女性は月に一度は辛くなる

「あれ、アイツがいねぇぞ?」
 ななし不在の違和感に、ゲーラが気付いた。その不在を知るリオは、小さく肩を竦める。
「先に休ませたんだ」
「はい? どこも怪我をしたようには見えませんでしたが」
「寧ろピンピンとしてやしたぜ。そんなに疲れたようにも見えやせんでしたが……」
 ゲーラは辺りをキョロキョロと見回し、メイスは首を傾げる。そんな様子に、リオは溜息を吐いた。
「あのな、いくら僕たちがバーニッシュとはいえ、元は人間だぞ? 体の造りは他の人間と変わらない」
「はぁ」
「へぇ、そうなんですかぃ」
 鈍く痛む頭をリオは抑える。
「そうだ。だから、その、知っているだろう?」
「はぁ、なにをですか」
 まさかこの中で頭の切れる男ですら、この反応とは。呆れを通り越す。リオはジト目で、腹心の二人を見た。
「女性の日だよ。月に一度、とても体が辛くなることが起きるんだ」
「なにっ!? まさか、そのようなことがボスの身に……!?」
「違う! ななしの方だ!! そもそも僕は男だから、そのような仕組みなどない!」
「はぁ、仕組みですか」
「そうだよ」
 要領を得ないゲーラとメイスに、リオは続ける。
「そもそも。お前たち、どうやって赤ん坊が生まれるとかは知っているのか?」
「えぇ、そりゃぁ勿論」
「セッ」
「だから、その仕組みはわかっているのかって」
 ゲーラは無言で、丸と棒を作る。
「違う! オシベとメシベの話じゃないんだぞ。そもそも、猫や兎とは体の造りが違うんだ。不要になったら、体が捨てるために血を流すっていうんだ」
「はぁ、そうなんですか。物知りですね、ボス」
「そんなこと初めて聞きましたぜ、ボス!」
「そもそも物知りとかこんなこと常識のはず……いや、もういい。とにかくななしは体の具合が悪いんだ。そっとしてやれ」
「はぁ」
「普通に見えたんだがねぇ」
 なぁ、と尋ねるゲーラに、メイスは頷いて見せる。
 リオは頭を抱えた。
「とにかく、ななしは体の具合が悪んだ。そっとしてやれ、いいな?」
「えぇ、ボスが仰るのなら」
「大丈夫そうに見えたんだがなぁ」
「だから……。とりあえず、ななしの体調が回復したら作戦の内容は伝える。だからお前たちも休んでおけ」
「えっ、作戦会議では」
「今、少し頭が痛いんだ。暫くそっとしてくれ……」
「はぁ、わかりました」
「そういうなら待機してますぜ! ボスッ!!」
「いや、だから暫く一人にさせてくれ……。用があれば、僕の方から呼ぶ。ほら、解散」
 パンッとリオが手を叩いたことにより、本日の作戦会議は終了した。
 とはいえ、まだ眠る時間でもない。
 ゲーラは果たして本当にななしの体調が悪かったのか気になるし、メイスは会議もなしに一日を終わらせてもいいかと迷う。結果、メイスはこの付近で羽を休め、ゲーラは少し周りを歩いた。
 他の仲間たちも、炎を囲って暖を取ったり、木に寄りかかって寝たりしている。
 そんな中、そこから少し離れた場所で、ななしは休息を取っていた。
 逃走経路に使った道に、近い場所だ。
 木の影に寄りかかるななしに近付き、ゲーラは膝を折る。
(寝てるな)
 しかもグッスリと寝ているようである。体を丸め、急所を守っている。固い木の根にパーカーのフードを当て、そこを枕の代わりとしていた。
 ギュッとななしの足が胸に寄せられる。
(寒いのか?)
 バーニッシュの体温は、そうでない人間のものより高い。なにせ、体内で炎を燃やす人種なのだ。末端にかけて冷えが生じる部分などない。体の中心から腕の付け根に向かって、赤い熱が広がる人種なのだ。
 そうっとななしの頬に指を当てる。指の背で触ると、外気に触れた冷たさが伝わった。
「なに」
 ななしが起きる。
「会議、休んだだろ」
 口から出任せをいう。その言いがかりに、ななしは少し溜息を吐いてみせた。
「ボスからいわれたの。その、察せられたものだから。とりあえず、さっさと寝て回復に努める」
「どこか具合でも悪いのか」
「まぁ。寒かったり、お腹が痛かったり」
 珍しい。バーニッシュにしては珍しい症状である。
(風邪か?)
