お土産を持ってきただけなのに…

 ようやくシンヨコに帰ってこれた。東京の羽田空港から国内線ターミナル駅を使って品川駅、さらに品川駅から新幹線に乗って僅か一〇分足らずで帰ってこれる! 流石人類の機器だ!! でもフクマさんの亜空間術の方がよっぽど便利なのは、ここだけの話だ。だって、時差ボケの問題もないんだもん。一瞬で帰ってこれるから。テレポート。でも、なんか、あの空間については、ハイ。あまり深く突っ込まないでおこうかぁ。
(とはいえ、もう遅いからなぁ。ギルドはやってるかもしれないけど、集られる可能性がある! 特に、流されたときにサテツの大食漢が出ると、非常に不味い!! いや、この時間帯だと吸血鬼も活発だし、いないかもしれない)
 それでも油断は禁物だろう。近付いた下等吸血鬼をワンパンで払い、とりあえずVRCに収集するため袋に入れておく。核だけぶっこ抜いて袋に入れておけばいいかな。このスライムみたいなものの場合は。なんか、去勢とか人類における間引きとかを思い出しちゃう。嫌な人生だ。と思いながら、ロナルド事務所のビルを歩く。なんか、今日はやけに暗いような。停電でも起きた? チカチカと廊下の照明が点滅している。
 扉に張り紙をしただけの事務所の扉をノックしようとすれば、中からシクシクと泣く声が聞こえた。
(もしや、お化け? ここはいつからお化け屋敷になったんだ!? いや、早とちりの可能性がある。それに私はこのようなピンチにも何度も切り抜けた! なにを今更怖気づく必要がある!?)
 どうせロナルドの事務所のことだ。半ばお化け屋敷になろうとも、そこまでのものじゃないだろう。「ヘイ、久しぶり。お土産あるぞー」といって中に入ったら、あの、なんていうか、あの。その。

