ガロが気になった(消火後)

 ふと、ななしから和らいだムスクの香りが漂う。極東の島国で春に咲くSAKURA≠思い起こさせるような香りだ。ガロは立ち止まり、ななしに話しかける。「なぁ、なにか付けてんのか?」perfume≠フ一言に、ななしは率直に答える。「ゲーラとメイスが、なんか付けている」(そうじゃないんだけどなぁ)相変わらず、話が噛み合わない。答えた本人はそれで終わったと思ったのか、ガロの前から去った。ボリボリと頭を掻く。続けてリオが通りかかったものだから、呼び止めた。
「なぁ、リオ!」
「なんだ。騒々しい」
「お前も思わないか? なんか、ななしが付けているんじゃないかって」
「はぁ? 香水に関していえば」
 話に付き合う暇はないと態度に出しつつも、律儀に付き合う。小指で耳を掻きながら、過去の情報を思い出した。
「アイツらが付けているんだろう。マーキングだ、マーキング」
「はぁ? アイツらって、もしかして」
「ゲーラとメイスだ」
 予感的中。ななしが話を誤魔化した・ズラした・わかっていないとの線は消え、短縮して答えを伝えたことがわかった。(だからって、途中の説明がないとわからないだろうが!)と心の中で突っ込みつつ、ガロは考える。腕を組み、耳を肩へ近付けた。全身でクエスチョンマークを作ろうとしている。
「アイツら、香水なんて付けていたか?」
「体臭になっているからじゃないのか? ほら、付け続けると体臭になるとか、聞くだろう?」
「うーん、わからん。そういうの、あまり興味がないんだよ」
「そうか。まぁ、昔使ってたとかなんとからしい。そういうわけで、ななしにも付けているんだとさ」
「いや、わかんねぇって。どこがどうなって、ななしに付ける話になったんだ?」
「馬鹿だなぁ、お前。小学生でもわかりやすいことだと思うぞ?」
「はぁ?」
「さっきもいっただろう。虫除けだ、虫除け」
「いや、だから」
 さっきといってることが違うだろ。とガロはいいかける。『マーキング』と『虫除け』──例え犬のマーキングに例えるとして、縄張りの主張でしかない。虫除けは別途薬が必要だ。繋がりはない。(縄張り、うん?)ピンッと張りつめた糸が鳴る。
「独占欲、か?」
「なんだ、鈍いお前なりにわかったじゃないか。そういうことだよ」
「独占欲、ねぇ。リオには向けられてねぇのか?」
「はぁ? なにをいっているんだ、お前。どうして僕が二人に束縛される必要がある? 寧ろ心配をされたくらいだ。まったく、お前たちは僕の保護者かっ!」
「あぁ、一人暮らしをしてるんだっけ? っつーと、ななしの場合は」
「絶対引き留めるだろうな。アイツが一人で暮らしたの、たった数ヶ月ほどでしかないぞ」
「意外と長いじゃねぇか。まっ、人の心はあるってことだな。うん」
「そうかぁ?」
 一人で納得するガロに、リオは胡散臭い目を向ける。三人と付き合いが長い分、ガロの納得に疑惑を抱いた。(全然わかってないだろ。コイツ)と疑惑の目を向ける。それにガロは答えた。
「一番隊や二番隊のヤツと話す機会があってよ。たまに、色恋沙汰の話になるんだよな」
「へぇ」
「それで束縛の強い彼氏とか彼女とかと付き合ったっていう話も出て。で、その中だと一日だって離れたくないって話が出るんだよ」
「へぇ」
「それと比べたら、ゲーラとメイスなんて、それほど束縛は強くねぇなって」
「そうか? 束縛は強くなくても、独占欲は強いと思うぞ? 絶対他人には踏み込ませないという気概がな」
「独占欲が強かったら、あぁも仲良くはねぇだろ? リオこそ、なにをいってるんだ」
「それは、はぁ。お前には遠いことだからいい」
「はぁ? なんだよ、それ!」
「言葉通りの意味だ。色事に鈍いヤツにいっても意味がない」
「んなの、やらなきゃわからねぇだろ!?」
「こういうのは、自然に気付いた方が早いんだ」
 話は終わった、とばかりに手を振る。──確かに『マーキング』と『虫除け』の意味が即座に繋がらなかったことは確かだが──だからといって、話さないとは? 既にテストをされて篩い落とされていたとでも? ガロはリオを追いかける。「ちょ、詳しいヒントをくれよ!」そういわれても「知るか。充分に出てるだろ」と辛辣にリオは返す。
 とぼとぼと廊下を歩く。ふと、ななしと話しているゲーラとメイスを見かけた。あぁいうときは、声をかけない方がいい。用もないのにかけたら最後「あぁん?」「は?」と激怒の鋭い視線と冷たい蔑視を投げかけられる。あれは一度で充分だ。充分に懲りた。チラッと様子を見る。少し耳を澄ませば、会話の一端が聞こえた。「やっぱり、匂いがきついんじゃぁ」「んなわけねぇだろ」「ワンプッシュだぞ。被害はない」これ以上は盗み聞きになる。ガロはその場を去った。
(ん? そういやぁ)
 種類の異なる香水が混ざると、違う匂いになるらしい。ある要素が打ち消され、新たな要素になる。よくよく考えれば、ななしはゲーラとメイスが二人でいるときに漂う香りに似ていた。といっても、そこから煙草を引いた分の香りではあるが。(もしかして)ガロは歩きながら考える。(ななしには、香水だけの匂いを付けているのか?)正解に近い。けれど恋愛に鈍い男の脳には、それ以上の結論を導くことができなかった。
 ガロが立ち去る。ななしが「でも、合計で二回じゃん」と口を出した。それにゲーラは「んなのセーフだ、セーフ」と返し、メイスは「そこまでキツい香りにはなっていない」と結果を示す。どさくさに紛れて、ななしの頬や耳を触る。
「っつーか、寝てる時点で移るだろ。普通」
「それもそっか。シーツにも付いてるし」
「あれだったら、耳の裏に付けるか? ピンポイントは、難しいだろうな」
「えぇー。シャンプーやコンディショナーの匂いとぐちゃぐちゃになるから、やだ」
「髪にも付く感じになるからなぁ。そういうのは、寝てる分だけで充分だろ」
 そういって、ゲーラが掬ったななしの髪を吸う。顔が近付いた距離に、ななしがビクッと身構えた。身体が硬直し、捕食される体勢に入る。ななしの耳や髪を触っていたメイスは、ポツッと呟いた。
「おい。ここ、職場だぞ」
「あ?」
 片方は気付いていない。どんとはれ。


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