1st ANNIV.

 なんでか知らないけど、突然祝うことになった。「なんだって、また」「特になにもない日ですよ」「もしかして、カレンダーに載ってないことなの?」とそれぞれ尋ねるけど、ボスはなにも答えない。「とりあえず、なんでもない日を祝う日だ」といって、一人で出掛けてしまった。「絶対、ついてくるなよ」という警告も乗せて。──「僕が帰るまで、一通り祝う準備を終えてほしい」──そういわれたものだから、従うしかないけど。
「なんだって、また」
「そりゃ、こっちの台詞だ」
「ボスの思い付きは今に始まった──ことではないな」
 うん、と一人で頷く。メイスの言う通り、ボスは滅多に動かない。思い付きで、なんて。先に熟慮してから動く方である。あのトサカ頭の火消しの青年とは大違いである。(もし、なんらかの理由があるとしたら)いったい、なんだろう。それに『祝う』と聞いても、なにも思いつかない。イースター・エッグ? クリスマス? それとも新年を祝うとか? わからない。チラッと二人を見たら、準備を始めていた。
「七面鳥?」
「おう。豚でもいいんだが、ちぃっとな」
「一般的なものに合わせた方がいいだろう、ということだ」
「ふぅん」
 豚より七面鳥の丸焼きの方が高いと思うけど。なんか、違うのだろうか? 野菜や角切りした食パンを詰め込んだ七面鳥が、オーブンに入る。「中々豪勢だな」というメイスの横で「おう」とゲーラが舌なめずりをした。
「今回は自信作だぜ。ちぃっとアレンジを加えたしな」
「アレンジ?」
「そいつぁ、食ってからのお楽しみってモンだぜ。今いっちゃ、興醒めだろ」
「あぁ、ボスと一緒に楽しみにしておけ」
(どうせ、あるもので作っただけだと思うけど)
 いったい、なにを加えたんだろう。そう思いながら、七面鳥を焼くオーブンを眺める。
「んで、この間三〇分。一時間半くらい焼くっつーから」
「ザッと、砂時計の砂が落ちきる頃か」
「すごい。いつのまに買ったの? 砂の落ちる速度も遅いし」
「ん、この前だな。たまたま、買ったモンだ」
「中々、職人の手が込んでいるぞ。その間、溜まった焼き汁をかけるんだったか?」
「おう。それがすげぇ手間でよぉ。っつーことで、キッチンから離れられねぇ」
「つまり、俺かななししか自由に動けんと」
「そういうこった」
「ねぇ。なんの話? 飾り付けなら、ある程度終わったよ?」
「あー」
「なら、俺はそのチェック役か」
「え。どういうこと?」
「いや、よ。カオスだろ?」
「お前のことだ。色んな行事が混ざったものになっているだろうと思ってな」
 ぐっ、なにも返せない。確かに、直近ので組み合わせた感じはあるけど。「でも、村にいた頃のも参考にしたし」そう昔のことを持ち出せば、シンと二人が黙った。ゲーラが、フライパンを手にする。
「ん、そうだな。確かに、あるモンでなんとかしてたな」
「あぁ、懐かしい。手作業で、こう。なんとかしたりな」
「あの頃は炎を扱えたから、楽だったな」
「でも、できねぇだろ。今となっちまってはよ。ななし、卵を取ってくれ」
「ん」
「なにを作るつもりだ? ゲーラ」
「パンケーキだよ。こういう日にゃ、ケーキって決まってんだろ?」
「あぁ」
「パンケーキ? 甘い方? 野菜の入ってる方?」
「甘い方だな。ついでに、砂糖もたっぷりと入れておくことにするかね」
「やった」
「なら、俺は生クリームでも泡立てるか」
「じゃぁ、私フルーツを買ってくるよ。新鮮な方がいいと思うし。ちょっと行ってくる」
「あっ、待ちやがれ!!」
「おい、ななし!?」
 驚き慌てる声に振り向けば、二人がキッチンから顔を出す。「大丈夫だって! すぐに帰る!!」なにも遠くに出るわけじゃないのだ。サッと行って、早く帰るだけ。靴を履き替えて、財布をポケットに入れる。出ようとしたら、ボスが帰ってきた。後ろにガロ・ティモス。
「あっ」
「どうした? ななし、どこか出かける予定か?」
「あー、やっぱり。俺、お邪魔虫じゃねぇか?」
「なにをいうんだ。荷物持ちとしての謝礼は、晩飯だっていっただろう?」
「それはそうだけどよぉ。なんつーか、ファミリーで祝う感じじゃね?」
