ぼろ皮膚を抱く柩が足りない

「バーニッシュだった人を埋める土地が、足りないんだって」
 ある日クレイは、突然の来客が出した話題に驚いた。来客とは、ななしである。国際裁判へ掛けられる前、たまたま牢が隣り合わせただけだ。ほぼ壁越しにお互い会話をしただけのような間柄である。クレイの面会は、ガロの他にもリオ、政府の関連人物、それとななしである。事務的なものを除けば、ガロとリオとななしの三人である。元秘書のビアルはクレイの言葉を受けて人生をやり直す準備を始め、エリスは面会で一度切りである。以前のような交友関係はない。未だに自殺願望が残るクレイは「それがどうした」と切り出す。透明な板越しにななしは続けた。
「いや、ボスもガロもいわなさそうだから、代わりにと思って」
「そうか。私にはまったく関係のないことだよな?」
「少しはあると思う。だって」
 話を途中で切る。口を閉じて、言葉を探し始めた。いわんとする情報を纏めて、内容に落とし込む。そこから文章を組み立てると、ななしは話した。
「プロメテックエンジンにされた人とか、そうでない人達もいたから」
 それにクレイは腑に落ちる。「あぁ」とだけ一言。要は自分を責めにきたのか、と勝手に納得した。
「最新の医療設備でも駄目だったらしくて。あとは自宅療養とか」
「死んだのだろう? その重症者を自宅に置いておくのは、まずいんじゃないのか」
「けど、ベッドが足りないからって。あとお金の問題」
 そこで(あぁ)とクレイが納得する。要は新政府が福祉に回らなかったのだ。「他の国でも、死亡者が多いらしくって。それも、バーニッシュだった人間が多いとかの話」拙く伝えるななしの話に、クレイは外の世界の様子がほんの少しだけ知れた。(上手く行っていないと)もしくは今まで追放した人間の分費用などが浮いて、その分の対策が一度にきているのかもしれない。残る片腕で頭を抱える。「はぁ」と重く息を吐いた。
「それで?」
「多くは、生きる力とか生命力が足りなかったからとかって。でも、そうでないと思う。プロメアが延命してたとしても、こう」
 とななしが考えを話している最中で、面会終了のノックが鳴る。「あぁ」とななしが落胆した声を出す。クレイは小さく力を抜いた。身体を楽にする。
「終了だ」
「もう少し聞きたいことがあったのに」
「まずは会話する技術を磨いたらどうだ」
「努力はしている」
 これにはスラスラと出た。(恐らくは、一緒にいる連中の影響か)どのような会話を日常的にしているかで、会話の引き出しは増える。クレイは小さく溜息を吐いた。元マッドバーニッシュのななしが「じゃぁ」と手を振る。それにクレイは「私は子どもじゃないぞ」と辛辣に返す。それに少しだけ、ななしが肩を落とした。悲しそうな顔もする。
 看守が扉を開ける。話はしたくないのに扉の傍で待っていたのか。ななしが出た扉の隙間から、マッドバーニッシュの幹部の姿が見えた。バタンと閉じられる。看守にいわれ、クレイは独房へ戻る。
(バーニッシュだった人間を埋める土地が足りない、か)
 要は元バーニッシュに与える土地などないといってるだろうに──。そう皮肉を胸中で零しながら、ベッドに座った。今日付けの新聞はまだ来ていない。暇潰しに木炭を掴んで、壁に計算式を書く。キャンバスの中はもう、黒で埋められて書く隙間はなかった。
 脳裏に燃え尽きた遺体の姿が横切る。それを打ち消すように、外で起こる問題の解決について考えた。罪はまだ清算されない。クレイは孤独に過ごした。


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