テレビ電話(メイス)

 どうやら、バンドの遠征先でお酒をたくさん飲んだのらしい。メイスの舌は、回ってなかった。顔も、いつもより上機嫌だ。画面を固定しようとする指の影が、縁となっている。「元気にしているか?」「何も起きていないか?」「無事ならそれでいい」などなど、心配事ばかりだ。「大丈夫だよ」「心配ないって」と返すけど「そうか?」と挑発してくる。あ、この顔。ゲーラと話しているときに、よくしてる顔だ。ゲーラ相手に。
「世の中には『フラグ回収』なる言葉があってだな? お前がいつも踏んでいるのは、その『フラグ』というヤツだ」
 なんか多分、なにかしらのユーモラスな言い回しを使っていることはわかる。多分、ゲーラ相手だとわかるような感じだ。私はわからない。ただ、メイスが私の状況を用いて、なにかをいわんとしていることがわかる。
「もし『フラグ回収』をしたくなかったら、詳細に話すことだな。この一級建築士が、判定をしてやるぞ?」
「そのグルグル回してるものって、なに?」
「フリスビーというものらしい」
「本当に?」
 どう見ても、極東の島国ジャパンの、指でクルクル回す手裏剣みたいにしか見えない。「それ、どうしたの?」と聞くと「もらった」といわれる。続けて、もらうに至った経緯も聞けた。
「今回のバンドメンバーが奇妙な連中の集まりでな。こう、変な物を集めるのが趣味らしい」
 そうメイスが説明すると、向こうから「変っつーじゃねぇ!」と叫ぶ声が聞こえる。それに、今回のバンドメンバーも笑ったのらしい。メイスも噴き出した。私も笑ってしまう。「シュッ」とメイスが口に出して、手裏剣を飛ばす。変なところに当たったのか「ヘタクソォ!」と電話越しに野次が飛んだ。それに中指を立ててメイスが「うるせぇよ!」と返す。冗談でのやり取りらしい。一通り終えると、こっちに向き直った。
「と、いうことだ」
「お酒、飲んでる?」
「多少はな。打ち上げだからな」
「もうベロベロじゃん」
 これは、迎えに行った方が良さそうだ。でも、私じゃちょっと抱えきれないかもしれない。主に後ろに載せるという意味で。絶対、メイスが寄り掛かりそうだし。(でも、こういう風に酔うのは珍しいかも)一緒に飲んでも、素面が多かったし。それとも、雰囲気で飲むタイプ? 私やゲーラだと、こういう風に飲めないから?
(でも、ゲーラだとこういう風に、飲めるような気が)
 いいや、ここまでにしておこう。話を変える。
「今、どの辺りにいるの? 迎えに行こうか?」
「ここは、あぁ。ゲーラのマイアミだと数時間で着けるか。いや、一時間か?」
 ヒック、とメイスからしゃっくりが出る。あぁ、ヤバい。これ、多分破目を外して飲んでいるのかもしれない。
「そんな、調子に乗って飲んじゃダメだよ」
「うん? 心配しているのか?」
「そりゃぁ、もう。財布だってスられやすくなるし」
「ハハッ! 安心しろ!! ジャックのヤツが既にスられた! おかげで、アイツだけは支払いから免れたって算段だ。よかったな」
 その一言に、電話の向こうから「よくねぇよ!」とツッコミが飛ぶ。向こうでも、仲良くしてるなぁ。こういうの、みんなと酒盛りをしているときにしか、見れなかったような気がする。
「なんだ、嫉妬しているのか?」
「あぁ、うん。まぁ」
 そう言い切ってしまって、ハッとする。『しっと』? なにに対してだ? バッと手で口を隠した私を前にして、ケラケラとメイスが笑う。わっ、初めて見る顔。ゲーラの口から、聞いたこともない。心の底から笑っている顔だった。
「なら、受けた甲斐もあったってモンだ」
「えっ」
「心配するな。すぐに帰る」
「でも、飲酒運転はダメでしょ? やっぱり、途中まででも迎えに」
「いや、いい。お前は家で待っていてくれ。なに、いざとなればゲーラを呼ぶさ」
「今呼ぼうか?」
「そうしてく、いや。俺がいう」
 いいんだ。通話を切る寸前で止める。さっきみたいにケラケラ笑うこともない。もうお酒が抜けきっていた。メイスの様子を見たのらしいメンバーが「はえぇよ」とボヤく。それにメイスが「うるせぇ」と返した。これも、いつもと同じ調子だ。
 見慣れたメイスが戻る。なんか、寂しい気持ちも少しある。ポカンとしていたら、画面越しにメイスが振り向いた。
「なぁ」
 ななし、とメイスが呼んでくる。それに反射的に「あ、うん」と答えた。
「愛してる」
「えっ、あ」
 ふわりと笑った口から出た言葉に、思わず戸惑ってしまった。『あいしてる』? 誰を? なにを? 冗談? わからないでいると、画面の向こうから野次が飛ぶ。メイスが振り向いて、また中指を立てた。あっ、また口が笑ってる。こっちに振り向くと、穏やかな顔をしていた。
(あ、起きたときによく見る顔)
「なぁ、信じられないと思うか?」
「あっ、うん」
「だったら、覚悟しておけ。帰ったら、嫌というほどわからせてやる」
 そういって、メイスがひどく悪い顔をした。あっ、これは悪いことを考えている顔だ。笑ってる顔からわかる。クッと喉の奥で笑ったし、本当、なにが起こるんだろう。「そっか」とだけ返す。すると、ストーンと調子が落ちたような声で「覚悟しておけよ」とメイスが告げてきた。訂正、地獄からの使者みたいな低い声だった。(水、用意した方がいいかも)酒に付き合わされるかもしれないし。画面の中で、メイスが「はぁ」と溜息を吐く。「早くお前を抱き締めて、キスもしたい」と韻も踏んできた。これ、まだ酔いが抜け切れてないな? よし、呼んでこよう。
 画面の中でメイスが私を呼ぶ。中継も携えながら、ゲーラを呼びに行った。早く、メイスを迎えに行かないと。叩き起こして、マイアミを要求した。用件を聞いたゲーラが頭を掻く。寝惚けた顔で「お前、乗れねぇだろ」と知らせる。無言でメイスを見せた。
「おーう」
「迎えにきてくれ。ゲーラ」
 なぜかゲーラに対してだけ、渋い声をしていた。


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