ダラスに乗って真夜中コンビニに行く

「うわ」
 寝る前のホットミルクを作ろうとしたら、牛乳が切れた。またである。
(前にもいったはずなのに)
 それとも、私が買い忘れただけ? 最後に使った日にちを思い出そうとしたら、頭が痛む。グッと眉間を押さえると、手を下ろされる。横を見ると、寝惚けたメイスがいた。寝てたんじゃなかったのか。
「あ、起きたの」
 と聞くよりも前に、メイスが皺の寄った眉間にキスを落とした。寝惚けてるんじゃないのだろうか? そのまま見ていると、メイスの腰がまた曲がる。のそっと、眠そうなメイスの顔が前にきた。
「寝惚けている?」
「いねぇよ」
 あ、かなり不機嫌。低くしわがれた声を出すメイスにそう思った。しかもヤニが切れて禁断症状が出たみたいに、著しく機嫌が悪い。といっても、煙草が切れて苛々しているところは、そうと見たことがないけど。そう思いながら、コップを出すメイスを見る。
(もしかして)
 低血圧で寝起きが悪いとかだろうか? そう思いながら、少し悪かったな、と思う。
「もう少し寝てればよかったのに」
「は?」
「眠くないの?」
 暗に「ベッドに戻れば?」と聞くと、メイスの眉間が歪む。ギュッと、想像以上に機嫌が悪くなった。ジッと、コップを見ている。というか、コップとシンクの間を睨んでいる。
「お前が、勝手にフラフラとどこかへ行くからだろうが」
「人のせい?」
「手元にないと、落ち着かんってことだ。眠れん」
「そう」
 と返してしまったが、どういうことだろうか? 聞き返したいけど、返せない。本人の意識がもう別に行っている。メイスは背を向けると、冷蔵庫を開いた。そして中のものを見ると「チッ」と舌打ちをした。
「水がねぇじゃねぇか」
「あ、明日買いに行こうと思ってたの。ちょうど切れたから」
「そうか」
 ギュッとメイスの眉間は変わらない。そのまま難しい顔で自分のコップを見ていたら、突然私を見た。
「お前は」
「え?」
「なにを作ろうとしていたんだ?」
 見てわからないのだろうか。そう思ったけど、メイスは今寝惚けている。それも眠気に犯されてるといっても過言ではない。調理台に置いた牛乳パックを見る。
「ミルク。温めようと思ったら、なかった」
「ほう」
「それを今から買いに行こうとしたら、ちょうどメイスが出てきて」
「ほう。じゃぁ、一緒に出掛けるか」
「えっ」
 突然だな。話がチグハグなメイスに驚くと、腕を掴まれる。そのままメイスの部屋に連れ込まれて、テキパキと服装を整えられる。ベッドに入った部屋着の上に男物のダウンジャケットを羽織らされ、グルグルと大判のマフラーを巻かれる。メイスの匂いがした。そのまま自分はカーディガンと厚手のチェスターコートを着込み、準備を整えた。
「寒くない?」
「巻くんだよ」
 まだ寝起きだからか、声はまだガラガラだ。それから普通のマフラーを首に巻くと、キーケースをポケットに入れた。それからバイクの鍵を入れる。
(私も、持ってきた方がいいかな)
 そう思ってると、手首を掴まれる。そのまま問答無用で外に連れていかれて、バイクに乗せられる。ポンッとヘルメットを被せられた。
「大丈夫なのに」
「念には念だ」
「メイスはしないのに」
「事故らねぇよ」
 チグハグだ。そう思いながら、エンジンのかかるダラスを見る。発進しそう。とりあえずメイスの体に掴まる。
(えっ、どうすればいいんだっけ。どこを掴めば)
 覚えてる限り、バーニッシュサイクルの後ろに立った覚えしかない。しかもかなり特殊な状況だ。困惑してたら、メイスが振り向く。
「抱き着かんのか」
「え」
「抱き着かねぇのか。安定するぞ」
「え、でも」
 安定するとのことで、とりあえず抱き着く。けれども安定するのだろうか?
「動きにくく、ない?」
「安全運転を心掛けるから問題ない」
(やっぱり)
 さっきとチグハグだ。そう思いながら、発進するバイクの衝動をお尻に受ける。安全運転、法的速度を守るならば、別にノーヘルでも構わないと思う。それにメイスの背は高いので、見えるのもメイスの髪と背中だけだ。他は、ヘルメットに視界を遮られて見えない。どの辺りを走っているのかは、メイスの髪の隙間越しに見るしかできない。それに話しかけても、声は上手く届かない。
「ねぇ」
「あ?」
「どこ行くの?」
 聞こえたかと思ったら、赤信号が青に変わる。
「コンビニ」
 端的にそうメイスが返す声が聞こえた。またヘルメットで視界が遮られる。暇を潰せないので、バイクの衝動を楽しむ。オフロードバイクであるのだから、ダラスは速い。けれども安全運転を心掛けているからか、いつもより衝動は少ないように感じる。ギュッとメイスの腰にしがみ付く力を入れたら、ドッとヘルメットが揺れた。
(なんだ、これ?)
