徹夜明けの非番日(消火後)

 日付が変わり、朝の六時になる。当番はこれで終了だ。だからといって、すぐに帰れるわけではない。次の当番である一番隊に引き継ぎ、何事もなければ直帰できる。バーニングレスキューの寮に部屋を借りているわけではない。緊張の途切れた頭で考えることもせず、食事を買い込む。デリというものは便利だ。コンビニみたいなものだが、チェーン店より品揃えが豊富である。その店でしか扱っていない品もある。まるで小さなスーパーだ。メイスは惣菜の値段を見比べ、ゲーラはシリアルなどのコーナーを見る。もう手軽に済む食事にしたかった。一方、ななしはというとドリンクのコーナーを見ている。喉が渇いたのか、なにを買おうか迷っている。パンとバターを抱えたゲーラが惣菜に合流し、メイスのカゴに入れる。カゴの中には安売りと出来立ての二種類が入っていた。「ななしは」と視線で交わしたあと、いそうな場所を回る。菓子コーナーにはいず、栄養補助食品にもいない。コーナーとコーナーの隙間から、ななしを見つけた。まだドリンクを選んでいる。ゲーラも同じコーナーを見る。扉を開けられるよりも前に、ななしが自分で開けた。並んでいる中から、ずっと気になっていたものを手に取る。それをメイスのカゴに入れた。楽な食料調達はこれで終了である。会計を終え、持参した袋に入れる。のろのろと帰路に戻る。家に辿り着いて、部屋に入ったなりドサッと倒れた。買ったものが床に散らばる。
「あー、うーっ」
「だぁ!! くっそぉ、多すぎだろぉ。なんだ、ありゃぁ」
「件数はえげつない数だったな。ギリギリでヘルプを呼ばなかったとはいえ」
 仰向けに倒れてバタバタと腕と足を動かすななしと違い、ゲーラは両手を後ろについて上半身を床へ反らす。足を投げ出したゲーラと反対に、メイスは背中を丸めた。立てた両膝に両肘を乗せ、咥えた煙草に火を付ける。
「厄日だな」
「煙草の煙、天井に吸い込む」
「あー、はいはい」
「っつーか、服も洗わねぇといけねぇじゃねぇか。ったく」
 やることが多いぜ。といってゲーラが立ち上がる。ななしに注意されたメイスは、その頭をポンポンと叩いた。子ども扱いをされて、さらにななしがムッとする。のろのろと立ち上がり、床に落ちたものを拾った。惣菜は袋に入ったままであるので無事である。「洗わないとなぁ」とボヤくななしに「最初からあるだろ」と拾い終えたゲーラがいう。重い足取りでリビングまで向かっている。途中で灰皿が気付き、メイスも遅れてリビングに入った。シンクに置いた灰皿代わりの空き缶を探す。あった。その中に水を張り、できた灰の橋を落とす。先に入った二人の姿が見当たらない。後ろからソファの背凭れに寄り掛かると、うつ伏せのななしがゲーラの下敷きになっていた。同じようにうつ伏せになっている。トントンと灰を簡易灰皿に落とし、ニコチンを吸う。すぱーっと紫煙がメイスの口から直線に吹き出た。
「お疲れだな」
「うっるせぇ。あれで疲れねぇ馬鹿がいるかよ」
「いそう」
「あー」
(速攻で論破されたな)
 ななしの直撃で潰れたゲーラを見ながら、メイスは短い間隔で毒を吸う。こういうものは、じっくりと長く時間をかけて吸った方がいい。だが、久々のニコチンだ。ニコチン中毒が出て、ヤニの摂取を急がせる。ゲーラの下敷きになったななしが、ひょこっと頭を上げる。
「こういうとき、お風呂に入るのがいいって聞いた」
「風呂、ねぇ」
「風呂って、バスタブのことじゃねぇか。あれがなんだって?」
「そこにお湯を張って、浸かる。古代ギリシャにあった湯治のやつ」
(洗うのに時間がかかりそうだな)
 なにせ風呂に浸かる習慣などない。バスタブには今までの泡や水垢などが残っている。洗うとしたら一苦労だ。スポンジとバケツも新たに買わねばならない。シャワーは備え付けで固定したタイプだからだ。
「とても疲れた身体に効くんだって」
「へー、洗う気力なんざ今ねぇぞ」
「なんか、他の国でもあったような」
「ここはプロメポリスだぞ」
 メイスの指摘にななしはムッとする。それでも風呂に浸かりたいらしい。うつ伏せのゲーラの下でパタパタと足を動かそうとした。
「ドロドロに疲れが取れるんだって」
