人間目覚ましを遅くしてほしい

「そちらの隊にいる、ガロ・ティモスについて、一言不満を申し上げたい」
 ある日不満が爆発した。れすきゅーもーびるだとかぎあだとかいう機械や乗り物が向こうに見えるけど、ほぼ車庫と一体化したようでいて、それでいて休憩室に適した部屋で、この隊の隊長、イグニス隊長は、ポカンとした顔でコチラを見ていた。
「うちの、ガロかが?」
 コクコクと頷く。半信半疑のイグニス隊長の後ろから、同じくレスキュー隊員のレミーなんちゃらが現れた。レミー・ぷぎっくだっけ? なんか名前忘れた。
「おいおい、あの馬鹿がなにかしたのかよ。で、ウチになんのクレームで?」
「とにかく朝がメチャクチャ煩い」
 このクレームに、その場にいた全員が静まり返った。その中で、一番に口を開いたのが、この隊で機械の整備をしたり発明したりとする、発明家のルチア女史である。
「あぁ。あの馬鹿、ウチの隊で一番の早起きだからねぇ」
「ウム! 早起きなのは良いことだ!」
「そういうことじゃないだろ。まぁ、確かに最近はやけに早く起きて戻ってくるな、と思ったら」
「なにか、迷惑かけていたの?」
 アイナ女史に尋ねられ、コクコクと頷く。この隊で一番の力持ちであるバリス氏のいうことだが、なんかそれとはちょっと違う。私がいいたいのはそういうことじゃない。
「とにかく声が煩い」
「あら、目覚めのコケッコッコーってヤツ?」
 コクンと頷く。
「マジかよ……」
「それと『おはよう!』『おはよう!』いいながら各家を周るのもやめてほしい……」
「周ってたのか、アイツ……」
「まるで人力目覚まし時計だな!」
「しかも、ちゃっかり日の出と同時に始まる……!!」
「まぁ、ウチは仕事柄日の出が出る前に出動することがあるからね……」
「狙った時間に起きるなど、朝飯前よ!」
「やめろ……。こちとら前日まで働いてた身なんだぞ……」
「あぁ、そういえば。街の復興作業に元バーニッシュもいるって話だったか」
 パラパラとカルテを捲ったレミー氏がそういう。トントン、と指の背でカルテを叩くオマケ付きだ。
「そうですよ」
「おや、元バーニッシュでも敬語は使うのか」
「全員が全員そうとは限らないし。とにかく『おはよう』叫んでからボス……リオさんを引き摺るのもやめてほしい」
「えっ。あの馬鹿、リオを引き摺って戻っていたの!?」
「どちらかというと、早朝出勤……」
「あー、嫌なヤツは嫌なヤツだぁ」
「ボスが行くから私たちも行かなきゃいけない。でも私はまだ眠いしギリギリまで寝ていたい」
「出た、部下の愚痴!」
「幹部も大変だなぁ」
「別に幹部がどうこうの話ではなく、私たちはボスの人間性に惚れたのであって、決して立場的なもので服従したわけではない。ボスは凄いんだ」
「サラリと惚気みたいなのも入れないでくれる? まぁ、リオ・フォーティアがボスとして尊厳できる立場にあるということは理解できるとして」
「そんけい!」
「だからといって、ウチでどうこうできる問題でもない」
「えっ!?」
「そもそも、それはアイツが善意でやってることだ。うちの管轄内じゃない」
「そ、そんなぁ」
 ガロ青年属するレスキュー隊からの一言に、膝から落ちそうになる。
「それじゃぁ、ね、寝れない……。安眠が、ないじゃない……」
「っつか、別に昔みたいに奴隷労働させてるわけじゃないし、条件においては皆同じはずだと思うのよねぇ。どんな生活してるわけよ」
「……とりあえず」
 頭の回るルチア女史に、とりあえず質問されたことを答える。
「我々バーニッシュだった者は、まだ街の住人の一部から『お前らまた悪さをするんじゃないか?』っていう視線を受けています」
「うん、それはそうだな」
「散々街を焼いてくれたからな」
「そこはどうしようもないわね」