 そう不思議に思って顔を上げると、見えない。ヘルメットの内部が見えるだけだ。プランプランと足を遊ばせて、信号機で停まること二回。ようやくコンビニに着いた。強盗が入ってる気配もない。ダラスを目に留まるところに置くと、メイスがいう。
「先に降りてくれ」
「ん」
 それに従い、バイクから地面に足を着ける。浮遊感がすごい。グラグラと揺れるのを感じながら、ヘルメットを外した。それをメイスに渡す。ヘルメットはハンドルに垂れた。
「盗まれないかな」
「そこまで治安悪いところじゃないから大丈夫だろ」
「そっか」
 は、ハックシュ。とクシャミが出る。急に籠った空気から外の空気に触れたものだから寒い。メイスがトントンと肩を叩いてくる。
「さっさと入るぞ」
「ん」
 頷いて、店に入った。カウンターで寝てるのか、店員が起き上がらない。万引きでもできそうだ。監視カメラがあるからできないけど。煙草を探すけど、メイスは止まらない。煙草止めたんだろうか? そう思いながら彼の後ろを歩くと、チルドの前で止まる。扉を開け、ミネラルウォーター二リットル分を出す。
(あ、本当に飲む気しかないんだ)
 そう思いながら、私も食品コーナーに移る。どの牛乳にしようかと睨めっこしていたら、後ろからメイスが近付いた。無言で大容量のミルクを取られる。
「そんなに飲めないよ」
「お得だろ」
「容量的に見れば、他で買った方が」
 振り向いて反論したら、そのまま顎を上げられてキスをされる。あ、これカメラに映ってそう。けど死角だから映ってなさそう。どっちだ。そう思ってたら、メイスが離れる。ちゅぱっと音がして、反論が封じられる。
「それ、卑怯だと思う」
「そうか」
 そういってミネラルウォーターと牛乳を手に取ってレジに向かう。自覚あるなら直してほしい。
「あとで買うよ。明日にでも」
「ガソリン代を考えろ。そいつを入れりゃぁ、トントンだろ」
「それはそうだけどさぁ」
 でも心持ち、懐が、痛い。そう言い切るよりも前に、メイスが商品をカウンターに置いた。トンと音がする。店員は起きない。
「おい」
 メイスが声をかけても、全然起きない。
「あの」
 私が声をかけると、ようやく起き出した。いったいどういう神経をしているんだろう。
「んにゃふぅ」
「会計、いくらになる?」
 ドンッとメイスがミネラルウォーターをカウンターに置き直した。かなり不機嫌そうである。男の気の抜けた声を聞いたせいであろうか? わからない。片腕で後ろに下げられたまま、メイスの背中を見る。というか、顔を出そうとした時点で片手でガードされる。肘、顔に当たりそうなの勘弁してほしい。そう思って背中で大人しくしてると、会計が終わったようだ。紙袋をメイスが持つ。そのまま肩を抱いて脇に挟み込んできた。メイスのマフラーとコートの間に挟まれる。店を出ると、紙袋を持たされた。ダラスは無事なようである。メイスがダラスに跨って、エンジンをかける。
「あの」
 無言で準備をするメイスに、声をかける。
「その、よくわからないけどさ。別に、あんな態度をしなくてもよかったんじゃないかな」
 よくわからないけど。どう対応したのかもされたのかも。けど、高圧的なのはどうかと思う。そう苦言を零したら、メイスは難しそうな顔をしたまま答えた。
「お前の声で起きたのが、気に食わなかった」
「それって、やっぱり寝惚けてる?」
 そうとわからないことを言い出すとは。そう思ってメイスを見たら、ギッと睨み返された。思えば、寝起きのメイスと二人きりのときって、よくこんな顔を見ると思う。
 サッと腕を伸ばされたので、捕まる前に自分から歩み寄る。メイスの目と鼻の先に立ったら、ガッと腕を掴まれた。
「帰ったら抱くからな」
「え」
 メイスに二の句をいう暇もなく、バイクに乗せられる。そしてヘルメットを被せられた。紙袋も持たされる。そのまま牛乳パックとミネラルウォーターを挟む形で腰に抱き着かせたら、メイスが走り出した。ダラスの衝動が伝わる。
(ちょっと、人のいうことって)
 聞かないのだろうか。そう思うものの、疾走するダラスの中では聞けないのであった。


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