ツアーリング中の休憩地点にて(消火後)

 キッチンに入り、戸棚を開ける。そこで自分がストックしたものを取り出すと、ななしはリビングに戻った。ゲーラの座るソファを無視し、シングルカウチ座る。「おいおい、ここじゃねぇのかよ。ここじゃぁ」ゲーラが批難がましく空いた席を叩く。「たまにはこっちに座りたい」ななしが断固として反対した。場所はアメリカ大陸のどこかであり、仕事を辞めて長期の旅に出ていた。どんなに節約しようとも、初期に貯めた資金では足りなくなる。殆どが足であるバイクに費やすからだ。自然と訪れた場所で職があれば短期的なものに応募する。そのときは見極めなければならない。思わぬ罠もあるからだ。そして田舎に行けば行くほど、余所者として自分たちの認知が一気に広がることもある。中には、強盗の集団かよからぬ輩ではないか、と噂も立てられたほどだ。(麻薬なんて吸ってないのに)とは、当時その現場に遭遇したななしの心境である。
 ゲーラが口を開きかける。そのとき、部屋の扉が開いた。メイスである。所用で外出しており、今は紙袋を抱えている。足で扉を閉めると、ズカズカとリビングに入った。ドサッと紙袋が置かれる。中には食料だ。「勝ったぞ」「おいおい、なにをしたんだよ」「賭けをしているテーブルがあってな。一興と思い、そこで参加した」結果、大負けということではないのらしい。ななしは袋の中を出してみる。林檎、缶詰のパスタ、チョコレート味のバーなど色々だ。小振りな一瓶の酒も、中にはある。それを両手で持ってみる。
「飲むの?」
 ラベルを眺めていると、メイスが返した。「流石にな。なにがあるかもわからん」「旅先で飲むってことはできそうだけどな。そいつぁ取っておこうぜ」「アルコールランプの代わりにもなるしな」「火炎瓶」ななしが物騒なことを言い出す。確かにバイクのメンテナンスに使う布を口に突っ込んで、火を付けて投げれば、それなりの効果はあるだろう。アルコールは揮発しやすい。「防衛手段だな」「銃なんて持ってねぇからな。それなりの優しさだぜ?」そもそも銃を買う金がなかったともいう。(最悪、出先で入手することもできるし)元が荒くれ者の集団であった分、発想が物騒である。ゲーラとメイスの二人も、似たようなことを考えてはいた。バーニッシュだった頃も、警察やフリーズフォースの武器を使って応戦したこともあるからである。
「に、しても」
 ゲーラがゆっくりと身体を起こす。のろのろとテーブルを回って歩き、ななしのいるソファに近付く。ゆっくり膝を曲げて、ななしを下から覗き込んだ。突然の行動に、ななしがパチッと目を閉じる。開けると、ゲーラがななしの食べるバーに手を伸ばしていた。
「お前、本ッ当好きだよな、チョコレート味。迷ったら、絶対食ってンだろ。これ」
 絶対、と強調するゲーラに、ななしは首を傾げる。「バニラ味にも手を出すよ?」といった。少しずつバーの角度を自分に戻して、ムシャムシャと食べる。これを見ていたメイスが、口を出した。腰を少し捻る。
「ベーシックな分、味も最強だからな。最初に食べられた味の一つだからじゃないのか」
「あー、なるほどね」
 よくよく考えたら、チョコレートの甘味で胃に入れ終えた覚えがある。実に人間というものは、最初に食べた味を忘れない生き物であった。


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