先輩と勉強(1年~2年)

 我ら四天王、といっても私はその補佐役だけど。
 彼らが我らの皐月様へ忠実に仕える部下だとしても、教室やクラスまで同じわけではない。
 一応、学生の本分として学業と部活動はしなければならない。蟇郡先輩の言葉を借りるならば、四天王は本能寺学園の生徒の規範とならなければならない、とのことで。ちゃんと授業も受けなければならない。といっても、学園を支配しているのは実質皐月様で全員の教師がただの雇われなので、皐月様の命がなければ、この学生が授業を受けている間でも四天王は勝手な行動をとることができる。自由行動とか、授業をサボったりとか。
 でも、皐月様は厳しい方だしちゃんと私たちの今後のことを考えてのことだから、「四天王であろうともちゃんと授業を受けろ」といってくださるのだ。ちなみに猿投山先輩と犬牟田先輩のサボリがばれてからいわれたことだった。あの二人、授業を受けようだなんて微塵も思ってなかったからな。
 犬牟田先輩は高校生の授業範囲は既に頭の中に入っているから、といってパソコンでハッキングとかに勤しんでいるし。猿投山先輩に関しては、強いやつと戦いたい戦闘狂だから授業なんて受けずに剣の修行に取り掛かりたいって感じだ。
 なので、目の前の猿投山先輩が豪快に居眠りをしているのも理由はわからなくもない、という感じだ。
「猿投山先輩、猿投山先輩。起きてください。授業中ですよ」
「うぅ、ぐぅ……。う、るせぇ……」
「猿投山先輩、先輩。猿投山さん。現国の時間ですよ」
「んん……?」
 教師の目を盗んでゆさゆさと肩を揺さぶること、数回。呼び方を変えたら、目をしばしばとさせて先輩は起きだした。
 先輩、袖に垂れた涎がついています。
 先輩はボーっと私を見つめたあと、涎を拭いながら尋ねた。
「まだ、昼飯の時間じゃないだろ……」
「そうですけど。でも、授業中ですし」
「るっせ……」
 肩を揺さぶる労力も空しく、先輩はもぞもぞと動いて寝に戻ってしまった。ちょっと、先輩。いくら本能寺学園が皐月様の鶴の一声で配置変えもできるからって、サボるのはよくないと思う。
 キュッとマーカーペンを取り出す。
「先輩。このまま寝ちゃうと、マーカーで顔に落書きをしちゃいますよ?」
「……千本、叩きの刑……」
「先輩、私、運動部の部員じゃありませんから」
 だからそういう脅しは無駄ですよ、と呟いても、もう先輩は夢の中だ。
 現国の教師は諦めて、先輩以外の生徒の居眠りを注意している。
 私は先生の話を耳に入れながら左手でノートをとり、右手で先輩の肩を揺すった。
「先輩、授業」
「うるせぇ」
「先輩」
「うるせぇっていってんだろ。勉強せずとも生きてけんだろ」
「それ、できない人がいう言葉です」
 ぷいっと顔を背けられてぺしって右手も跳ね除けられたので、先輩の文句に小言で返す。
 すると、よほど気に障ったのか。先輩は机に突っ伏したままギロリと睨み返して来た。
「なんですか。四天王の仕事は学問のなによりも優先されるということはわかりますが、そうでないときは学問は大事ですよ」
 小声で小言を伝えても、先輩はギロリと睨み続けるだけだ。
 そんなに勉強が嫌いなのだろうか。運動部総括の四天王さんは。
「部活動も大事ですけど。テストでいい点をとらなきゃ、蟇郡先輩にどやされますよ」
「ケッ、風紀部委員長様がなんだってんだ」
「授業受けなきゃ、帰ったら今日の復習をみっちりとしごきますよ。家で」
 勉強嫌いならば、帰宅後の宿題とかの束縛も嫌うはずだ。そう案じて脅しをかけてみたけど、効果は予想していたものと違った。
 驚いた先輩はパチリと瞬きをしたあと、じーっと私を見つめた。
