村に現れた猫(ねこと戯れるリオ)

 迫害の民にとって、隠れ里での日々は理想郷に等しい。襲撃もなく目覚める朝に、リオは胸を撫で下ろす。ふと、数匹の猫の姿を見つけた。
「珍しいな、どこかで紛れ込んだのか?」
 フリーズフォースの戦車から廃墟の戦利品まで。猫が潜んでいそうな場所や物は、思い付くだけある。チチチ、とリオは小さく舌を打つ。その呼びかけに、赤い猫が恐る恐る顔を出した。
「フッ、怖がらなくてもいい。なにも取って食おうとするわけじゃない。あぁ、そうだ」
(そういえば、ななしから渡されたものがあったな)
 肉を燻製して保存食にしたものらしい。塩の味付けもしていないので、猫にも食べられるはずだ。それを小さく切り、手の平に乗せる。リオの指に乗ったものが気になるのか、赤い猫はスンスンと鼻を鳴らした。
「毒は入ってないさ、ほら」
 トンと地面に置けば、ビクッと猫が跳ねる。ピュウっと他の猫のいる物影に隠れてしまった。暗闇から金色や緑色に光る目が、六つ。どうやら三匹ほどいるのらしい。警戒心を高めてしまったことに、リオは笑みを零した。
「悪い、驚かせてしまったか。ほら、ここにお前たちの分を置いておくぞ? 後で食べるといい」
 もしかしたら、もう一匹いるのかもしれない。リオは燻製した肉を五つに分けて、地面に置いた。肉はご馳走である。その場を少し離れて、隠れた猫たちの様子を見た。
 出てこない。ジッとリオの様子を見ている。
 欠伸をする。ボーッとしていたら、赤い猫が物影から出てきた。恐る恐る、抜き足差し足である。その後ろを、青っぽいロシアンブルーの猫がいた。さらに黒猫が一匹、後ろに続く。
(なんか、ななしに似ているな。動き方というか)
 それをいえば、赤い猫と青っぽいロシアンブルーの猫もである。大胆な方はゲーラに似ており、慎重な方はメイスに似ている。
(まさかな)
 ──バーニッシュの力が暴走して、猫にでもなったわけでもあるまい──。というか、もしそうなら自分へ助けを求めているのではないか? 少年リオは、一人で考える。そんな思案する少年を他所に、猫たちは呑気に与えられた肉を食べていた。人馴れをしているのか、それとも飼われたこともあるのか。黒猫は「んにゃっ」と食べ終えたあとに鳴いた。
「フフッ」
 バーニッシュと人が共存する里で、他の生物が共存する。まるで一つの街に近付いたみたいだ。これで小鳥もくれば、他の街と変わらない営みもできるであろう。
「鶏は食べないでくれよ。特にななしが怒る。譲ってくれるまで大変だったみたいだからな。それに、繁殖も大変だったのらしい」
「ンニャ?」
「ミャッ」
 聞き返した黒猫と違い、赤い猫は毛繕いを始める。ロシアンブルーの方は、既に身嗜みと整えていた。舐めた手で顔を洗う。
「ゲーラとメイスにも、なるべく近付かない方がいいのかもしれない。アイツら、たまに煙草臭いからな」
 お節介で送るリオの助言を、三匹の猫は聞き流す。黒猫は肉のあった床を舐め、赤い猫は黒猫の背中を舐めた。毛繕いだ。続いてロシアンブルーが、黒猫の首を噛む。
「世話をしているのか? ソイツはもう、お前たちと同じ大きさをしているのに」
 だが人間の言葉を猫はわからぬ。大きな生物がいるのを気にせず、三匹の猫は思い思いのままに寛いだ。黒猫が残った肉を咥える。ロシアンブルーも同じことをして、赤い猫だけがバッと走り出した。それに残る二匹が続く。
(どこかに住み家があるのか?)
 そうリオが思った瞬間、後ろから物音が聞こえる。同時に、聞こえた足音で猫たちが一斉に逃げ出した。
「あっ」
 黒猫が肉を落とす。ピュウっと物影に隠れてしまった猫に、リオはやるせない思いを抱いた。
「あ、リオいた。こんなところにいたんだ」
「探しましたぜ、リーダー。今日の予定を立てましょうや」
「人が増えてきましたからね、色々と入り用でしょう」
 ななしとゲーラ、メイスのそれぞれが出てくる。どうやら自分を探していたのらしい。猫ではない三人を見る。なんともいいがたい顔をするリオに、三人は首を傾げた。
「いや、なんでもない。気にしないでくれ。そうか、今行く」
「へい」
「はい」
「じゃぁ、必要なのを呼んでおきますね」
 そういって、先に会議室──といっても、壊れたソファと古ぼけたテーブルを並べただけのものだが──へ戻って行った。
 リオは後ろを見る。取り残された肉は依然、そのままだ。恐らく、高架の隙間から鳥がやってくるかもしれないだろうし、それを先の猫たちが捕らえるのかもしれない。どちらにせよ、このままにした方がいい。
 そう決めて、リオは一人、会議室へ遅れて戻った。


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