やけに冗長(ゲーラ)

「ゲーラさん。こんなところでなにしているんですか」
 ──Mr. Gueira.──そこから続く長文に、ゲーラは重い瞼を上げた。声の主は明らかにななしである。しかし発音は変わらないものの、口調が違う。やけに長々しく、小難しい言葉も使った。その変化が気にかかって目を覚ませば、これだ。ななし自体に変化はない。ただ口調だけが「ゲーラさん」とやけに偉ぶった口調で話し出すだけだ。
「ゲーラさん、ってば?」
「どこで覚えてきたんだ、んな利き方」
「うわっ」
 軽く引っ張られたことにより、ななしの体勢が崩れる。咄嗟に背凭れを掴むと、寝転がるゲーラと距離が縮まった。相変わらず、顔の向きは変わらない。
「どこって、覚えたばかりの言葉」
「どこでだよ、どこで」
「ミステリー小説とか、映画」
「あー」
 そのジャンルに思い当たるのか、ゲーラは呻く。──確かにあのジャンルだと、シャーロック・ホームズのような言い回しも出やすい──。ふぅ、と重い溜息を漏らす。
「ちょっと聞いていいか」
「なに?」
「お前、さっきの調子で他のこともいえんのか?」
「ほかのこと」
「他の言い回しってこった」
 そう付け足すと、サッとななしの血の気が引く。どうやら想像していなかったのらしい。じわりと浮かび上がる脂汗を見ながら、ゲーラはいう。
「同じように言い返されたら、ボッコボコになるぞ」
「うそ」
「じゃねぇよ。ったく、メイスじゃねぇんだからよ。そう喧嘩を売るような口調をすんじゃねぇよ」
「いたっ、いた」
 諫めるようにななしの頬を軽く抓る。性差の力量差があるのか、軽いゲーラの力はななしに痛みを伝えた。パッと離すと、涙目のななしが赤くなった頬を擦る。
「わりぃ」
「謝るなら気を付けて」
「おう」
「でも、そこまで大変なの? その言い方」
「おう。俺んとこじゃ、大抵嫌味なヤツが多かったからなぁ」
「なにそれ」
「そこからくっどい言い回しで嫌味が始まるってことだよ」
「いやみ」
「メイスの説教よりもすげぇくどくていやらしいってことだよ」
「いやらしい」
 その単語には思い当たることがないのか、ななしは難しい顔をした。それを仰向けのまま、ゲーラは眺める。休めた手を動かして、ななしの耳を撫でた。
「不愉快だってこった」
「ふゆかい。それは嫌」
「だろ?」
 ななしの耳の裏を撫でながら、同意を送る。ななしが唇を尖らすものだから、ゲーラも自然と尖らす。「だから他でいうと、どえらい目に遭うぞぉ」と軽く脅せば「うっ」とななしは顔を青ざめた。
「知っててよかったかも」
「だろ?」
「でも」
 ゲーラに耳やその溝を撫でられながら、ななしは目を伏せる。
「どうしてここで寝てたの? 別にリビングで寝てなくても良かったのに」
「どこで寝るかは俺の勝手だろ。昼寝だよ、昼寝」
 ふあーぁ、と大きく欠伸をする。ゲーラの口の中を覗けば、ポテトチップスの残骸が残っていた。
「ポテチ」
「味ならまだ残ってるぜ。口の中によ」
 グッとななしの頭を引き寄せる。スナックを惜しむ声に舌を伸ばし、薄まった味を伝える。それにななしはくぐもった声を出した。
「う、あ」
 一通り味を伝え終えると、ゲーラの舌が離れる。「ぷはっ」と漏らした声に、ななしは恨みがましそうな目を送るのであった。


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