休日、観戦の準備を進める

 復興が進むと、隣国と親交のために試合を開催すると聞いた。といっても血生臭いものではなく、スポーツマンシップに則ったもの。チケットに書いてあるものだと『ベースボール』。日本語に訳すと『野球』だ。色々と聞いてみると、試合を楽しむコツにはまず「応援するチームを決めること」。その次に「そのチームに合う服装──まぁ、チームの売るシャツや帽子などを被ることだ」と聞いた。
 なので、それに向けて色々と準備を進める。
「メイスは髪が長いし、これでいいかも」
 そういって、高く一つに結んだ髪を後ろの穴から出した。野球帽にポニーテール。これは鉄板かな? そう思いながら、スッキリしたメイスを見る。
 メイスは、露わになった項を触って難しい顔をする。
「これだと、落ち着かんな」
「そう? さっきよりスッキリしたと思うけど」
「からかさ小僧から脱却したじゃねぇか」
「からか……はぁ?」
 メイスが素っ頓狂な声を出す。それに、ゲーラはメモ帳を破った。それ、人の。そして人のボールペンでガリガリと落書きを始めた。数秒で出来上がったのを、メイスに見せる。極東の島国にいるという傘のお化けだ。一つ目に、裾の広がる縦線。歩いた瞬間のメイスに少し似ている。
「……そんな、感じだったのか」
「おう」
「見る人によっては野暮ったく見えるのかも。スッキリとした方がいいよ」
「そうか?」
「それに汗も掻くし」
 そういって帽子を外す。本人が落ち着かなさそうなので、ポニーテールも解いてあげた。それにメイスはホッとする。ゲーラは興味なさそうに眺めている。普通、髪を結んだらその痕が残るはずなのに。メイスの髪にはそれがない。
 長い髪を梳きながら、サラサラのキューティクル具合を思う。
(羨ましい)
 そう思ってたら、ゲーラがズンズンと近付いてきた。私とメイスの間に立つ。
「俺にはやらねぇのか?」
「は?」
「それ」
 ズイッと顔を迫られて尋ねられる。もしかして、ゲーラも髪を梳いてほしいんだろうか? そう思ったら、メイスが自分の髪を触りながら退いた。
「空いたぞ」
「おっ、サンキュー」
「ちょっと」
「適当で頼むぜ」
「床屋じゃなんだよ、もう」
 といいながらも、その遊びに付き合う。ゲーラの髪には癖がある。櫛で真っ直ぐ伸ばそうとしても、すぐクルンとなる。
「寝癖、ついたらどうなるの?」
「あ?」
「たいてい手櫛で直しているな」
「そう」
「っつーか、微妙に痛ぇ」
「毛玉があるんだもん」
 間違えた、髪が絡まっているんだ。止まる櫛をそのままにして、ゲーラの髪を掻き分ける。ちょうど、絡まってる毛を見つけた。それを擦り合わせたりして、解く。
「コンディショナーとか、ちゃんと使ってる?」
「別に。そもそも勿体ねぇ」
 一本で充分だ、といわんばかりのゲーラに肩を竦める。だから髪の絡まりも多いんだ。
「せめて使ってよ。リンスインシャンプーでもいいから」
「んぁ」
「髪質に合ってない可能性もあるかもな。こればっかりは博打なもんだ」
 そうメイスがいうと、ゲーラが顔を上げる。
「詳しいな、メイス」
「ボスのために色々と研究しているんでな」
「そう」
 ゲーラに引き続き、私も頷く。道理で最近、やけに髪が綺麗だと思ったら……。そう変に納得してたらメイスがいった。
「お前のも教えてやろうか?」
「ありがとう。後でね。まだあるから」
「あぁ。そうだ、どうせならゲーラにも使ってみたらどうだ? もしかしたら当たりかもしれん」
「おい、メイス」
「いいかも。後でシャワー浴びてきてよ、ゲーラ。もしかしたら櫛通り、良くなるかもしれないし」
 そういったら、ゲーラが不機嫌そうな顔で見上げた。悪ノリでいったのに。外した櫛で、ゲーラの前髪を梳く。
「わりかしマジでいってる」
 そういうと、さらにゲーラの目付きが変わった。ギッと目元が険しくなってから、口元がへにゃりと曲がる。そして脱力していった。
「わぁったよ」
 それから私の手を掴んで、櫛を下ろさせた。のっそりと立ち上がる。シャワーに向かう背中に声をかけた。
「ドライヤー、セットしておくからね」
「髪の乾かし方も教えてやる」
「そこまで気にしてねぇよ!」
「でも髪爆発も多少よくなるかも」
「だな」
「うるせぇ!」
 二対一だと分が悪いのか、負け惜しみだけを吐いてゲーラは浴室に消えた。残るはメイスである。まぁ、別に気にする必要はないだろう。好き勝手寛ぐメイスを無視し、出したものを片付ける。
「ところで」
 メイスが私の使った櫛を回しながら尋ねる。
「男に『シャワーを浴びてこい』という言葉の意味、知っているか?」
 どうも声色も低いように感じる。けれども、その意味するところがわからない。首を傾げる。すると「はぁ」と溜息を吐かれた。
「後でどうなっても知らんぞ」
「はぁ」
 適当に流したらギロリと睨み返された。そしてそのまま「俺も後で使わせてもらうぞ」といった。そんなに汗を掻いたのだろうか?
「はぁ、どうぞ」
 そうシャワーを使う許可を出したけど、それを後悔するときがくるとは思わなかった。震える体に荒く息をしながら、ベッドに沈む。二人分の荒い息遣いは、いつまでも背筋がゾクリと震えるばかりで、慣れないものだなぁと思った。


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