グルグルとエンジンに回されて

 グルングルンと体を回されて、全身の力を奪われて、そこから死にかけた記憶は忘れられない。一回目のときは炎が視界を覆って意識を奪ったし、二回目のときは回転時間が長い。それからパリンと大きな爆発音が止まって回転が止まった。その音は聞いていたけど、大半は意識が朦朧としていた。三回目のときは、ボスにここにいる皆の炎が集まっていることを知って、どうにか炎がボスのところに行かないようにしたけど、ダメだった。貯めても全部余計に持ってかれた。そして四回目のときはボスの声が聞こえて、「僕たちの炎で地球を救うんだ」といってたから、メイスとゲーラに続いて「やろう、ボス!」と叫んで残る力を託したんだった。
 それから、それから。私たちの炎が淡く薄い緑色に光ってボスたちに集まって、一気に海が爆発したみたいに膨らんで、大洪水を起こした。バァッと拘束された私たちも解放されて、船の底に沈む。強い強い力が地球の上に立って力強く大地を叩いてると思ったら、揺れて揺られて、今まで私たちが拘束されていた空間の床に漂流していた。
 空には大きな青空が見える。天井だ。暗く密閉した巨大な空間に、穴が開いたのだ。そこから陽が差している。ボーッとしていたらゲーラが起き上がった。続けてメイスも起き上がる。私も起きようと思ったら、起き上がれない。手首を押さえつけられているみたいだ。でも、拘束されたときと違って、冷たくない。
 起きようと身動ぎをしたら、ハッとした様子でゲーラとメイスに顔を覗かれた。
「おい! 大丈夫か、ななし!」
「どこか怪我をしているところはないか!?」
 切羽詰まってるように見える二人に「ない」としわがれた声でいう。ケホッと咳払いをする。ゲーラとメイスの手が緩んだ。それを見て起き上がると、さらに心配そうな顔で見られた。
「ボス、は」
 その質問に息を呑み、ゲーラとメイスは立ち上がる。私も立ち上がろうとした。けど三度に渡る力を奪われたのと、四度目の正直、それに収容所を出てからろくに飲まず食わずの状態だったから、力が入らない。ふらつく。それをゲーラとメイスに支えられる。
「とりあえず、俺たちの肩に掴まれ」
「他の奴らは、どうなってる?」
 ゲーラとメイスに肩を借りながら、床や壁の段差に転がる皆を見る。先に気付いた人は倒れてる人の様子を見たり、またふらつく人たちの体を支えながら、それぞれ動いている。私もゲーラとメイスと、顔見知りの連中と話す。私たちがボスを探していることを知ると「ここは俺たちに任せろ」といわれた。そのお言葉に甘える。
 天井に空が見える。あそこまで行けば楽だが、もう炎は出ない。たまにゲーラとメイスの身長差で爪先を引き摺る。けれどもどんなに歩いても、地上に繋がる道は見えない。
 疲れ果てて座る。ゲーラとメイスが同時に座ると、私も座る。そのまま二人の肩から腕を抜いたら、一気に体が倒れた。グラッと視界が揺れたと思ったらゲーラの足に落ちる。そのまま頭を引き寄せられ、膝に乗せられた。キュウッと脳が萎み、耐え切れない飢餓感に襲われる。なにか食べたい、なにか食べたい。頭の中をいっぱいにするそれで口を開ければ、指を挿し込まれた。
 歯で挟み、軽く噛んで、舌で舐めてみる。
「うぃんなーじゃ、ない」
「なにやってるんだ、お前は」
「腹空かしてるみてぇだから、代わりにやってみた」
「赤ん坊じゃないんだぞ」
「わぁってらぁ」
 メイスの話を見るに、どうやらゲーラの指なのらしい。グッと奥歯で強く噛んでみる。ゲーラが「いてっ!」と声をあげた。けど抜かない。
 ガジガジと噛んだり吸ったりして、空腹感を凌ぐ。ゲーラもメイスもなにもいわない。たまに天井を見上げてどう脱出できるか話し合ったり、尋ねる彼らの質問に答えるだけだ。実質、ここにボスはいない。私たちの中で頼りになるトップといえば、今はゲーラとメイスしかいないだろう。
 ──体力を温存しておけ。手の空いてる者は助けが必要な者に手を貸せ──。そう一貫して伝える。私も彼らに手を貸そうとしたけど、動けない。なにも起こらず、ただ時間だけが過ぎていく。それがとても苦痛で目を閉じようとしたら、上からパラパラと音が聞こえた。とても煩い。まるでヘリのようだと思ってたら、突然壁の方からドンッ! と爆発するような音が聞こえた。
 驚いて飛び上がる。音のする方を見ると、モクモクと土煙が上がっていた。
「な、なに……?」
「知るか」
「し、知らん! 急に爆発が起きた!!」
 メイスよりゲーラの方がとても驚いている。バクバクする心臓を押さえていると、土煙の中から見慣れたレスキューギアが出てきた。あっ。あれ、バーニングレスキュー隊の……。
「要救護者多数発見! 今から救援に入る! 援軍を頼む!!」
 そう叫ぶと、ガシャンガシャンとギアを鳴らして降りてくる。ハー、凄い。そしてパカッとコンテナみたいなのを出した。
「さぁ、乗ってくれ! 大丈夫だ、俺たちはアンタらの味方だ! なにも取って食おうとするわけじゃぁない」
「皆、大丈夫か!? 助けにきたぞ!」
「ボッ、ボス!!」
 巨漢の後ろから出てきたボスの姿に泣きそうになった。しかも無事そうだ。思わずゲーラとメイスと声が被った上に、涙が出てしまう。立ち上がる。ボスの元へ走り出そうとしたら盛大にコケた。
「馬鹿か!?」
「ちゃんと自分の状況を見ろ!!」
 ゲーラとメイスから体を起こされてから、二人の手を借りてボスの元に向かった。
 ボスがレスキューギアの近くにいる皆に説明してから、コンテナに乗り込ませる。この他にももう一体、続けてくるのらしい。とりあえず交替して来るのだということを、遠くに聞いた。ボスが気付く。私たちの姿を見て、パァっと顔を明るくした。それに、我慢していた涙腺が壊れる。
「ボ、ボスッ!」
 ふらつく体でどうにか走り出してボスに抱き着く。否、受け止められた。自覚はなかったが、体は限界を迎えていたようだ。ポンポンとボスに頭を撫でられる。それでますます涙腺が壊れた。
「よ、よがっだ……。本当に、よが……うぇぇぇ」
「泣くな、ななし。見ての通り、僕は無事だ。心配をかけたみたいだな」
「う、うぇぇぇ……」
「って、お前たちもか」
 そうボスが呆れたように笑っていうので、後ろを振り返る。見ると、ゲーラもメイスも私と同じ状況になっていた。ただ、ズボンや手を握ったりして堪えている。ボスが笑う。
「ほら、来い。そんなに握り締めると、痕が残るぞ?」
「ボスゥッ!!」
「ボスッ!」
 バッと背中に重みが加わると、頭の上で男泣きする声や咽び泣く声が聞こえる。それに釣られて、ますます泣いてしまう。
 オーンオーンと泣きながらボスにしがみついていると、端から順にボスが頭を撫でてくれた。ただ、どうしても私だけは二人に埋もれてる状態なので、ボスが頭に顔を寄せるだけで済んだ。
「大丈夫だ、僕は生きている。心配するな」
「で、でもぉ……!」
「ボス、あんとき滅茶苦茶苦しそうじゃなかったすかぁ!!」
「お、俺たち、ボスがいないと……うぅ」
「泣くな、泣くな。お前たち、僕より大人のくせに。本当、泣き虫だな」
「う、うぅううう」
「ボッ、ボスゥッ!」
「一生ついてきます!」
「いいって、もう。僕たちは解放されたんだ。この世界にはもう、プロメアもバーニッシュもいない」
 ポンポンと音がすると同時にすりすりと頭を撫でられる。
「お前たちも、自由なんだ」
「で、でも! ボスッ!」
「俺たちは!」
「一生ボスに付いていく!!」
 そう最後にメイスが言い切った途端、我慢していた涙がまた溢れた。ボスに抱き着いて、わんわんと泣く。どんなに抱き締めても、この体の温もりと質感は本物だ。「仕方ないな、お前たちは」といってボスが二人の背中を叩く。ギュッと抱き締める。ゲーラもメイスもボスを抱き締める力を強めた。「苦しいぞ、お前たち」といっても、ボスを抱き締める力を緩めることなんてできなかった。

 ──ところで。ガロ・ティモスがくるまで全くボスから離れなかった我々であるが、私が「全員がコンテナに乗って無事地上へ運ばれるまで、最後まで乗らない」と主張したら問答無用で救急車の方へ送られた。なんでだ! と思ったけどすごい栄養失調と脱水症状で死にかけたのらしい。

「ビックリ!」
「っつか、前より元気になってんな。すげぇな、これ」
「プロメアの炎で回復する手段は取れなくなったからな。街の医療に頼るしかない。食えるか?」
「食べる! リンゴ!!」
「暇かと思って色々と買っておいたぞ。ほら、お前がほしかったといってたものだ」
「ありがとう、ボス!」
「前よりハチャメチャになってんなぁ」
「それだけ体力が有り余ってるってことだろ。ほら」
「ありがとう!」
 メイスから剥いたリンゴを受け取り、食べる。シャリシャリの甘酸っぱさと蜜の美味さが堪らない!!
「ところで」
「はい」
「裁判、もうすぐで始まるらしいな」
 あっ。
 シャリッと食べたリンゴの味が、急にしなくなった。


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