「なので街の住人との余計な衝突を避けるため、ボスと話し合って、ちょっと距離を取ったところに我々の仮住まいを立てているのです」
「あぁ、『バーニッシュテント』と呼ばれるアソコか」
「あそこね」
「確か、避難民がいるようなって感じのか?」
「そうです。っつか十分な建築材料も技術もそもそも追われてる身なんだから、悠長に家を建てる暇なんてなかったじゃない!! だから雨風凌げる場所を再利用して、個人のプライバシーも守れる布でカーテン方式で仕切ってたの!」
「凄い。今までバーニッシュたちの溜め込んだ不満を今、目の前にしているようだ」
「しかし炎を出さない分、まだ安全的だな」
「まぁねぇ」
「なので、まぁ、距離にすると市街地に近いわけですよ。ここが街の中心部に近いとしたら、我々の住まいは市街地」
「そうなるな」
「つまり、数キロメートルは離れている」
「そうね、確かにそうだわ」
 今まで話を黙って聞いてくれたアイナ女史も、うんうんと頷いてくれてる。
「つまり、元々この街の中心部で寝食して仕事の待機をしている人間が、わざわざ足で数キロメートルも歩いて朝っぱらから目覚ましやってるんです、って話です!」
「うんうん、正確に計算すれば、十キロは超えてるはずだよねぇ」
「あっ、あった。ここね」
「そこです」
 いつのまにか大型画面のあるゲーム機に移ったルチア女史の出した映像に、頷いた。マップだ。そこに、我々の仮住まいのテントの風景が映っている。
「最近では、その辺りの住人と上手くやって一緒に瓦礫撤去作業などをやったりしてますが」
「おっ、やったじゃないか。異文化交流だな」
「うむ、互いの垣根を乗り越えたな!」
「いい話じゃない」
「それもガロ青年が我々元バーニッシュだった人間を気遣ってくれたおかげということもありますが」
「あの馬鹿、あのとき『バーニッシュたちに降りかかる火の粉も自分が払う!』なんてことをいってたくらいだからねぇ」
「だからといって! 早朝一番のコケッコッコーは辛すぎる!! 私はまだお布団にいたい!」
「つまり」
 レミー氏がカチャリと眼鏡を掛け直す。
「もう少し、ガロ直行人間目覚まし時計の時間を、遅くしてくれと?」
「そういうことです」
「無理ね。『馬鹿は死んでも直らない』という言葉があるじゃない? そういうことよぉ」
「だからといって! ルチア博士の発明はとてもすごいと聞きました! それでどうにかできないんですか!?」
「……できるけど」
 おっ、煽てに食いついた!
「けど、あの馬鹿すぐ壊すからきらぁい」
「そんなぁ!」
「マトイギアは仕事柄壊れるとはいえ、そういうのはルチアの趣味じゃないもんねぇ」
「出た、マッドサイエンティストのこだわり」
「本人がやりたくないといった以上、仕方ないものは仕方がない!」
「そんな……。休みの日でも寝たいのに……。神はいった、人に八時間労働も一週間労働させてもダメだ。必ず休みを取らせるように、と」
「おいおい、聖書の引用かよ。全員が馬鹿だと思ったらそうでもないんだねぇ」
「ボスは違うやい!」
「あっ、自分の否定はしないんだ……」
「ともかく、ガロ青年の人間目覚まし時計が止められない以上、なんか、その。彼の休む日とかないんですか? せめてその日だけはグッスリと眠れたはずだから」
「目ぇ怖っ!」
「それだけ切羽詰まってるんだぁ……」
「残念ながら、ない」
「はぁ!?」
 散々人をおちょくるようなことをいった挙句に否定したレミー氏に、思わず怒りが爆発しそうになった。
 その後ろで、散々静観決め込んだイグニス隊長が「ゴホン」と咳払いをして話に乗り込む。
「そもそも、うちもレスキューモービルやギアを使っての復興作業に手がいっぱいなんだ。とても休む暇がない」
「じゃぁ、ガロ青年は? あの人、いつも毎朝早朝コケコッコーをするんですが?」
