山羊のホットミルク

 ホットミルクが飲みたい。コトコトに煮込んで、ハチミツを入れて温めたヤツ。そう零すと、ゲーラとメイスの驚いた目が突き刺さった。
 パチリと炎が弾ける。
「なに」
「いや」
「初めて聞いたぞ」
「いきなりすぎて驚いたな」
「えっ。そりゃぁ」
 いっても意味ないものだし、いうなら全体の調和を乱さず集団の利益になる方がいいでしょ? そういったら、ゲーラとメイスの二人から首を振られた。
「んなわけねぇだろ」
「俺たちは腐ってもバーニッシュだが、多少の娯楽、いや。息抜きぐらいは必要だろう。お前は知らないだろうが、ひっそりと息抜きもしているんだぞ」
「それで煙草?」
「酒がありゃぁ、ソイツを飲むヤツもいる。お前もそういう感じなんだろ?」
「まだそうと決まったわけじゃ」
 それにしても煙草の匂いがすごい。これ、すぐに居場所割れそう。ここに滞在した時間帯から、逃走範囲を割り出されて。
「メイス。それ、結構凄そう。吸うなら出先で吸った方がいいよ」
「そりゃどうも」
「で、ななしはホットミルクが飲みてぇ。それも、ハチミツを入れてコトコトと煮込んだヤツがな」
「ゲーラ。そう人のいったことを繰り返さないで。恥ずかしくなるから」
「恥ずかしくはないだろ」
「ま、探す段取りは付いている。俺たちに任すことだな」
「はぁ」
 そうなの、と。その場ではそう流したわけだけど。
 夜の帳に消えた煙草の煙は、微かな匂いを残しているし、焚き火の痕を消しても無理そうだ。同じバーニッシュの炎でも、匂いの痕跡でわかってしまう。そう思いながら、今夜の野営地でもある拠点から離れる。ゲーラやメイスたちは調達と兼用した下見に行ったし、私はといえば別行動だ。
(鍋も買えば、いや、そういえば自分でできるや)
 こう、上手いことできると、うん。ちょっとしたコツを思い出しながら、プロメポリスの最北まで走る。くれいしせいかんとやらがこの街を作ったらしいが、残念なことにこういうのを好む輩がいるのだ。弾んだチップを手のひらで転がし、賭け金のドル札をポケットに突っ込む。今回のボーナスは両手を使わないことなので、足技で対処する。このときに注意するのが、手に入れたお金を空中にばらまかないことだ。
 違法なストリートギャングで儲けたら、同じ地区にあるディスカウンストアで必要なものを買う。探すだけでは手に入らないものもあるのだ。
(まぁ、バレたら全員からお縄にされそうだけど)
 この地区の住人は、結構がめつい。必要以上に情を移しては、警察や軍が入ったときに一大事になる。まだ整備されていない地区であるからこそ、こういう無茶ができるのだけれど。
 自分のバーニッシュサイクルに買ったものを乗せると、野営地に戻った。なんか、遠くから山羊の唸る声が聞こえる。群れでもいるのかな? 今夜のお肉にできそう。
 と思って山羊のいる方へ走ったら、全員で山羊の包囲網を作るメイスの姿があった。
「あぁ、ななしか。心配するな、すぐに終わる」
「いや、たまたま来たのであって。えっと、全員分の食事に、なるかな?」
「それは向こうの出方次第だな。雌であればいいんだが、とりあえずお前は戻れ」
 助けなど要らん、と遠回しに断られたので、素直に野営地に戻る。山羊の群れじゃ、なかったな。群れから離れたのかな? そう山羊の境遇について思いを馳せていると、一件の寂れたスーパーに出会った。人はいない。ハイウェイのほとりに作って、ドライバーから稼いでいたのだろう。
 人気もないのでちょっと覗いてみたら、数人で無人のスーパーを漁るゲーラの姿があった。
「なにしてんの?」
「どわっ!? って、お、お前かよ。驚かすんじゃねぇ」
「そんなに夢中になってたの? なら見張りを付ければいいのに」
「大丈夫だって。なにせ、下調べは充分にしてあるからな」
「ふぅん」
「この辺りに政府の手は入らねぇよ」
 なるほど、そうか。そう頷きながら、なにか手伝おうか? と尋ねるものの「いい」と返される。
「お前は戻っとけ、ななし」
 クイッと顎で野営地に戻ることを推奨された。もしかしてバレてるんだろうか? いや、ちゃんと服で隠してるはずだと思うけど。そう思いながら、好意に甘える。ぶっちゃけると、いくらバーニッシュが自分たちの炎の力で再生できるとはいえ、痛いときは痛い。殴られたお腹だって痛い。
 我慢の限界で、野営地についた途端転がり落ちる。とりあえずもう、アレはあのままでいいや。見つかったら見つかったで終わりだし。そう思いながら眠りに着くと、山羊の声が近くで聞こえた。
 目を開ける。もしや山羊の群れの中で寝てしまったんだろうか? 驚いて起き上がると、夜になっていた。焚き火が見える。パチパチと炎が弾けて、丸焼きの肉はない。
 その炎の向こうで、山羊がメェメェ鳴いている。
「お、起きたのか」
「もう少し寝てればよかったんだがな」
「え、なにしてんの」
「ホットミルク作り」
 そういって、メイスが炎でなにかを作っている。マグマを急速に固めるやり方の変則だ。ギュッとグニャグニャになったかと思うと、丸い長方形になる。それからベコッと真ん中が凹んだ。
「中々上手くいかねぇなぁ」
