煙草の銘柄の変更

 スンと纏わりつく空気が変わった。以前は苦くで喉や目にくる重さがあったのに、今では中和されている。その代わりに軽い感じの重さとほろ苦さ、それに食べ物の匂いがする。バニラだったりチョコレートだったり、珈琲だったり紅茶だったり。
「もしかして、なにか変えた?」
 不思議に思って聞いてみると、二人が胸を張った。
「フッ。ようやく気付いたか」
「ガキどもから散々不評だったからな、思い切って変えたぜ!!」
「そっか」
 それでも煙草をやめないとは。恐ろしい中毒性だなぁ、と思いながら二人の収集したのを見る。布団と毛布、それとガーデニング用品。うん、必要なのは大体揃ってる。
「どこで買ってきたの?」
「拾った」
「掃き溜めの中から、ようやくだ」
「掃き溜め?」
「他のバーニッシュが燃やしたヤツだ」
 十数年以上も前と思われるのもあったがな、とメイスが付け加える。あー、あの世界大炎上の余波でか。思えば、あの朽ちかけたガソリンスタンドも、そういった面影もある。
「捨てられたんじゃないだ」
「無人の街から、も大体は調達しているがよ」
「ま、他の放浪者が既に目ぼしいものを持って行った可能性がある。残るはゴミの山だ」
「それでも持ってかれちまうけどよ」
「みんな、生きるのに必死なんだよ」
「政府に捕まると、全部パァになる」
 メイスの悲観的さは、相変わらずだ。
「けど、今は大丈夫じゃん」
「まぁ、そうだがよぉ」
「幸いにして、人が増えても気付かれる心配もない。この近くに構えて大正解だった、というわけだ」
 当たってよかった、との安堵も聞こえる。ゲーラはゲーラで、なにか思うところがあるようだが。
「こうゆっくりできると、腹いっぱい食いたくならねぇか?」
「ま、それには同意しよう。目先の問題として食料調達があるが」
「それは今から解決する策でしょ? こうしてガーデニングの素材も揃ったし」
「土はどうすんだよ」
「もう用意した」
「誰が育てるんだ」
「そういうのを生業だったり得意な人がいた。任せるつもり」
「で、解決すんのか?」
「まだ。でも長期的な目で見れば解決するよ」
「ジャガイモがあれば、楽なんだがな」
「パキッと割れば、無限に繁殖するの?」
「あとは油だ、油。鍋がありゃ最高だ」
「ジャガイモ飢饉っつー前例もあるから、そう頼ることはできんがな」
 並行して他のも作らねばならん、ともいわれる。食糧問題を解決することは、中々難しい。
「そっか」
「でも、年内にはできんだろ? その農業とやらは。成功したらたらふく食えんだろ」
「ここでの気候や日光の条件もある。適したのを探せば、きっと」
「改良開発拡大もあり?」
「土地もでけぇの用意しねぇとなぁ」
「それをやるには、どう政府の手を払いのけるか」
「楽しそうな会話をしているな、お前たち」
「ボス」
 会話に夢中になってたから、もしかしたら気になってきたのかもしれない。真ん中にある肥料や植木鉢などを見たら、ボスが頷いた。
「うん、スコップもあるようだな」
「えぇ。簡単な家庭菜園での準備は整ったかと」
「プチトマトが食いてぇな。あれ、育てるの簡単だったはずだろ」
「ゲーラ。それはやる本人に聞かないとわからないぞ。専門家に任せた方がいい」
「トマトは生のが苦手」
「んだよ。美味ぇだろ」
「一番好みが分かれるらしいな。生のトマトってヤツは」
「僕はどっちでも構わんぞ。今は好き嫌いしている場合ではない」
「ボス」
「激マズなのは、できれば御免被りたいがな」
 あ、やっぱりボスにもあるんだ。好き嫌い。そう思いながら、ボスが思案する顔を見る。
「そういえば、お前たち」
「はい」
「へい」
「なんですか?」
「なにか、食ったのか? なにやら甘い匂いがするようだが」
 あっ。ボスが気付かれた。そうっと二人の顔を見ると、見事に固まっている。ついでに動きもカチンコチンだ。
「その、これはボス」
「く、食い物じゃありませんぜ!!」
「じゃぁ、なんだというんだ? 香水か?」
「こ、香水ってほどのものじゃありませんが」
「俺たちはバーニッシュ。道具に頼らずとも火を出せませらぁ!!」
「はぁ?」
「ゲーラ。もうそれだと半分バラしているようなものだと思うけど」
「あ? ハッ!!」
「そうだ。今度余裕があったら、住人のほしいものも聞きましょう。嗜好品とか」
「あぁ、それは良い考えだな。今度皆に聞いてみよう。それはそうとして」
 とりあえず、持つか。
「もう少し吸うのは控えられるか? 煙草の匂いや吸い殻だけで、場所がバレることもある」
「はっ」
「はひ」
「まぁ、そういったので気を紛れさせるのもわかる。ちゃんと、いわれたら分けてやれよ」
「え、えぇ。勿論」
「他のも持ってきやすぜ」
 好みの問題もありやすし、と。ゲーラがそういったけど、大丈夫なの? 隣でメイスがゲーラの脇を小突く。素直に暴露したゲーラに、ボスは軽く笑う。けれど私はそれの良さが全くわからない。
(煙草で気を紛らわせるって)
 それより、体を動かしたり音楽を聴いたりした方がマシなんじゃないのか? そう思いながら、ボスの手に肥料が渡った。
「あっ」
「僕も持とう。とりあえず、お前たちはリストを作っておけ。ご苦労だったな」
「へい。わかりやした」
「少し休んだら、それをやっておきます」
 そういって、コンクリートを積み重ねただけのテーブルに凭れ掛かる。カチンとなにかが開くような音が聞こえた。
「行くぞ、ななし。皆待ってる」
「あ、はい」
 やはり待たせていた。休憩に入る二人から顔を逸らし、慌てて後を追う。音がしたから、あの煙草の匂いがすると思う。けれども意外としてこない。
 埃っぽい空気の匂いは変わらない。それを嗅ぎながら、煙草における追跡の条件について、色々と考えてみたのであった。
(やっぱり、アレかな)
 燃焼時間と熱さと残香。犬がいれば最高だ。こちらにとっては最悪だが。そう思いながら、栽培に詳しい人たちの話を聞いたのであった。


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