ななしに口出すメイスと話を聞くゲーラ

 ななしだって一人で買い物をする。一人で必要な情報を調べ、必要に応じて買い足す。この辺りはななしのプライベートだ。しかしメイスは、そこに口を出す。
「お前な、オールインワンでズルをするな。ちゃんと一つずつ買え」
「だって。これ一つで済むって」
「それは方便に決まっているだろうが。あのなぁ、それほど良いってことだぞ?」
「なら大丈夫じゃん」
「良くねぇに決まってるだろ。要は八方美人だ。手に負えない専門的な分野までは、カバーできないってことだ」
「なにそれ」
 要領を得ないななしに説明する声が、廊下からも聞こえた。バスルームの扉が開けっ放しなもんだから、聞こえて当然である。通りがかったゲーラが、バスルームを覗いた。ななしがむくれ、メイスが目付きを鋭くしている。これは面倒臭いことになっていそうだ。
「なにやってんだ」
 ヒョコっとゲーラがバスルームに入る。門外漢が入ってきたことに顔を顰めたのは、メイスだった。
「ゲーラ」
 逆に味方を得たかのように目を輝かせたのは、ななしである。ななしが話を纏めるよりも先に、メイスがいう。
「下手に口を出すな。お前、こういうの苦手だろ」
「苦手っつーか、なんだそりゃ」
「別に、これ一つで済むならそれでよくない? そう思うよね!?」
「済むわけあるか! あのな、少しは自分の肌というものを勉強しろ。肌っていうのはなぁ、一人一人違うもので」
 といいながら、反論するななしの顔をメイスが触る。(触りてぇだけなのか?)とゲーラはふと思う。(俺だって触りてぇってのに)と欲望もムクムクと起き出した。ななしは顔を顰めている。『オールインワンなら万能にカバーできる』という説を撤回しないようだ。強情である。ゲーラが手を出す。
「別に、怪我なんざしてねぇだろ」
「怪我はしてない」
「そういう問題じゃない。あのな、そう美味しい話があるわけないだろ。ちゃんと導入液から使えと」
「でもさ」
 口を酸っぱくいうメイスの手を止め、ななしがいう。(なにやってんだ)(羨ましいぞ)(俺にもやれってンだ)とゲーラの中で不満が勃発する。まだ顔には出ない。どうにか胸中に留めている。
「ちゃんと、スキンとかアイとかマスクとかボディとか、色々なパーツに特化したのを書いてるよ?」
「はぁ?」
「マッサージにも使えるって」
「んだよ。便利じゃねぇか。良い買い物をしたなぁ」
「でしょ?」
「そんなわけあるか! 貸してみろ!!」
 それでも現実主義のメイスは信じられなかった。門外漢のゲーラだけが、話を聞く。ななしの手からメイスの手、メイスの手から洗面台の傍へと問題のジェルが置かれ、メイスが洗顔を始める。自宅なものだから、ほぼすっぴんの状態に近い。肌をカバーするものを全て剥がすと、ジェルを手の平にワンプッシュした。「ったく、そんなもの」あるわけがなかろうが、と言外に潜ませていう。ワンプッシュを両手で伸ばし、自身の顔につける。肌に馴染んだ瞬間、出っ放しだった文句の蛇口が止まった。一瞬で真顔になる。ななしのいったことに、嘘はなかった。無言で成分表を見る。続けて、不思議そうな顔をするななしを見た。
(まぁ、嘘ではない)
 が、安易に信じるのは危険である。高保湿ジェルの成分表を見て、暫し考えた。ななしが鏡を開く。ゲーラとメイスの私物で、空いている場所が少なかった。
「なんか出しておくか?」
「どうしよう。ある?」
「特にねぇなぁ。全部使うもんだしよ」
「ななし」
 ゲーラとの会話に割り込み、ポンッと肩に手を置いた。
「確かに、これ一本で済むには済むな」
「でしょ?」
「おいおい。ちゃんといった通りじゃねぇか」
「だがな」
 フルフルと首を横に振る。
「コイツがカバーできるのは、ここまでだ。他のほしいところまで手が届かない。つまり、だ。ちゃんと解決するヤツを他に選ばないと、意味がないってことなんだぞ?」
「どういうこと?」
「知らねぇうちにいっても、意味ねぇんじゃね?」
「お前な。こういうのは、早めのうちに手を打っておくものなんだぞ!? 既になったら、時間がかかる」
 クッと今度は拳を握った。意味がわからない。ななしとゲーラは顔を合わせる。メイスだけが事の重要性を把握していた。オールインワンは、最良の現状をあくまで留めておくだけである。つまり、現状維持に最適な一本だ。くどくどと、続けていう。
「俺に相談すれば、もう少し良いものを買えたものを」
「でも、良かったんでしょ?」
 ななしの質問に、メイスは黙る。
「ネットでも評判よかったよ。これ。一位だって」
 またしても黙る。これにゲーラは察しがついた。
「良かったんだな」
「じゃぁ、使う?」
「つか、えるのなら使いたいな。サボりたいときにそれ一本だと助かる」
(サボりてぇのかよ)
 あぁまでグダグダといっておきながら、とゲーラは心の中で突っ込む。えらく手間を踏んで大切にしろといっておきながら、自分は一本で済ませたいという。チグハグだ。少なくとも、この分野を知らないゲーラにとっては、そう思った。
「なら半分出してね、半分」
「そう、だな。半分でいいか。後でいいか?」
「うん」
(また増えるのかよ)
 いや、ななしとメイスが兼用した分もあって、スペースが減ったといったらいいか? それでも、自分たちの分で鏡の裏は圧迫している。洗顔フォームやシェーピング剤に化粧水など。スキンケアに関しては二人分の量だ。数が多い。寧ろゲーラの分が一番少ない。チラッとバスタブの方を見る。バスタブもバスタブで、同居者の数だけ使うシャンプーやボディソープも違う。壁やバスタブに収納スペースを設けるくらいの数だ。(減らさねぇのか)とゲーラは思うが、よくよく考えれば自分の分が一番減らされている。ボディソープが万能に使えるヤツだからという理由で、消費量が多かった。その分、費用が分割されて財布に多少戻される。バスタブを眺める。
「なぁ。ななし」
「え?」
「どうした」
 メイスもオマケでついてくる。ゲーラはシャワーカーテンに視線を逸らして、バスタブを指した。
「シャワー、浴びたらいいんじゃねぇか? せっかくだしよ」
「えっ。まだ浴びたくない」
 即座に断られる。ゲーラの企みは失敗に終わった。苦い顔にも少しなってしまう。その腹を察したのか、メイスは同情した目でゲーラを見直した。


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