「安心しろ。そこまで狭い心の持ち主じゃないさ。ところで、ななし」
 ガロに向いたボスの目が、こっちに戻る。
「どこか、出かける予定だったのか?」
「いや、ちょうどそこに。ほしかったものが」
 ありまして、と二人の手元を指せば、キョトンとされた。理由を説明する。今、甘い方のパンケーキを作ってること、生クリームを作っていること、そしてそれらを際立たせるために新鮮なフルーツがいること。これら不足している分を補おうとしたとき、ちょうどボスたちが帰ってきて、条件が満たされたこと。
 買い物袋から見えるリンゴを指すと、クッとボスが笑う。
「そうか。チョコレートフォンデュやチーズフォンデュに使うつもりだったんだがな」
「あっ、なら私、買ってきます。どうぞ先に」
「いや、いい。必要なら使おう。それに、果物ばかりだと飽きてしまうしな」
「ボス。でも、チーズフォンデュは」
「別のものでもできる。肉でもパンでもな」
「なるほど」
「うおっ、意外と腹持ちが良さそうな料理が出てきそうな予感がするぜ」
「当たりだな。なにせ、ゲーラとメイスが今作っているんだ! お前の想像より良いものができあがるぞ?」
「へぇ」
「なんだ、その気のない返事は」
「いや、想像できなくてよ」
「食べてみたらわかるよ。その」
「あぁ、わかってる」
 汲んでくれたボスが、袋を渡してくる。紙袋の中を確認すると、予想通り。新鮮なフルーツがある。「ありがとうございます」とだけ伝えて、キッチンへ戻った。ゲーラとメイスは相変わらず、料理をしている。
「あったよ! 今、ボスが帰ってきて、ちょうどいいところに」
「おう! 全部聞こえてらぁ!!」
「ちょうどいい。そこでカットしてくれ」
「あ、うん」
 最後までいわせてくれない。大人しく二人の間に入って、カッティングボードの前に立つ。シンクの前でボウルを抱えながらメイスは泡を立てるし、ゲーラはコンロの前で生地を混ぜている。「ねぇ、別のところで切ろうか?」と包丁を持ち出そうとしたら「断る」と同時にきた。
「危ねぇだろ。手元が狂うとよ」
「それに、果汁が飛ぶこともある。キッチンの方が楽だぞ?」
「うっ、それもそうか。でも、やり辛くない?」
「平気だ」
 また異口同音。有無をいわさない感じなので、大人しく入った。
 ボスから受け取った袋から、フルーツを出す。皮を剥いて、一口で食べれるサイズに切る。(あ、カフェとかで見かける、あんな感じでいいかも)少し予定を変えて、見映えを良くする。黙々と進めてたら、ゲーラがフライパンを置いた。コンロに火を付ける。あっ、こっちのスペースも開けなきゃ。(どうしよう)どこに置けば、と考えているとメイスが泡立て器を置く。どうやら、角が立ったようだ。ボウルの中に、美味しそうな生クリームがある。
「まだだぞ。あぁ、こっちにズレればいい。多少はマシになるだろ」
「うん」
「あー、メイス」
「ほら」
「ん、わりぃ」
「皿も出そうか?」
「頼んだぜ」
 一言だけ交わして、サッサっと準備をする。五人に増えたから、皿は五枚。でも並べる分はないから、一枚ずつ乗せることで。「ななし、もうすぐだぞ」その声で時計を見れば、砂がもう少なくなっていた。
「ゲーラ、七面鳥。焼き汁をかけるとかで」
「おっ、ヤベェ。頼めるか? ななし」
「ん」
「なら、俺はカットしたフルーツを一旦片付けておこう。いいな?」
「ん、あっ。つまみ食いは」
「するはずないだろ」
「お、おう」
 あ、なんでゲーラだけ弱気になったんだろう。少しどもった音を聞いて思った。
 場所を交換する。私はパンケーキを焼いて、ゲーラが七面鳥。メイスが準備したものを片付ける。三人でキッチンを回していると、リビングから声が聞こえた。
「はー、すげぇ息ピッタリだな」
「だろう? 二人でもすごいが、三人でもあんな感じだ」
 いったい、なんの話をしているんだろう? 向こうは向こうで準備をしている様子を聞きながら、そう思った。


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