「厚さを調整するにもコツがいる」
 見れば、ゲーラの周辺に失敗作ともいえる大量の溶岩の塊があった。みんな、形がバラバラだ。
(自然と消えないのかな)
 そう思うと、メイスの手で一つの鍋が出来上がる。
「できた」
「バケツより時間かかったな」
「仕方ないだろ。コイツは火に当てるんだぞ? 熱伝導も考えなきゃならん」
「へぇ」
(そうなんだ)
 正直、そこのところ全然考えず作っていた。そう思って角度をチェックされる鍋を見ていると、サングラスの一人が山羊から離れる。手にはバケツを持っている。タプン、と白い液体が縁から零れた。
「ギリギリ、二人分はできそうだぜ」
「二人分か」
「二回飲める分だけマシだろ。んじゃ、入れるか」
「待て、ゲーラ。万が一穴が空いたら敵わん。とりあえず、一人分から作るとしよう」
「へいへい」
「とりあえず脚立も作るか」
「きゃたつ?」
「コンロの代わりだ」
 なるほど、片手で持ち続けるのは大変だから、コンロ台の代わりを作ると。同じように炎で脚立を作ると、その上に鍋を置いた。焚き火が熱源のコンロの出来上がりである。
「今度は早ぇな」
「熱伝導抜きで出来るからな。ただの形を作る分となれば楽だ」
「へぇ」
「ふぅん。じゃぁ、バーニッシュサイクルの場合は?」
「あれは、俺たちの好みでも反映されているんじゃないのか? なぁ、ゲーラ」
「なんで俺に聞くんだよ。っつか、いつもと立場逆じゃねぇか」
「俺にだってわからんことがある。火力、強めるか」
「ミルクに膜張りそう」
「俺ぁ、それでも構わねぇが」
「ご本人の要望だ。このまま、煮込むか」
 コトコトと鍋が音を立てる。山羊の様子はどうなったのかと見れば、サングラスたちの手によって、野に返されていた。山羊の姿が小さくなって、夜の帳に溶け込む。
「大丈夫かなぁ」
「アイツも野生に生きている。ならば自力で群れに戻れるだろう」
「それで道中食われることになっても、仕方ねぇ。自然のなんちゃらってヤツよ」
「うぅん。でも、それだと此方側がその自然を捻じ曲げたことになるから、なんか違くない?」
「あー」
「俺たちだって生きている。ならば捌いて肉にしてしまった方がいいと?」
「うん。一縷の望みに賭けるより、トドメを刺してしまった方が」
「だが、生憎と。俺たちの腹を満たす分にゃぁ足りねぇんだよな。これが。精々五、六人分の腹だぜ」
「数人分の腹があぶれちまうってことだ。その数人にひもじい思いをさせるよりは、逃がしちまった方が得だろ?」
「んで、俺たちは運がいいことに今夜の飯にありつけている」
「過剰供給は自然に反してる。なら逃がした方がセオリーってわけだ。わかったか?」
「いて、いてっ。わかったから小突かないでよ」
 人の頭を。そういって二人の手を下ろすと、フッと笑われた。
「なによ」
「別に、なにも」
「そろそろいいだろ。ハチミツ入れるぞ」
「あっ」
 ゲーラの手にハチミツの容器が現れる。蜂の巣から取ったものを丸ごとじゃなくて、プラスティックの容器とかに入っているのを絞ってだ。
 ギュッと結晶化しかけたのが鍋の中に落ちて、コトコトとお玉で煮込まれる。ゲーラが止まったハチミツの容器を覗き込んだ。多分、白い結晶化したヤツでダメになってしまったんだろう。トントンと底を叩くゲーラを見ながら、そう思う。
「おい、ゲーラ。カップ」
「おう」
 ちょいちょいとメイスが手を動かすと、ゲーラがカップを渡した。同じようにマグマの応用で作られている。
 そこへ煮込んだミルクを入れると、メイスがそれを渡してきた。
「ほら」
「え」
「お前の分だよ。それなら食えるってぇことだろ?」
「あー、うん。まぁ、そうだね」
 うん、と消えかける声で頷く。ポロリと零しただけであるのに、まさかそんな風に捉えられるとは。服の袖を指の下ギリギリまで引っ張り、カップを受け取る。取っ手に熱が伝わった。容器自体に熱は伝わらない。
(けど、唇に当てると中身の熱さが伝わる)
 主に湯気のせいで。でも、匂いで脳が、体が拒否することはない。一口を飲む前に、ゲーラとメイスに尋ねる。
「ところで、夕食ってのは?」
「レーション」
 なるほど。異口同音に応えた二人の回答を聞きながら、もらったホットミルクを口に傾けた。
 唇に草っぽい味のするミルクが伝わって、喉が液体を通過させる。ゴクンと唾と一緒に飲みこんだら、ビリッと封の破る音がした。
「で、あれはなんなんだよ。なにか買ってきたのか?」
「お前のバーニッシュサイクルが転がってるのを見て、肝を冷やしたぞ」
「あぁ、中身を見ればわかるよ」
 動くのも面倒くさいし。作ってもらったミルクを飲みながら、そう答える。すると眉を顰めたゲーラが動いて、回収したのらしい私の荷物を持ってきた。ガサッと紙袋の中身を見る。
「なんだこれ」
「使い捨ての、食器か?」
「たまにはフォークとスプーンも使いたい」
 それに、完全に燃やせば証拠は消せるし。そう呟くと、二人は難しそうな顔をしたのであった。


<< top >>
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -