大晦日の来客(消火後)

 今日はやたらと、天気の機嫌が悪い。さっきまで晴れやかな空だったのに、今ではもう曇っている。この調子だと、天気が荒れそうだな。セントラルヒーターやらなんやらのおかげで、そこまで寒くは感じないけど。きっと、外に出ると酷そうだな。指先も凍りそう。冷蔵庫の中より冷えてしまいそうだ。キンキンのリンゴジュースを出したら、玄関のチャイムが鳴った。いったい、誰だろう。ゲーラとメイスは、出る気配なし。新年を迎えるに当たって、色々と準備をしているようだ。ジャンプするのかな。代わりに玄関に向かう。ドアスコープを覗くと、リオがいた。
「あっ、ボス」
 慌ててドアのチェーンを外す。リオと名前で呼べたとしても、反射的に前の方で呼んでしまうのだ。癖というのは恐ろしい。『ボス』と呼んだからか、なにか準備をしていた二人も止まる。バタバタと、後ろで騒がしい音がした。カチャっとドアの鍵も外す。開けると、頭に雪を被ったボスがいた。
「ボス、どうしてここに」
「もう『ボス』と呼ぶのは止めろといったはずなんだけどな。悪いか?」
「ボス! なんだってわざわざ!?」
「いえば迎えに行きましたのに!! お寒いでしょう!?」
「お前たちも敬語はやめろと。はぁ、いい。今日は説教をしにきたわけでもないんだからな」
 ガサッと袋の擦れる音がする。材質はポリ袋だ。ボス、リサイクルとかエコとか叫ばれる時代に、なんて強引な。どこかで買ってきたのか、袋から湯気が出ていた。袋の表面にも内側にも、水滴がたくさん付いている。
「一緒に年を越そうと思ってな。お邪魔だったか?」
 別に、私は問題ない。二人に顔を上げると、同時にブンブンと頭を横に振っていた。
「いやいやいやいやいや」
「滅相もない。ただ、ボスが来るならそうと、それ相応の準備もしたというのに」
「だから、気を遣わなくてもいいといっているだろう。邪魔をするぞ」
「その前にボス。体の雪を落とさせて。入ったら、水浸しになっちゃう」
「それもそうだな。頼む」
 スッとボスが腕を伸ばした。完全に任せるスタイルである。とりあえず、腕についた雪を払う。ゲーラも「ちょっと失礼しますぜ」といってボスの頭を叩いた。ふわっふわだ。ボスのふわふわの毛先に、雪が入った。毛先? 髪の間かもしれない。部屋に戻ったメイスが、後ろからなにかを差し出してくる。
「ほら、これで掃え」
 服の、コートとかの毛玉や埃を取る箒みたいなヤツだ。確かに、粉雪を掃うのにちょうどいいかもしれない。「気が利くな」とボスがいう。メイスが「とりあえず、入った先でコートとかをお預かりしますね」といった。まるで、ホテルマンみたいだ。私もだけど。でも、そこまで気を利かせるものだっけ? 叩いても叩いても、雪が空から降ってくる。家の中に戻ったゲーラが、傘を持って戻ってきた。パサッと簡易的な屋根を、ボスの真上に作る。
「これで掃いやすくはなるだろ」
「あっ、なるほど」
「ついでに、ここで脱いでおきますか? 寒ければ入ってからでも問題ありませんが」
「寒いぞ。まぁ、このまま突っ立ってるのも嫌だしな」
 そういって、ボスがパンパンと手を叩く。袋も揺れた。雪も落ちた。フルフルとボスが頭を振ったものだから、後ろに下がる。全体的に、白い雪はボスの身体から落ちた。
「邪魔するぞ」
 家の中に入ってくるから、私が先行して入る。このままだと邪魔になるからだ。入る間際に、トントンとボスが爪先を叩く。靴底や踵についた雪も落ちた。遅れて、ゲーラも入る。家に入る間際に、傘を閉じた。靴と同じように、傘の先もトントンとしている。
「ボス、こちらのマットをお使いください。お前たちもな」
「へいへい」
「グリグリすればいいかな」
「いいんじゃないのか?」
 この玄関マット、トゲトゲしている。ボスに倣ってグリグリしていると、靴に付いた雪がある程度落ちた。あとで、モップ掛けしておこうかな。折角掃除をしたのに。ゲーラも同じように、靴についた雪を落としていた。メイスがボスからコートや手袋などを受け取る。
「それ、どうするの?」
「干すんだ。乾燥機にかければ一発だろう?」
「できれば、帰るときを見越して頼む。意外と温かいんだよな、それ」
「けど、湯気で余計に冷えるんじゃないっすかね? 大丈夫なんですか、そこんところ」
「内側さえ温かければ、なんともない」
「はぁ。まぁ、マフラーがあればマシですもんね」
「タートルネックとネックウォーマーの合わせ技だぞ」
「いいな。温かそう。ホットテックスとか、そういう?」
「あぁ。ガロのところだと、それも入れてるらしいな」
「火事を消す輩がホットテックスを使うと」
「逆に発熱しすぎて脱水症状でも起こすんじゃねぇですか?」