「そもそも」
 のそりとゲーラが顔を上げる。ななしの頭に顎を乗せて、反論をした。
「入るにしても狭ぇじゃねぇか。入るにしても無理な感じだぜ」
「えっ」
「スパ、にはあるわけでもないからな。療養地に行くつもりか?」
「そういうのと違う。ヒノキのお風呂に露天風呂。それとあっつあつのお風呂」
「はぁ? あっつあつまでなったら熱ぃだろうが」
「沸騰しているのか?」
「してない。あっても四十二度前後。それが熱いと呼ばれるお風呂だって」
「っつーか、詳しいな」
「暇なときに調べたから」
 ──『暇』、それは恐らく待機時間による空き時間だろう。ある程度訓練を積み終えて現場を経験すると、新入り時代より自由な時間が増える。大抵、レスキューギアの整備をしたり身体を動かしたり事務仕事をしたり寛いだりと、様々だ。その片手間に調べていたんだろう。(そういえば)ガロとタブレット片手に話していたような気がする。ななしがガロと話していることも気にしたのか、リオも話に加わっていた。それからアイナ、ルチアと加わりタブレットを中心にして話が盛り上がったような気もする。
(あー、あのとき話してたっつーのが)
(もしや、あのとき盛り上がってた話題が)
 同時に気付く。ガロが食いつきななしが尋ねるとすれば、極東の島国の文化である可能性が高い。共通の知り合いで一番造詣が深い人物がガロだからだ。そして極東の島国が持つ『温泉』『銭湯』『リョカン』の話題でリオたちが盛り上がる。会話の中に出てきた単語を繋ぎ合わせれば、そうなった。
 ゲーラがななしに体重をかける。紫煙が揺蕩う部屋の中で、ななしは「重い」と不満を口にした。
「だから、お風呂に入った方が楽かなって」
「マッサージの方が楽だろう。手間と距離を考えても」
「それはそうだけど。でも、お風呂に浸かってゆっくり寝たい」
「なら、さっさと靴を脱いでベッドに寝転がった方がいいぜ? すぐに寝れる」
「ベッドにすら行けない」
「ゲーラに押し潰されているからな」
 蚊帳の外を決め込むメイスが、冷静に上から見た状況を教える。提案するものの、ゲーラは退くつもりもない。ソファで寝た方が早い。「うー」とななしが下敷きになりながら唸った。
「せめて髪を洗いたい」
「まだ煙の臭いは取れていないからな。気持ちはわかる」
「シーツに染み込むのは嫌だってか?」
「また寝たときに気になる」
「洗濯しちまえばいいだろ」
「となると、今夜の寝床がなくなる」
「今日はゆっくりしたい」
「っつーか、非番だからな。外には出れねぇだろ」
「そのための買い溜めだ」
「なんか、そうなる?」
 これ以上話を続ける気力もないのか「話が逸れてない?」との代わりに、ななしがそう尋ねる。メイスのボケにもう慣れっこなのか、ゲーラはスルーした。全力でその指摘を無視する。指摘を話題に出したら最後、メイスとの蘊蓄禅問答に似たやり取りが始まるからだ。ななしの髪に顔を突っ込んだまま、力なく手を振る。
「放っとけ」
「引きずり出すか」
「内臓ごと出ちゃいそう」
「出ねぇだろ。腕が引っ張られるだけだろ」
「ストレッチにも良さそうだな」
「私をベッドに連れてって」
「しゃぁねぇなぁ」
 よっこらせ、と重い足取りでゲーラが起き上がる。メイスも味わった煙草を空き缶に入れて、喫煙をやめる。両手を前へ伸ばしたななしの前後に、それぞれ二人が回る。うつ伏せのななしを仰向けにすると、それぞれ掴み出した。ゲーラはななしの両腕を両手で掴み、メイスはななしの両足を両手で掴む。ななしの胴体が宙ぶらりんとなる。足で支えた重力が一気に腹へ圧し掛かった。ななしが嫌な顔をする。
「なんか違う」
「あ?」
「なんだ、ストレッチャーがいいのか? いいだろう。簡易担架を作ってやる」
「そういうのじゃないんだよなぁ」
 はぁ、と息を吐きながら解放した両手を腹の上に置く。ななしはソファへ戻された。のろのろと身体を起こし、ソファに座る。
「眠い」
「そりゃそうだろうよ」
「仮眠すらできなかったからな。寝るに限る」
 頭が回らない以上、即行で寝ることにした。


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