ななしに似た生命体

 ある日家に帰ると、こぢんまりとしたななしがいた。ななしは外出中である。つまり不在だ。しかし、目の前の生物はななしに似ている。
「な、んだこりゃぁ」
 驚き呆気に取られていたゲーラが、ようやく口に出す。対してメイスは、まだ言葉に詰まっていた。このこぢんまりと縮んだななし、本人のバーニッシュ時代の姿に似ている。それもマッドバーニッシュだ。見知った姿である。その分、二頭身で黒い手足が気になる。
「アイツ、手袋なんてしてたか?」
「いや、服から繋がっているんだろう。確か、手は剥き出しのはずだ」
「だよな。なら、どこかの変態野郎のフィギュアか?」
 訝しんでななしに似た生物を掴み上げるが、手の上で暴れるだけだ。名前の最初の音で人に聞こえる音波を発している。
「すっげぇ動く。まるで生きてるみてぇだな」
「そもそも生きてるんじゃないのか? 機械には無理だろう」
「っつか、こんな生き物がいるかよ。ドッペルゲンガーか?」
「それは、本人の前に現れるものだというが」
 ジト目でいうメイスに、ゲーラは振り返らず答える。
「だよなぁ」
「別の生命体だろう。お、服は捲れるんだな」
「腹までだぜ。あ、怒った」
 メイスの指がななしの胸まで服を捲ろうとしたら、ボッと全身発火をする。それから武器を作り出して、バシッとメイスの手を叩いた。人間から叩かれた力に匹敵する。必死の抵抗にメイスは手を引いた。
「知性はあるようだな。特に羞恥心」
「言葉伝わってるのかは、わからねぇがな。おい、なにか食うか? 食いさしのチップスならあるぜ」
「あ、おい。そいつは」
 メイスが止める間もなく、ななしに似た生命体はゲーラのチップスを受け取る。赤い粉末がかかったジャガイモのチップスだ。薄く、パリッとした食感を楽しめる。小さな足で立ち上がり、小さな腕を伸ばして一枚を受け取る。チップスに空いた穴から覗き込む。スッとななしに似た生物の目が二人を覗いた。
「ククッ」
「行動自体は本人に似てるな。問題は食べた後だが」
「文字通り、顔から火が噴く。ってか?」
「そうともいう」
 メイスの危惧を他所に、ななしに似た生物はチップスを頬張った。瞬間、唐辛子の絡みが口の中を襲う。ななしに似た生物の顔がカッと赤くなり、あの鳴き声に混乱と悲鳴を混ぜて暴れ出した。顔と口から、火を出している。
「おぉ」
「辛いのが苦手、ときたな」
「あぁ。お、泣き出したぞ!」
「不満を口に出しているともいう。おい、ゲーラ。謝ってやれ。流石に可哀想だ」
 不憫だ。とメイスが同情を誘ったように、ななしに似た生物は暴れていた。ゲーラの掌や指を叩き、鳴き声に悲しみを滲ませている。まるで「裏切られた」といわんばかりだ。それにゲーラが無反応を貫いていると、掌の上で泣き始めた。地面に突っ伏すように寝転がり、さめざめと泣いている。流石に、ゲーラの良心が痛んだのだろう。
「へいへい。悪かったって。すまねぇな」
 そういってななしに似た生物の頭を撫でると「グスン」と鼻を啜るような音が聞こえた。その生物からである。うつ伏せで顔を隠しているからわからないが、気持ちは落ち着いたようである。
「詫びとしてなにかくれてやれ。特に甘いものをな」
「ゲッ! 俺が後で食べようとしたんだぞ!? っつか、そこまでななしに似てるわけ。って、あ! おい!!」
 こら、メイス! とゲーラが止める間もなく、メイスは封を開ける。チョコレートだ。その甘い一口をななしに似た生物に近付ければ、喜んで起きた。
「現金なヤツ」
「それだけ前向きということなんだろう。ほら、食うか?」
 メイスの問いにコクコクと頷く。ゲーラとは正反対だ。
「チッ、つまんねぇ」
「お前が意地悪なことをしたからだろう? ほら、慌てるな。今くれてやる」
 ゲーラの手の上で、ななしに似た生物がピョンピョンと跳ねる。その目の前で、メイスはチョコレートの包装紙を解いた。
 目の前に食べられるチョコレートが現れる。喜んだ生物が手を伸ばして触れた瞬間、ボッと姿が変わった。
「あっ」
 まるで紙が燃えたようである。足から炎が生まれ、瞬く間にななしの姿が消える。それが炎となって姿を現した瞬間、空気を燃やして消えた。──時空断裂の熱──。それに似た火の光である。
「ま、さか」
「俺たちの、炎」
 呆気に取られるゲーラが言い終わる前に、プロメアの炎は消えた。あの慣れ親しんだ光も熱も、全て一瞬の内に消えた。
 火の粉が熱を失くして消滅する。チリッとした熱さもない。
(夢か?)
 そう疑問に思うものの、溶けたチョコレートは存在する。角の欠けたチョコレートを見て、二人は顔を見合わすのであった。


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