「ガロはここと、こことこことこことここに出動する予定だから、その空いた時間にわざわざしてるとしか思えない」
「ンアーッ!! とても短い睡眠時間! 私死んじゃう!!」
「卒倒するなよ!?」
「した!」
 バターンッと床に倒れてしまう。でも大丈夫! 受け身を反射的に取ったとはいえ、あんな、あんな円グラフの小さい時間でしか取れない睡眠時間って、ちょ、お前……。
「なんであんなに馬鹿正直にフルで動けるんだよ……」
「それな」
「馬鹿の体力は底なしというか」
「鍛えれば体力は付く!」
「って、それでも限度ってものがあるでしょーが!」
「だから、まぁ。本人がきちんと仕事を果たしている以上、こちらからはなにもいうことがない。というかできない。本人のプライバシーに関することだからな」
「そんなぁ……」
 遠のく安眠に涙が出ちゃう。
「いくら朝早く起きたとはいえ、ここでの情報から『もしかしたら勤務態度の如何でワンチャンそれ関連で注意をしてそこから人間目覚まし時計の時間が遅くなる。やった!』と思ったとはいえ、こんなに期待を裏切られるなんてぇ……」
「見かけによらず、馬鹿じゃないな。君」
「しかもセコイくらいに頭回るわねぇ」
「お前、本当に元バーニッシュだったのか?」
「ちくしょう、ちくしょう……」
「忙しい時分にすまない。ここに部下のななしが、あっ」
 ボスの声と連なる足音の数で、なんか色々と察した。
 私は床で仰向けになって両手で顔を隠したまま、ダミ声でボスに話した。
「申し訳ありません、ボス。ガロ・ティモスの人間目覚まし時計の時間を遅くすることに失敗しました」
「は? ガロの、人間目覚まし時計ぃ?」
「ボス、アレです。ほら、あの男が毎朝毎朝我々を起こしにくるという」
「アイツ、俺らの中で朝が弱ぇんですよ。ガチで」
「あ、そういうことだったのか……。お前、朝が弱かったのか……」
「はい……。できれば昼まで寝てたい超熟睡型です」
「本ッ当、全然起きねぇもんな、お前」
「あの男が耳元で叫んでようやく起きる程度だもんな」
「しかもそれで他のヤツらも起きる」
「おかげで耳が遠くなりそう……」
「まぁ、人に向き不向きがあるとはいえ。そんなに困るようなら、今度耳栓を買ってやろう」
「ボス!?」
「但し、精度は期待するなよ。僕はそれでも起こされたんだからな」
(あっ、ボス。もう試したんだ……)
 ボスからの慈悲に感謝すると同時に、それでも起こしたガロ青年の声量の恐ろしさに戦慄する。
「とりあえず、彼らも忙しいんだ。これ以上迷惑をかけるんじゃない」
「でも、ボスだって休みの日にはゆっくりと眠りたいじゃないですか……」
「それは全面的に同意する」
「っつか。そもそも、てめぇがシャキッと起きりゃぁいいだけの話じゃねぇか」
「確かに。俺たちだって眠いんだぞ」
「他人に強制するの、よくない」
「でもボスが起きるんだぞ」
「無理してでも起きる!」
「さっきといってることが違うぞ、お前……」
 ボスに呆れられたけど、どうでもいいもん!
「置いていかれるのはいやぁ……」
「じゃぁ帰ろうな」
「帰るぞ」
 メイスに脇に両手を入れられ、ゲーラに足を持ち上げられる。まるで救急看護者だ。
「急病人じゃないもん……」
「おめーがさっさと起き上がらねぇからだろ」
「この芋虫は我々が運びますので、どうぞボスはお構いなく。どうせあとで二本の足で立つので」
「そうか。じゃぁ、迷惑をかけたな。失礼する」
 そういって、ボスはレスキュー隊の休憩室から離れた。兼、私も連行される。
 部屋から出たところで、二人から降ろされる。そして自分の足で歩いた。
「ボス……。眠くないんですか?」
「とても眠い」
 ボスは前を向いて歩いたまま、ハッキリとそういった。


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