 枕にした腕で肘をついて、頬杖をしながら私を見つめること数秒。そうして私の真意を見取ったのか、すぐに顔を背けて眠り始めた。おい、ちょっと。
 私は即座に居眠りへ戻った先輩に突っ込みたくなった。けど、私自身も授業を疎かにできないので、帰ったら先輩をみっちりしごいてやろうと心に決めて授業に戻った。



 放課後。私自身の仕事と犬牟田先輩と伊織先輩との情報と意見の交換、乃音先輩と蟇郡先輩の仕事の手伝いをして、運動部と街の様子をザッと見る。そして揃さんの仕事を手伝いながら、皐月様に今日何事もなかったことをご報告する。
 そうして一日の仕事を終えたあと、家に帰った。といっても、猿投山先輩の家だけど。居候している身だからね。既に買い物は前日に済ませてある。
 リビングに入り、全教科の教科書を大量に積む。問題集もセットだ。そしてダメ押しのこんにゃく料理の差し入れ。例え勉強が嫌でも、大好きなこんにゃくさえあれば、少しは居着くだろう。
 剣道部で一汗掻いてきたのらしい猿投山先輩をお風呂に入れたあと、サッと夕食の準備をして食事を済ませる。そして後は寝るだけとなったところで、先輩をリビングへ通した。
 うん、この反応は知っていた。
 先輩は、呆然とした顔で、テーブルに積まれた教科書と問題集の山を見ていた。
「おい、千芳。これは、なんだ?」
「数日分の授業の復習ですよ? ずっと眠っていたじゃないですか」
「ね、眠っていたことは認めるがよぉ……。だからって、この量はあんまりじゃないか?」
「これくらいの量を先輩は、寝て過ごしていたんですよ」
「うっ」
 先輩は言葉を詰まらせた。
 授業中寝ているから、こういうときにいい感じに返せなくなるんじゃないのかな。と思いながら、テーブルの端に座る。
 数学の教科書を開く。正直、数学は苦手範囲だ。
「数学なんざなくてもいけるだろ」
「いけますけど、お金の計算ができたらいいじゃないですか?」
「できるっつーの。そもそも、サインコサインとか、意味わかんねーよ」
「そっか、先輩は脳筋ですもんね」
「おい! それはお前もだろ!!」
「私は違うもん。先輩と違って、犬牟田先輩と相談しながら戦略とか立てれますし」
「そうかぁ?」
「そんなに疑うようなら、今度やってみます? 犬牟田先輩直伝の戦略で」
「気に食わねぇな。やるなら正々堂々とだろ」
「そうはいいますがね」
 隣に座る先輩へ、問題集を開く。先輩は脂汗を浮かばせて問題集を見ている。
 シャーペンと消しゴムを先輩の前へ置く。
「正々堂々とトドメを刺すためにも、作戦は必要ですし。そのために、使えるものは使わないと」
「数学が、使えるのか?」
「さぁ。使えるときは使えますし」
 サインコサインをどう作戦に使うのかといわれたら、使う場面は限られるし詳しい説明は犬牟田先輩に放り投げたい。
 先輩がシャーペンを持ったのを見て、私は口を開く。
「それに、私の復習にも使いたいし。ほら、人に教えた方が理解も深まるといいますし」
「ふぅん?」
 クルクルとシャーペンを回して遊んでいた先輩が、ニヤリと笑う。
「つまり、俺を出汁にして使っているってことか。それとも、純粋に俺と二人きりになれる時間でもほしかったのか?」
「こんにゃく芋を丸ごといただきます? 灰汁抜きもしていない、収穫したての状態で」
「流石にそれは、体に毒だな。まぁいただくけどよ」
 露骨に話を逸らすために引き止め用のこんにゃくを差し出すと、そのままパクッと先輩は食べた。
 箸から、直に。
 私はカチカチと箸を鳴らしたあと、皿の上に戻した。爪楊枝持ってくればよかった。
 数日前の範囲を確認したあと、先輩の前に出した問題集を捲る。
