今から美味しくいただくからな」
 もしかして、ヒヨコが鶏になりかけたところで、美味しくいただくという寸法だろうか? 確かに、それだと。日を置いて食べることができる。
 そんなことを思いながら、シェフのために用意した調理室という名のスペースに向かった。中に入る。もう働いてたのか、天井からバーニッシュの力を利用して作った鎖が下がっていた。「僕が作ったんだ」とボスがいう。
「試作品として渡したが、上手くできたようで良かった」
「ボス」
「んなの、俺らにいやぁ、やりますのに」
「いいんだ。まぁ、どうせ数が必要になるしな。そこで頼むとしよう」
「うん、得意な人にやらせた方がいいと思うし」
 と今後の予定を立てながら、即席に作った籠の中に入れた。ドバドバと。ヒヨコが閉じ込められる。自分たちの寿命を知ってか、さらに煩く鳴き始めた。
「可哀想」
「なんか、俺らと重なって見ちまうな」
「まさか、食われるためだけに生まれたとはな」
「それは、家畜全般においていえることだろう。まぁ、今回は子どもたちの動向をちゃんと見てなかった、僕たち大人の責任だが」
 ボス。ボスも子どもなのに。まだ大人じゃないのにいうのか。
「流石に、ここまで見せるのはグロテスクだからな」
「調理した姿を見せて、そこから様子を見て風景を話す。で良いんじゃないでしょうか?」
「だな。結構繊細なヤツだと、それだけでショックを受けるからなぁ。皿だけで」
「皿だけに?」
「うるせぇよ」
「ハハッ。とりあえず、手伝えるとしたら手伝えるか」
 リアリティがあった方がいいし。そうボソッと呟いたのを聞いて、ボスも大変だなと思った。


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