「そこのところは知らん。とりあえず、温かいということに違いはない」
「はぁ」
 まぁ、職員の使うものだから外れはないだろう。腐っても国家救命消防隊だし。名前、こうだっけ? どうだったろう。忘れた。メイスが乾燥機に、ボスの濡れたのを入れるだけ入れる。ゲーラが先導して部屋の中まで行った。私は鍵を閉める。ドアチェーンは、まぁいっか。玄関マットを跨いで、ボスが身体の力を抜く。
「はぁ、やっぱり温かいな。ここまで来た甲斐があった」
「寒かったでしょうに」
「なにか温かいものでも淹れますか? といっても、あるものでしかできませんが」
「なら、折角だから頼む。ストーブもあったら最高なんだが」
「ストーブ? 薪とか、そういう?」
「オイルストーブでも最高だな。それに手を当てると、なんとも心地いい」
「なんすか、それ。まるで雪山で遭難したときにいいそうなヤツじゃないっすか。心配しなくとも、ここは都会ですよ」
「わかってるさ。ちょっと高望みだ」
「たかのぞみ」
「あぁ。結構高いし、維持費もかかるからな。燃料も馬鹿じゃない。暖炉付きの一戸建ても、中々大変に思える」
「へー」
「まっ、俺らにゃ賃貸がお似合いですよ」
「お前たちの性分を考えるとな。腰を据えるという想像が付かない」
「こし」
「こっちに座ってもいいか?」
 なんだろう。変な意味に捉えてしまう。悶々としていると、ボスが一人掛けのソファを指差す。異論はない。頷くと、ゲーラが「あー」と呻く。
「まぁ、大丈夫ですぜ」
「なんだ。なにか不満でも?」
「いや、なんつーか。あー」
「蛇の生殺しくらい慣れているだろ」
「なまごろし」
 蛇と出たからには、ウィスキーの銘柄だろうか? 確かに、テーブルには酒のツマミとか新品の酒瓶とかが色々と出ている。きっと、酒を飲みながら年を越そうとしたに違いない。意気消沈したゲーラが、ザッと酒瓶をテーブルの端に纏める。ボスから遠ざけた。ポスッと座る。ボスは、ドカッと座った。ガバッと足も開けている。いつもの座り方だ。
「ななしは、なにか予定でもあったのか? この年末の」
「えっ。別に、これといったことは」
「ねぇっすよ。俺らと同じように、ゴロゴロと過ごすだけだったんで」
「へぇ。つまり、年末はなにもしないと」
「ぐっ」
「まぁまぁ、過ごし方一つにも違いがありますから。そういうボスは、どうなんで?」
 あっ、メイスが助け船を出した。ついでに温かいものを出してくる。私にもマグカップを出された。ブツは、ホット・アップルサイダー。バニラの香りがするし、キャラメルの味もする。パチパチと、微かに炭酸が弾けた。メイスとゲーラの分はない。代わりに一本の酒瓶を手に取る。
「連絡をくれれば、ちゃんとしたものの一つや二つを準備できたんですが」
「ぐっ! た、たまたまだ!! たまたま、予定が狂っただけだ!!」
「ほーう。予定が、狂ったと」
「それで俺らンとこに来たんですか。ボス」
「べっ、別にいいだろ!! 年末を過ごすことになっても、お前たちとならいいな、って思ったし」
「これは、恋愛ゲームでいうところの告白なの?」
「おい! ボスの気に障ることをいうんじゃねぇ!!」
「いってもいいときと悪いときがあるだろ!?」
「聞こえてるぞ。というか、恋愛ゲームなんてしてたのか!? お前!」
 別の意味で驚かれた。恋愛ゲームもなにも、たまたま遊べる一覧に入ってたから、それをやっただけで。攻略に行き詰まったから、二人の手を借りたのは内緒である。
「全ルート攻略しようとして、やめたよ」
「まぁ、それはわかる。なんとなく想像が付いたよ」
「っつーか、あんなクソ甘ったるいセリフに付き合うこっちの身になれってンだ。耐えきれませんぜ?」
「流石顧客層の望みを把握して作られているというか。酒、飲めませんよね?」
「ちょこっとなら。ほんのちょこっとなら、飲めるぞ?」
「おい。ボス、まだ未成年だろーが」
「それもそうだった」
「おい!! フレーバー程度なら飲めるからな!? フレーバー程度なら!!」
「酔ったことあるんですか、ボス」
「ない!!」
 全否定された。全力で全否定。顔まで真っ赤だし、肩もいからせている。フーフーと肩で息もしていた。(どっかで失敗したのかなぁ)私たちには知る由もない。ただ、ゲーラはなにかを察したようだった。敢えて触れなさそうである。メイスは、酒瓶の一本を持ってキッチンに戻って行った。
「僕が醜態を晒すとか、そんなの、無いに決まってるだろ」
「へいへい」
「ふーん」
「まっ、ガキの頃に色々と失敗を経験するのが良いですぜ」
「僕を子ども扱いするな!」
「デカくなってからガキのような失敗すると、目も当てられねぇことになるんで」
