少しだけ根に持つ(消火後)

 チョコレートは食べると甘い。そんなこと当たり前だ。でも、このチョコレートは違う。どこか、口当たりが違う。甘いし、柔らかく溶ける。二人に聞いたら、メイスが「ミルクだからな」と答えた。「ミルクだから甘いんだろう」と。柔らかな口当たりもミルク。柔らかな口当たりも乳製品由来。意外とミルクって、万能なんだな。流石昔から高級品として扱われただけある。山羊や羊より、牛の方がコクが深いし。あっという間に食べ終えてしまう。だからコーナーで見つけて、あるだけカートに入れた。
「だからって、全部買う馬鹿がいるかよ」
「ちゃんと計算してるから。大丈夫」
 ようやく入ったお給料の範囲で買えるだけ買ったら、ゲーラに止められた。「マジかよ」と信じられなさそうな顔をしている。口ではいってないが、顔でいってる。「なに?」と聞き返したら「お前な」と返される。
「一気に食ったら、鼻血が出ちまうぜ?」
「そんなの迷信じゃん」
「いいや。マジだぞ」
「うわっ!?」
「どわっ!? って、オメェかよ。居たなら居たで、返事しろってンだ」
「いや、呼ばれてもないが?」
 返事をするという機会もなかったんだから、その言い分は正しい。ゲーラの正当とも思える言い分が、簡単にひっくり返った。「ぐっ」とゲーラも呻いてるし。メイスが続けて説明をした。
「チョコレートには興奮作用もある。それで血管が膨張し、細い血管が集まる鼻が破れやすくなるというわけだ」
「鼻が? 破れる? ビリッと?」
「血管の方な」
 ゲーラが補足を入れてくる。なるほど、省略したのは『血管』の方だったんだ。しみじみと頷いていると「足りなかったか?」とメイスが聞き返した。
「それに、カフェインも含まれている。一気に一〇枚を食べるのは控えた方がいいかもな」
「食べないよ。多分」
「多分かよ」
「二枚くらいなら食べる」
「まぁ、それくらいなら大丈夫だろう」
「三枚だとアウトだろってか。とりあえず食い切れるかよ」
「不安。けど賞味期限までには食べ終えるはず」
「溶けたら目も当てられないぞ」
「あっ」
 しまった。冬の空調を舐めてた。あれ、下手したらチョコレート溶けてしまうし。ただでさえ、勝手に入れられる暖房のせいで夏みたいに暑くなる。夏に置きっぱなしにしたら、チョコレートなんてもの。勝手に溶けてしまう。こっちの一存で調整もできないため、余計に厄介だ。諦めて、数枚減らす。カートに入れた箱を元の場所に戻し、五枚だけ抜き取った。これで、冷蔵庫に積み重ねる分だけで済むだろう。ただでさえ、冷蔵庫のスペースは不安だ。常備食、じゃない。常備菜の分もあるし、お菓子だけで埋め尽くすのはまずい。
「っつーか、今までどこ行ってたんだ?」
「絵本コーナーだ。参考になるだろう?」
「なんの? 子どもたちに持って行くなら、同じのを数冊買わなきゃ」
「お前の分だ。読むだろう?」
(ばっ)
 馬鹿にしてるの? といいかけた。でも、確かに文法とか参考にするには、そっちの方がいい。グッと言葉を飲み込む。差し出した冊子を裏返せば、対象年齢が書いてあった。
(〇歳から、五歳児まで)
 まんま子ども扱いじゃないか。実際、子どもでもわかりやすい本の方が、文法とか色々と基礎的なのを見直せるという話だけれど。思わずムッとする。メイスが意気揚々と説明をしてきた。
「この辺りはどうだ? 大人でも結構楽しめるぞ?」
「おい。不機嫌そうな顔をしているぞ」
「確かに、そうだろうけど。でも、お金」
 と中身の問題もある。素直に受け取るのも癪だし、あっ。これ面白そう。
「まだ残ってるかな」
「あ? 残ってンだろ。わざわざ在庫切らすような真似もしねぇだろうし」
「個人でやってる店と違って、大手チェーンの系列だからな。その辺の管理はしっかりしているだろう」
(あるんだ。個人だとそういうの)
 その分、取り寄せとかでどうにかしている、とも聞いたことがある。「買ってみようかな。その分余ってるし」と呟いてしまう。するとゲーラとメイスが乗ってきた。
「いいんじゃねぇのか? チョコレートを買い込むより有意義だろう」
「別に子どもだけじゃないぞ? 絵本コーナーにいる大人もいる」
「だったら、二人も買えばいいのに」
「ピンと来るヤツが来ねぇ」
「同じく。なんだったら、スマホやタブレットでも読める」
「じゃぁ、紙の有用性って?」
「あ? 読めンだろ、一緒に」
「紙を捲る触感があった方が、人間思い出しやすい。画面をスライドしただけじゃ、思い出せんだろう?」
 いわれてみれば、確かに経験の少ない子どもだとわかりにくいのかもしれない。それと紙の方が電子の媒体より、ずっと手元に残る。データが飛ばないからだ。その分、湿気とか火の気に気を付けなきゃだけど。
「あと、紙の方が目に悪くねぇ。一石二鳥だな」
「そうなんだ」
「あとは思い出の品という名目もあるな」
「へぇ」
 とはいえ、子ども用のを渡したことに変わりはない。少しだけ根に持った。


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