大雨降り終えたあと(前日譚前)

 大雨が止み、氾濫した川の勢いも収まる。バーニッシュにとって、雨は天敵だ。これを上手く除ける者もいるが、ゲーラを始め、苦手な者もいる。バーニッシュとして炎を操る力が弱いと、できない者もいた。マッドバーニッシュも、全員ができるわけではない。よって、雨が止むまでどこかで一休みすることが、一番体力を消耗しないやり方だった。力のある者が雨風を凌げる屋根となる下に入り、力を使って大きな屋根や壁を作る。もしくはどこかの廃屋に忍び込み、そこで雨をやり過ごすか。どちらにせよ、人の目を避けるためにカモフラージュをする必要がある。今回もこうして、天敵の雨をやり過ごしていた。走った距離も、随分と長い。自分の故郷に近いと思う者もいれば、遠ざかったと思う者もいる。ゲーラとメイスに関しては、そのどちらでもなかった。
 ──なにもない広い荒野の場合、隠れる場所もなにもない。廃屋があるだけで幸運だ──。空から監視の目が光る場合もある。迫害される身は、いつ捕まるかに怯えなければならない。そういう状況に一矢報いたい──。と思いつつ、運良く見つけたトラックの中に入り込んだ。アルミの荷箱は全体が錆び付いており、鍵を引こうとしてもビクともしない。転倒している分、開ける方向性が真逆で骨が折れる。「運転席には行かない方がいいぜ」と白骨死体を見つけたゲーラがいう。どうやら、世界大炎上の際に燃焼は逃れたらしいが、暴風で車が転倒した際に頭を強くぶつけて死亡したらしい。ゲーラの言動と車体の様子から、メイスは大体のことを察した。「そうか」と頷くメイスの一方で、ななしは車体をぺちぺち触る。ガソリンは入っているようだが、ゴムは劣化している。燃料も期待しない方がいいだろう。(でも、燃えると爆発する)『爆発』ではなく『発火』だ。そこから『火事』となる。結局、雨の中どうにかバーニッシュアーマーを纏ったゲーラの馬鹿力によって、荷箱の扉を開けることができた。そこで、一晩を過ごす。窒息しないよう扉の隙間を小さく開け、焚き火をして暖を取る。バーニッシュの炎は便利だ。そこから一夜明ける。アルミの荷箱を叩く雨粒の音が止み、そよ風の吹くような音が聞こえる。メイスは疑問に思い、身体を起こした。──雑魚寝する仲間たちを起こさないよう動き、時には跨ぎ、軽く隙間を開けた扉に向かう。換気口を作る炎の支えを消せば、下手の扉が重力に従う。巨大な音を響かせないよう炎で外側に支えを作ったあと、ゆっくりと外に出た──。
 拡げた扉の隙間から、身体を出す。空を照らす太陽光で目が眩む。ギュッと目を瞑りながら、暗闇に慣れた目を光へ適応させていった。視界が慣れていく。光を取り入れた視界で周囲の情報を確認しようとした。顔を外の正面へ向けた途端、あんぐりと口を開ける。ヒュッと心臓が縮んだあと「しまった」と後悔の念を呟く。それを、起きたばかりのゲーラが拾った。
「なにがだよ」
 ふぁっと大きく欠伸をし、睡魔を押し殺している。よく見れば、後ろでななしも起きていた。「ねむい」といいつつ、メイスのように外の状況を見ようとする。しかしながら、メイスが邪魔で見れない。ムッとしたあと、バーニッシュの力を使って扉を全開させた。
 ガツンッと炎の拳が外にある支えをぶん殴って、ついでに掴んで炎に再変換させて消去させる。次に支えを失って落ちそうになる扉を、炎の拳から腕を伸ばして衝撃を吸収した。
 炎の腕と拳の幅が小さくなればなるほど、扉の開放度が高まる。百パーセントになる事には、下手の扉は地面とくっ付いていた。「うおっ、眩し」「うぇえ」ゲーラもギュッと目を瞑り、ななしも目を細める。メイスは扉が開閉される気配を感じて、隙間から身体を下ろしていた。足を地面と接する荷箱の壁に戻す。二本の足で立つメイスは、腕を組み、二人に告げた。
「こういうことだ」
 指す方を見れば、一面の草原である。背丈は高くないが、なにもない荒野に草が生い茂っていた。「はっ?」ゲーラは呆気に取られる。見れば、生えた枯れ枝にも小さな葉が無数に付いていた。ななしも首を傾げる。どうやら、二人とも状況が追い付いていないようだ。
 唯一把握するメイスは、わかりやすいよう説明をする。
「昨日から大雨が降っていただろう。そのときに地中に潜っていた種やら球根やらが一気に芽吹いて、こう、というわけだ」
「おいおい。種というより球根なんざ、芽が出るまで時間がかかるだろうよ。冗談いってんじゃねぇぞ。メイス」
「事実だぞ。ゲーラ。砂漠や荒野といった荒れた大地だと、このような植物もある」
「環境に適合した、ってこと?」
「そうだ。よくそんな言葉を知っていたな?」
「上手にお喋りできねぇ癖に、難しい話題は一丁前に知ってるってか?」
「わかんない。詳しいことを聞かれても、なんか、わかんない」
「だとさ」
「チッ! で、その環境に適合がどうしたって?」
「生き残るために適応したとかなんとか」
「はぁ? あやっふやだな、おい」
「どこかで聞きかじったのか? まぁ、いずれにせよ少しでも理解してるなら話が早い」
「どういうこった? 俺も他の連中も理解はしてねぇぞ」
「それは寝てるからだろう、っと。それもそうだな。練習ついでにいっておくか」
「おい。練習ってどういうこった!?」
「一番わかりやすい説明だと、一瞬で理解できるだろう?」
「あ、あぁ。そういうモンだがよ」
「練習! ぷら、えっと」
「practice=Btraining≠ニは少し違うからな。今度、練習を少ししてみるか」
「んなこといってねぇで、さっさと説明しろや」
「植物は燃える。俺たちがバーニッシュサイクルで走ると、植物は燃える。燃えたら灰になる。俺たちが通った場所が簡単に把握しやすくなる」
「最悪じゃねぇか!! つまり、徒歩しかねぇと?」
「そういうことだ。走るのは、この一帯を通り抜けるまで我慢した方がいいな」
「でも、狩りはしてもいいんでしょ?」
「あ? どういうこった」
「どうして狩りの話になる。採取だろう?」
「でも、あそこにイノシシがいるよ」
 本来はwild boar≠ゥboar≠セが、ななしは「豚さんの仲間でご先祖」という情報しか知らないためpig≠ニしかいえない。それでも、指差したもので把握したらしい。
 枯れた枝をビッシリと覆い尽くす無数の若芽を貪る野生の猪を見て、ゲーラとメイスは頷く。「あー」「あぁ」と同じ音だが声のトーンが異なる。
「どこから出てきたんだ。アレ」
「穴を掘って隠れていたんじゃないのか? 夜行性だったとか」
「それが昼に出るのかよ?」
「雨が止んだ後の植物に通じるように、動物も雨の前後で活動時間が変わるのだろう」
「とりあえず、血抜きした方がいい? 植物の地面の栄養になるぞ」
「なにいってんだ」
「いいたいことはわかるが、それだと『肥料』だ」
「ひろ」
「『肥料』だ。確かに動物の死骸は他の動物の栄養となり、虫やら微生物に分解されて地面の栄養となる」
「お前もなに真面目に解説してンだよ。阿呆かッ!」
「地面の、栄養!」
「ななしも変に学習してンじゃねぇぞ。まぁ、腹の足しにはなるか」
「ちょうど俺たちが食える分もある。やるか」
「まだ気付かれてないっぽい」
「ここは、やっぱり炎の玉でドカーン! とやった方がいいだろ!!」
「いや、それだと周りの植物が燃える。弓矢か銃の方が最適か」
「矢は作れるよ。ダーツやナイフは?」
「おい、メイス。お前よ、ダーツで最高何点くらい出せる?」
「真ん中に命中したら、良いなというレベルだ。射撃の方が、まだ出せるな」
「そーかよ」
「なら、スナイパーライフル?」
「お前、本ッ当知ってる知識偏ってンな」
「どこかで教えられたのか? まぁ、先に猪を優先しよう」
「だな。食いっばぐれるのは御免だぜ」
「植物も食べられるのがあったらいいのに」
 とはいえ、ななしはまだ食べられる状態に回復していない。boar∞wild boar∞manure>氛汞fertiliser≠ヘ化学肥料を指すので今回のケースには満たないので教えなかった──など単語を強調して教え込み、会話を終える。猪は呑気に種の存続のために伸ばした若芽をムシャムシャと食べ続ける。外敵の存在に気付かない。
 残りの仲間がまだ眠り続けていることを見て、三人はゆっくりと狩りに向かった。気付かれたら終わりである。足音を殺す。狩りが成功する頃には、猪の丸焼きを作るための作業が始まっていた。


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