ハーシーキスチョコ

 あれから一年が過ぎようとしている。カラッと夏の乾いた空気はなく、冬の冷たい乾燥した空気だけがある。プロメアがいなくなって、バーニッシュが力を得る前の一般社会へ戻ることができた。でも。
(洗濯を、共有で使うなんて)
 私がいた国では、考えられなかったことだ。しかも共有ランドリーで住民と共有して使う。それと洗濯洗剤や柔軟は自分で持ってくること。知らなかったことばかりだ。隣にいる二人は知ってたそうだけど。
「わざわざたけぇヤツを選ぶ必要もなかったじゃねぇか」
 とゲーラが腕を少し上げていう。ついでに買った物を入れた紙袋も、軽く上下に動いた。
「うーん、質の良い物を選んだら結果、そうなってしまっただけだからな。今回ばかりは仕方がない」
「『仕方がない』ってなんだよ」
 要領を得ない言い方をするメイスに、ゲーラが唇を尖らせる。そういえば、物に不自由しなくなった分、こう、好みの差も出てきたな。今回ばかりは違うようだけど。
「リオの服からも良い匂いがしたら、いいだろう?」
「まぁ、それはそうだけどよ。でも、だからといってたけぇモンを選ぶ必要はねぇだろ。なぁ。ななし?」
「え」
「無香料の方が一番だと思うがな。そうは思わないか?」
「え。メイスまでなに? まぁ、室内干しの生乾きの臭いを防げたら、なんでも」
 無香料の方が好きだけど。そう答えたら、二人が眉を顰めた。首も傾げている。え、なんで?
「は? 干さねぇぞ」
「えっ」
「乾燥機に入れて出すだけだからな。シートを入れれば一発だ」
「え」
『シート』? どういうこと?
「シーツのこと?」
「ちげぇよ。ほら、あの乾燥機にブチ込む。って、まさかお前。知らねぇのか?」
「うん」
「『ドライシート』だぞ? 一緒に選んだだろうが」
「覚えてないのか?」
 そう二人掛かりで聞かれても。困ってたら、ガサゴソとメイスが袋を漁り出した。「ほら、これだぞ」といって見せる。それに『どらいしーと』やらが入ってるのだろうか?
「えっと、どんなの?」
「あぁ? あーっと、お日様の匂いがするヤツだよ」
「そんな、急に子どもに語るような口調にならなくても」
「知らない単語を出されたらフリーズするからだろう。お前が」
「うっ」
 メイスまで。確かに、ちょっと解読に時間はかかったけど。今。そう思いながら、『お日様の匂い』で思い出す。確かに、二人はなにか箱とか箱の形に近い袋を手にして、話してたような気がする。
「えっ!? じゃぁ、これは?」
 驚いてゲーラの紙袋を探す。ゲーラが驚いているようだが、今はそれどころじゃない。あの、青いボトルがあるはずだ。あのお馴染みの形が。
「おいおい。こんなところで出すんじゃねぇよ!」
「それは仕上げ剤の方だ」
「えっ。じゃぁ、さっきのシートの方は?」
「本命」
 そうなんだ、え、どういうことなの? ちょっと頭が追い付かない。そうだ、あとで『柔軟剤』の意味を調べてみよう。それ、確か衣類を柔らかくするような感じってしか覚えてないけど。
 マフラーに口を突っ込みながら、ブツブツと頭の中をひっくり返す。考えてたら、ゲーラが私の紙袋に手を突っ込んだ。
「あ、ちょっと」
「お、あった」
「えっ、なにが?」
 問い返す間もなく、ゲーラの手が紙袋から出てくる。握ってあったのは、チョコレートを詰めた袋だ。小振りで、一口サイズのチョコレートが入ってる。その封を破ると、ゲーラはチョコの一つを取り出した。残りをダッフルコートのポケットに入れ、取ったチョコの封を開ける。
「ほら、口開けろ」
 あ、といわれた通りに口を開ければとても甘い。ん、とミルクと砂糖とチョコの甘さが口に広がった。思わず鼻の下までマフラーで隠す。隣で、メイスがタートルネックの首を顎の下まで伸ばしていた。
「先に食わすのか」
 ボソッと呟いたのが、なにを意味しているのかはわからない。視線を逸らすメイスの顔から、ゲーラのポケットを見る。袋が小振りだからか、ポケットは膨らんでない。もう一個くれ、とねだろうとしたら「ダメだぜ」ときた。
「続きは帰ってからだぜ」
「ちぇっ」
「他のものを口にするんじゃないぞ、ななし。よぉく、自分が食べたものを考えてみるんだな」
 そしてまさかのメイスからの謎解きである。それに、少し考えてみる。でもいくら頭を回してみても、結局チョコはチョコなのであった。


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