「じゃ、この問題を解いてみましょう。やりながら、わからないところを理解しながらやれば、教科書を読まずともできるはずです」
「ふぅん。ほら」
 説明を聞き流す先輩を、思わず見る。
 先輩はシャーペンではなく箸を持っていた。そして私に先程、私が先輩へ差し出した引き止め用こんにゃくを差し出していた。
 思わず、先輩の差し出したこんにゃくを見る。
 鷹の爪と一緒に軽く炒められたこんにゃくは、美味しそうだ。
 次に、先輩を見る。
 先輩は頬杖をついたまま、問題集ではなく私を見ている。
 少し考えてから、私は先輩に問題集を近付けた。
「えっと、この問題をですね」
「さっさと食えよ。腕が疲れる」
 ツッとこんにゃくを食えと催促される。こんにゃくを纏うタレが、教科書と問題集を汚しかける。
 私はこんにゃくから先輩へ目を戻す。
「その、べ」
 話す間も与えられず、口にこんにゃくを押し付けられる。これは……。
 先輩の目を見て確かめれば『これを食べなきゃ俺は勉強を始めないぞ』という先輩の強い意思がしっかりと伝わった。
 ここまで真剣な目をした先輩は、他を見ない。梃子でも絶対に動かない頑固さに入っている。
 こんなモードになったら、なにをいっても譲らない。先輩が譲るとしたら、なんだろう。こんにゃくかな?
 私の復習も進めたいので、先輩が箸で差し出したこんにゃくを頬張る。あ、これ。何気に間接ちゅーだ。ま、いっか。
 もぐもぐと口を動かすと、美味しいこんにゃくの味が広がる。タレの方も美味しい。
「どうだ。やっぱり美味いだろ? 北関東直送のこんにゃくは!」
「あぁ、はい。確かに美味しいです。それで、ここの問題ですけどね? わかります? 解き方」
「うんにゃ。全然わからん」
「やっぱり」
 ペロリと唇を舐めたあと、教科書を開く。問題集の問題と教科書の公式を見比べたあと、先輩に指示をする。
「先輩、一度問題を解いてみましょうよ」
「あー? どこをだよ」
「ここ、です。先週の月曜日に、やったところです」
「覚えてねぇな」
「寝てましたからね、ぐっすりと。とりあえず、解いてみましょう」
「さっぱりわかんねぇな」
「じゃ、一緒に解いてみましょう」
 完璧に箸へ持ち替えた先輩の代わりに、シャーペンを持つ。
 先輩はもぐもぐとこんにゃくを食べながら、私の説明を聞いている。
 私は教科書の公式と問題集を交互に見ながら、先輩へ説明を続けた。
「――と、いうわけで。このようにして解けば、答えは求められるわけです。じゃ、やってみましょう?」
「今、お前が解いたじゃねーか」
「今の計算式を真似て、先輩が考えることが大事ですよ。敵の動きを見て攻撃を行うということは、基本中の基本でしょう?」
「そういうもんか?」
「そういうもんですよ」
 疑い深い先輩へそう返したあと、スッと先輩へ問題集を近付ける。
 完全に食べることへ専念していた先輩は、私が解いた問題を見て顔を歪める。
 私も先輩も数学は苦手だけど、苦手を避けて進んでもどうしようもない。
 どうしたら先輩が問題に集中してくれるだろうか、と考えたら、答えは案外近くに見つかった。
「先輩」
 と私は声をかける。こんにゃくを箸で突いていた先輩が、視線だけを投げてくる。
「こんにゃくの分量と作成にかかる時間と労力で考えてみましょう。もしくは、こんにゃくの材料を運ぶのに必要な時間の計算でも」
 先輩の大好物である『こんにゃく』を引き合いに出したら、先輩はこちらが驚くほど食いついた。


 けれども、すぐに撃沈したのはここだけの話だ。


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