 フクマさんがいた。
 しかも、あの。アイアンメイデン。あのアイアンメイデンがあるよ。あの、その、んっ!? 思わず混乱してしまう。「あっ、君はあのときのぶっ壊れた人」うっさいわドラルク!! 思わずツッコミを入れかけたけど、今はそんな場合じゃない。えっと、あの、その、えっと、あの、その、あの。(何故、ここにフクマさんが!?)ブワッと脂汗が全身から出てくる。えっ、嘘!? この前渡した原稿に不備が!? 印刷所に迷惑がかかったとか、そういう!? ヒィ!! ご、ごめんなさいごめんなさいそれでどこに修正箇所があのそのもしくは誤植!? 誤植が起きたのねぇちょっと!? 「わぁ。人間ってここまで小刻みに振動できるものなんだねぇ、ジョン」「ヌーン」「超音波出てるんじゃない? これ」それ、いったいどこからどういう情報なんだよ!?
「一概に物体から振動する音波は超音波ではなくて『音波』と呼ばれるものであって! ガタガタと水平面と接する振動音が生じている時点で超音波とはいえないものだと思いますが!?」
「え、えぇー。そんな急に早口で捲くし立てられても。そもそも、言葉の綾ってものがあるんだけどね? そう細かくツッコミを入れてたら、血管が破裂して早死にしちゃうんじゃないの? 長生きしたら?」
「余計なお世話ッ! というか、あー、吸血鬼ドラルク?」
「いかにも!! 私こそ吸血鬼ドラルク! あっ、でも暴力とかやめてね? 私、ぶっちゃけとっても弱いから。対戦するなら格ゲー、RTA、音ゲーとかでよろしくね?」
「ジャンルがスキル勝負のヤツッ!! 音ゲーとか、元々の音楽センスがないとダメなヤツじゃん!?」
「なにをいうか! キミ、音ゲーというものを舐めてはいないかね!? いいかね? 音ゲーというのは、動体視力と反射神経が物をいうのだよ! つまり、背後に流れる音楽はただの背景、ある合図としてでしか機能しないのだよ。さらに音楽を構成するリズムや楽器が次に来るボタンや行動を予測させるシグナルとして」
「音ゲー博士かよ!? その解説の詳細っぷりは! いや、そういうことじゃない!? えっと、この状況は、いったい?」
「あぁ、なまえさん。お久しぶりです。進捗、いかがですか?」
「ヒィ!!」
 急にのっそりと現れないで! バトルアックスの柄をキンと床と接触させないで!! 怖いこわい! 「なんか、ロナルドくんと全く同じパターンだな」「うっさい! フクマさんの怖さを知らないから、そういうことがいえるんだ!!」あの圧迫を受けてみろ! なんというか、その。あのスウィートボイスから想像できないほどの圧迫を受けるんだぞ!? 「語彙の低さ! というか、スウィートボイスって。君なぁ」「ヌーン」ところで、なんでそのアルマジロはさっきから私を悲しそうに見ているの? ねぇ? なんか私、哀れむようなことをしたっけ。
「なにをいう! ジョンは君の慌てっぷりに同情をしてやったまでなんだぞ。ジョンの寛大な優しさに跪くといい!」
「ヌヌ!? ヌヌ、ヌン、ヌーン!」
「わっ、主人の図太さとは思えないほど謙虚な姿勢! これは主人抜きにしてもファンが増えますね」
「ヌヌ、ヌーン……」
「おやおや、ジョンさんが落ち込んでしまったようですよ。可哀想に、これでも食べて元気を出してください」
 あっ、フクマさんの亜空間からなにやら奇妙な蠢くケーキが出てきた。あれ、すごいんだよな。蠢く様子を見ているだけでも、色々なアイディアが閃いちゃうんだぜ。マジ宇宙の神秘。あれこそ神秘に触れるアーティファクトだと思うんですが、どうでしょう? あ、次のアイディアに使えそう。一方、ジョンは砂になっていた。ドラルクみたいに砂にはなってないけど、声にならない悲鳴を上げてピンと身体を伸ばして硬直していた。アルマジロって、あんなに身体を立てることができるんだ……。
「おや? お気に召さなかったですか?」
「あ、なら貰って帰るんで。そのままでいいですよ。多分、なにか使えそうだし」
「食うのかね!? 驚きすぎて私、咄嗟に復活しちゃったじゃない! で、食うのかね!? 本気で食うのかね!?」
「なんでそこまで食い付くの!? 食べるかどうかはともかく、一応観察はしておくくらいだよ。なんかネタが閃きそうだし」
「えっ!? ロナルドくんと違って、もう狂気の棺桶に片足突っ込んじゃってる!」
\なんかいったか! ドラ公!!/

 わっ、なんかアイアンメイデンから声がした。この声からすると──ロナルドくんか! ドラルクの口調が移っちゃったよ。話しているうちに移るの、本当悪い癖だな。「なんか、〆切ヤバいんですか? ロナ戦の」「はい。今日が〆切だったので」「わぁ」御愁傷様としかいえないし、身から出た錆だ。自業自得としてしっかりやれとしかいえない。私も他人のことをいえないけど。「ところで」フクマさんから声がかかり、ビクッと身体が跳ね上がる。硬直する。
「最近の評判ですが、上々です。編集長も褒めていました」
「あっ、どうも。ハハッ」
「ですので、最近の原稿の上がり具合も考えて読切を別誌面で掲載しないかとの話も出ているのですが、どうでしょうか? 勿論、なまえさんのスケジュールに無理のない範囲で〆切を組ませていただきますが、私としてもなまえさんの新作読切を是非拝読したいと思っておりまして。あっ、だからといって無理強いするというわけでは」
「ハイ!! ソノ話ハまた今度ノ打チ合ワセのときに!!」
「たぬきの暗号文構造かな?」
「ヌゥーン……」
\俺だって早く出てぇよぉ……/

 しくしくと泣く声に釣られて、うぅううと呻く声も聞こえる。あぁ、そこ、灯りがデスクライトの一つしかないもんね。液タブとデスクライトを除く真空の闇の中で行った作業を思い出す。「ロナルドさん、進捗はいかがですか?」トン、とバトルアックスの柄が床を叩くと「まだでぇす」とベソを掻いた声がアイアンメイデンの中から、漏れて出てくる。
「本当、情けないな。君」
「ヌゥン……」
(本当、どこに。お土産を持ってきただけなのに)
 帰るタイミングを見失った。


<< top >>
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -