刺青

 ななしの体には、焼印を押し付けたような痕がある──いくら炎が我らの糧になるとはいえ、受け入れてしまえば終わりだ。抵抗しなければ、赤く熱した鉄すら溶かせない──。そのことをななしが悔やんでいると聞き、二人は作戦会議を開いた。内容は簡単である。【どうその痕跡を消すか】についてである。
 問答無用でそれに巻き込まれたななしは、二人の書いた案を眺める。ゲーラとメイスは、地面にいくつかの文字を書いていた。
「俺たちは雷刃風刃だから、それに因んだものにするか?」
「これは入れた方がいいだろう」
 メイスが地面に書いた『刃』の字を丸で囲む。ゲーラはそれに頷く。
「やっぱ統一感あった方がいいな」
(とういつかん)
 他人事のように彼らの相談を眺めながら、ななしは考える。地面には『雷』『風』『雷刃』『風刃』『神風』『雷鳴』『嵐刃』『山椒』など、字面はいい単語が刻まれていた。それを木の棒で丸バツを付ける。却下した案の後から『鳴』『山』の単語が現れた。
「なぁんか、しっくりこねぇなぁ」
「あぁ。これも、どうもしっくりこないしな」
 そういって『嵐』の単語に三角のマークを付ける。──しっくりとこないが保留はしておく、という意味なんだろう──。ななしは両手で顔を支えながら、思案した。
(どうしてここまでするのだろう)
 ぶっちゃけ消せない傷だと諦めているのに。そんなななしの胸中も知らずに、二人は会議を続けた。
「他にねぇか?」
「ないな。思いつかん」
「マジか……」
 絶望が二人を覆う。
「んじゃぁ、今ある分を」
 ゲーラの手にある木の棒が、重複する単語を消す。
「組み合わせて使うか?」
「あぁ。とりあえず使えるのは……」
 これとこれか、と。メイスは重複しない単語を丸で囲む。『雷』『風』『嵐』『刃』以上の四つである。
(ダブってるのあるじゃん)
 ななしは内心でツッコんだ。しかし二人は気にせず進める。
「これ、消すか」
「消してみるか」
「とりあえず、これは入れてみたいよな」
「そうだな」
「じゃぁ、こうなるということか?」
 ガリガリと地面に文字を書く。『雷風』『風雷』の羅列が、ゲーラの手で刻まれた。沈黙が落ちる。今まで静観を決め込んだななしが、ようやく口を開いた。
「ふうらい……風来坊……」
「は?」
「風来坊。フラフラとどこかへ行っちゃう人のこと」
 その情報に、ゲーラとメイスは口を噤んだ。なんとなく、嫌な響きである。当の本人がそうだからである。ななしはフラリと元いた場所を立ち去り、当てどもなく放浪したところを、ゲーラたちのグループが拾ったのだ。『風来坊』その響きに近いのが『風雷』だという。ななしの見つめる先を見れば、しっかりと『風雷』の単語に刺さっていた。
 ゲーラはそれを消す。
「とりあえず、これにしとくか」
「あぁ」
 残る単語の羅列に、メイスは頷く。こうして会議は終了した。ゲーラとメイスの二人は、ななしに議題の結果を発表する。
「っつーことで、お前はこれだからな」
「は?」
「刺青だ。お前も入れておけ」
「入れろっていったって。えっ、もしかしてメイスの腕のそれって」
 無言でゲーラが自分の鎖骨を見せる。そこに『雷刃』との文字が入っていた。
「あー……」
 ななしは口を開く。これで地面に書かれた文字に納得した。つまり『とういつかん』やらのために、わざわざ自分たちの入れた単語を当てたのである。
「雷風かぁ」
「あ? 文句あっかよ」
「いや、ないけど」
 あっけらかんとした返事に、ゲーラとメイスの目が見開く。まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔である。
 先に我に返ったのはメイスだった。
「そうか」
「うん。えっ、あ。これ、刺青?」
「そうだ」
「入れろよ」
「えー……」
「カッコイイだろ」
「火傷の上に入れりゃぁ、少しは良くなるだろ」
(あっ、マジだ)
 もしかしたら冗談かもしれない──の線は消え去った。ななしは地面にある単語を眺める。かくして、ななしの体に入った忌々しい刻印を消す名前は決まった。それにしても、火傷のことを思うと、時間がかかりそうである。
「できるかなぁ」
「できろだろ」
「全身刺青も施すっていってたぞ」
「マジか」
 ゲーラたちに入れられた文字の細さを見て、ななしは半信半疑になった。とはいえ、ここは無法者の集まりだ。正規の医者なんて望めないし、最悪炎の荒治療を取る場所だ。
「あっ」
 ここでななしが気付く。
「そうか、そういうのがあったか……」
「んだよ」
「いや、なんでもない」
「教えろよ」
「えー……」
 メイスがいえば、ゲーラが目で脅しをかけてくる。それにななしは折れた。
「炎で燃えた体が再生するなら、傷の方も一緒に直しておけばよかったな、って」
「あっ」
「やるか? 今」
「協力するぞ」
「出たとこ勝負になるよなぁ」
 結果、ななしの背中に押された焼印が薄くなっただけだった。服を捲って感触を確かめたななしは、眉を顰める。
「あー、やっぱ完全にはできなかったかぁ」
「でもさっきと比べて薄くなったぞ」
「だな」
「入れる分には問題ねぇだろ」
「寧ろ楽に済ませるぞ。よかったな」
「うへぇ。まぁ、いいや。とりあえず入れる」
「そうだそうだ。入れちまえ、入れちまえ」
「カッコイイぞ。漢字」
「刺青で隠しちまえ」
「お揃いだぞ」
「おそろい」
「お揃いだな」
(おそろい)
『おそろい』の四文字にななしは流される。あぁだこうだと話している内に、二人が刺青を入れた店に辿り着いた。──店といっても、あばら家ではあるが。
「じゃぁ、話を付けてくるから待ってろよ」
「勝手に出て行くんじゃないぞ」
「はーい」
 気怠い返事を返しながら、ななしはその場に座り込んだのであった。


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