 直感的にそう思い、ゲーラは自分の上着を脱ぐ。それをななしの体に被せてみせた。
「なに」
 また尋ねる。
「いや、さみぃんなら温まった方がいいだろ。どっかから布でも持ってくるか?」
「いい。他の人が使ってるでしょ」
「でも体調が悪いんだろ」
 それに二の句が継げなくなる。ななしは苦い顔をしたあと、ゲーラの服を肩に寄せた。
「これでいい」
「確か、腹の具合が悪いんだったよな?」
「まぁ」
「じゃぁ、薬を」
「いい。体の冷えが、治ったら治まるから」
 そういって、さらに体を丸める。ゲーラはその言葉に、ポカンときた。
(冷え)
 ほぼ初めて聞くワードである。滅多に誰もが口にしない言葉である。
 基礎体温の高いバーニッシュ故に、馴染みのない単語であった。
(『冷え』っつーことは、つまり『氷』みたいなことか? んなら、その氷みたいなのを溶かせば、いいってことだよな……?)
 知らない単語に頭を働かせ、手から炎を出す。
 それを、ななしの腹に当てる。
「燃える」
「燃えねぇよ」
「服も燃えちゃう」
「燃やさねぇように気を付ける」
「気を付けるのかぁ」
 ゲーラの一言にななしはボヤく。チリチリと炎が揺らめく。ゲーラは衣服に燃え移らないよう気を付けていたが、木には移った。
 ボッと木の根にボヤが移る。「あっヤベ」とゲーラが気付く。その間にななしが掴んで消した。
 掌で炎が潰れる。木の根が少し焦げた一方で、ななしの腹は温まる。
 外部からの熱を広げるべく、ななしは膝を抱えた。さらに体を丸める。
(んっ?)
 木の根とななしの間に、隙間が出来た。
 無理をすれば入れそうである。
 ゲーラは少し考えたあと、そこに入り込んだ。
 後ろからななしを抱え込んだ。
「ちょっと」
「温まるには人肌が一番だろ」
「それはそうだけど」
「気にするんじゃねぇよ」
(気にするんだけどなぁ)
 腹に回された腕の温度にホッとするものの、流血は止まらない。力を入れても、体の不調には変わらないのだ。
 膝を擦り合わせて、そこから血が漏れないように気を付ける。だが、今ので隠した不調がバレる。
 ふと香った血の臭いに、ゲーラはビックリして起き上がった。
「はぁ!? 怪我してるのかよ!」
「は? な」
「先に言えや! さっさと手当てしねぇと」
 後に響くだろ、と怒鳴ろうとした口を塞がれる。手だ。
 顔を顰めたななしが、ゲーラの口を塞いでいた。
「うるさい」
 ギュッと皺の寄った眉間に、ゲーラの驚愕が波を引いたように消えていく。
「わ、わりぃ」
 そういうと、ななしの手が離れる。
 ななしはまた横になる。好意で借りたゲーラの上着の襟元を掴み、自身の体に密着させた。
「せーりなの、生理。女の子の日だから、ちょっと体から血が流れるの」
「せ、いり」
「そう」
 寝返りを打ち、ゲーラに背を見せる。
「そういう日は、ゆっくりするに限るの。世の女の子は皆そうだよ?」
(ゼンイン)
 ゲーラは思い返す。そうはいわれても、周りにいる女性は普段と変わらず過ごしていたように思える。ななしのようにグッタリとしている様子なんざ、見たこともない。
 その場に座り直す。ななしは目を閉じて、集中をした。
「少しだけ、今ので参考になったから」
 体内に燃える炎の勢いを強める。
「内側から熱くすれば、少しはマシになるってわかったから」
 だからもう大丈夫──。そう背中でいってみるが、離れる気配はない。
 ゲーラに顔を向けて、ななしはいう。
「向こういっても大丈夫だよ」
「だからといって放っておけねぇだろ」
 座り直し、ななしにいう。
「体、治ってねぇんだろ」
「まぁ。もう暫く、少しはかかるかな」
 うつらうつらと船を漕ぐ。燃焼する炎で体が温まったのだ。人は日向で寛いでいると、自然と眠くなる。それと同じ原理だ。
「でも支障はないから。ちゃんと活動はできる」
「でも温めた方がいいんだろ」
「まぁ、ないには越したことないけど」
 でもそれが、とななしがいう前にゲーラが横になる。そして先と同じように、ななしの腹に腕を回した。胃を圧迫する。
「じゃぁ、ないに越した方がいいだろ。ボスが呼ぶまで俺が温めてやる」
(おれがあたためてやる)
 どうも変に聞こえる言葉だ。しかし変に触る様子はない。
 ならばその厚意に甘えても、大丈夫だろう。ゲーラの圧迫を受けたまま、ななしは眠りに落ちた。
 そのまま寝続ける。
 ゲーラは寝心地を変え、自身の腕で枕を作る。
 暇を持て余したメイスが、ゲーラを呼んだ。
「おい、ゲーラ。ボスが呼んで」
 見つけた背中から覗き込んだ景色に、メイスは固まる。
 ゲーラは聞こえた声に顔を向け、「おう」とだけ答えた。
「いたぞ」
「おう」
 言いかけた言葉を紡いだメイスに、ゲーラは頷いて見せる。
 ななしを起こさないよう立ち上がると、上半身Tシャツのままリオの元へ向かった。


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