 なんか経験者の言葉に似てる。しみじみとしてたら、ボスが「うっ」とジト目になる。一理あったのらしい。おずおずと、恥ずかしそうにソファへ戻る。
「悪かった。見苦しいところも、見せてしまったし」
「まー、いいたくねぇんなら俺らも深くは突っ込みませんし」
「ふかく」
「浅いところで突っつくかもしれない、ということだな」
 あ、メイスが戻ってきた。同じようにマグカップを持っている。それも二つ。一つは自分のところに置いて、もう一つはゲーラのところに置いた。なんか、お酒の匂いがする。
「ボスのは、それ飲み干してから作りますね」
「うっ、そうか」
「ゲーラとメイスの分は?」
「コイツだよ。ウィスキー割り」
「どちらかといえば『ホットトディー』だな。ホットアップルサイダーに酒を加えただけのモンだ」
「なんというか、酒浸りになるつもりだったのか、お前たち」
「大人の楽しみ方ってぇヤツですぜ」
「どうせカウントダウンしかありませんからね」
「なんか、僕の聞いたものとまったく違うな」
「えっ。じゃぁ、なんだったんですか?」
 あとで生クリームを使ったのを食べるつもりだったんだけど。予想と違うのなら、ちょっと変更を加えなきゃいけないかもしれない。パタッと飲む手を止める。ゲーラもメイスも、飲むのを止めていた。ボスが静かに話し出す。
「なんというか、盛大に祝うものだと」
「クリスマスじゃねぇんですか? 年末の一大イベントといやぁ、クリスマスじゃ」
「カガミワリとかなんとか」
「鏡割り? 鏡を、割るという行事ですか。不吉を追い払うとか、そういう?」
「いや、聞いた感じだとそうじゃなかった。なんというか、お祝いに食べると」
「鏡って、ガラスだよね? なら食べられないと思う」
「そもそも死んじまうだろ」
「口の中がギッタギタだ」
「鏡本体を食べるという感じでもないし、色々と調理にも使うと、いっていたような気が」
「じゃぁ、違うヤツだ。それ、鏡の方じゃないよ。姿見じゃなくて」
「食い物か?」
「鏡の名を冠するとは、可笑しなモンだ」
「元が異国の文化だから、当たり前だろう。問題は、その割る方の正体なんだが」
「なんだろね」
「知らねぇよ。聞いたこともねぇ」
「画像で検索をかけた限り、樽を割る画像が出てきましたが」
「なんだそれ!? 僕の聞いた話とまったく違うぞ!?」
「じゃぁ、ボスのが間違っていたということかなぁ。話し手の話が」
「いや、アイツに限っては、いや、ありえる話か、うん」
 ボス、なんだかブツブツ言い出し始めちゃった。ゴクッとカップの中を飲む。微量な炭酸と格闘して飲んだら、空になっていた。どうしよう。生クリームが飲みたい。ホイップクリームを乗せるのも可能。それで飲めるのを探そうかな。メイスからスマートフォンを借り、レシピを探す。
「なんというか」
「へい?」
「なんですか?」
「お前たちは、変わらない様子で過ごすんだなぁ、と」
「ホットバタードラムカウ飲みます? すごく美味しいようで、お酒の量も少なく済みそう」
「あぁ。うん、それじゃぁ頼むよ」
 なにかを期待していたのらしい。ガックリとした様子でボスが肩を落とした。ゴクッとカップの中を一気飲みする。「ふぅ」と息を吐いてから、それを渡した。受け取る。同様に空だ。
「あっ。僕もなにか手伝うか?」
「せっかくだからゆっくりして、っていいたいところだけど。生クリームを泡立てるのを手伝ってほしい」
「ゲロ甘になりそうだな。それ」
「ボス、砂糖は少な目スパイス多めに入れとくことをオススメしますよ。ピザでも頼むか」
「この時期にか。鬼だな、お前たち」
「っつーか、やってんのか?」
「やってないだろうな。休業しているところも多い」
「駄目じゃないか。冷蔵庫で軽いパーティーでも開くか?」
「なにかあったっけ?」
「冷凍のピザならあるはずだぜ」
「缶詰で昔を思い出すか? ちょっとストックを確認してくる」
「あー、そうだった。備蓄用にやったヤツもあるか」
「なんか、悪い。まさか、そこまでだったとは」
「気にしなくてもいいよ。本当に、ボスがくるとは思ってなかったから。うん」
 今からボスを入れたものにメニューとか色々と変わるだろうと思うし。そう告げたら「そうか」とボスが複雑そうな顔でいった。
「僕がいるといないとじゃ、うん。こうも、ガラッと変わるんだな。ゲーラもメイスも」
「ボスを結構大事に思ってるし、敬意も払ってるから」
「お前は相変わらずだけどな」
「うん」
 名前呼びにはまだ遠いけど。そう思いながら、ボスの呆れた顔を眺めた。


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