12/24の夜

 クリスマスイブの当日が近付き、気付く。〈普通、恋人同士で特別に過ごす時間だ〉と。けれど先輩こと渦とは、そういう関係だけれども特に決まってはいない。世間一般でいう「特別な過ごし方をしよう」などという取り決めはなかった。(なんか、それをしないと別れるというジンクスもあるみたいだけど)どうだろうか。私と渦に限って、そんなこと。と思う時点で自惚れだろうか。「そういえば、この辺りにデパートなんてありませんよ。どうするんです?」「あー、仕事終わってから行かねぇか? 多分、ちょっと行けばあるはずだぜ」「遠出、ですか」「本当は休みに行くべきだろうが、時間がな」ないといえば、ない。それもそうだ。わざわざクリスマスの日に休むのもどうかと思う。「おっ。ここにはクリスマスツリーないんだな」「纏!! いきなり来て、なんだ!? その一言はッ!!」「うっるせっ!? 客として来たんだよ! 馬ぁ鹿!」「今日お鍋するから、こんにゃくください!!」「はいはい」流子ちゃんやマコちゃんを始め、満艦飾ではお鍋をするらしい。クリスマスの時期なのに。「ターキーとか、七面鳥は食べないの?」「父ちゃんが失敗したって」「あー」「そもそも免許もないのに勝手に狩りとかできないからな」「フンッ。貧乏臭いクリスマスを過ごすようだな。こっちは豪勢なクリスマスだ!! 仕事が終わり次第、美味いご馳走を買いに行く」「っていってるが。千芳、実際のところはどうなんだ?」「いいとこ勝負だからいわないで」「おい!!」確かに金銭的な額で見れば、豪勢といえるだろう。でも、ホテルの最上級で高級ディナーとか、百万ドルの夜景に匹敵するのを見せるのに費やす額もある。それと比べたら、どっこいどっこいだ。
 疲れたサラリーマンやOLの人とかも買いにきて、閉店時間になって店を閉める。「デパート、まだ開いてると思うか?」「今から行っても、難しい気が」ある程度めぼしいものは、既に買い尽くされたに違いない。それか、少しの望みを持って行くか。「先輩は、どうしたいんです?」と聞けば、少し悩む。時計をジーっと見てから、私の方をチラッと見た。
「行こうぜ。なにか少しでも、良いもんは残ってるだろ」
「今から? 駐車料金とか、電車の方は? それとその格好で?」
 正直、最近忙しかった分、ちゃんと用意もしていない。絶対キラキラしたクリスマスだろうから、化粧も格好もしておきたい。盲点を突くと、先輩はグッと黙った。
「とりあえず、今日はもう休みたい」
 出掛ける余裕もないものだし。そういうと、先輩が苦虫を噛み潰したような顔で「わかった」と頷いた。まるで苦渋の決断をするかのようである。そうさせたのは、自分であるが。
 その事実をもう一度突き返し、冷蔵庫にあるもので作る。キッシュだ。ちょっと凝った料理で、冷凍のパイシートは開いてた店で購入した。店員さんもお店側も、お疲れ様である。目についた材料を小さく角切りして、フライパンで炒める。「手伝うか?」と先輩はいってくれたけど、私は一人で作ってみたい。「お風呂の準備をしてもらえると、助かる」もうゆっくりと湯舟に浸かって休みたい。そういうと「わかったぜ」と先輩は答えて浴室へ消えて行った。
 いい感じに炒め終えて、パイの準備をする。(しまった)パイを入れる型がない! 急遽似たようなレシピを探して、代用品を探す。(よかった)どうやら、耐熱容器でもできるようだ。そこにパイ生地を引き、底の部分にフォークで穴を開ける。それから作った卵液を流し入れ、二〇〇度に熱したオーブンで焼いた。(あっ、生クリーム)けれど牛乳で代用だ。焼いてる間に、使ったやつを片付ける。浴室を掃除し終えたのだろう。先輩が「風呂張ってるぜ」と告げてきた。(お湯、冷めないのかな)それともちょろちょろした感じなのか。「どのくらいで? いっぱいになるんですか」「結構かかる」「一時間くらい?」「まぁ、あの感じだとそんな感じだな」やっぱりちょろちょろだ。
 冷蔵庫が開けられ、中をチェックした先輩が聞く。「こんにゃく、いるか?」相変わらずのこんにゃくである。「多分合うと思いますよ」みりんと醤油で味を付けたこんにゃくは、恐らく作っているキッシュに合う。卵と合わないわけがないからだ。「そっか」と先輩が頷く。昨日の残り物であるこんにゃくのおかずが取り出された。「米とパン、どっちにするんだ? 生憎、どっちもないぜ」「困ったな」「ギリ、そうめんはある」「やめておきましょうか。パスタは?」「ある」「じゃぁ、それで。ソースは、あっ。レトルトのあった」「本当、あるもんだな」「用意してないからね」仕方ない、だと言葉が強く、最後の語尾で柔らかくしようとする。
 キッシュが焼き上がる間にパスタを茹で、電子レンジは交互に食事を温める。こんにゃくのおかずに、パスタのソースを二つ。どちらも同じペペロンチーノなのは、それしか残らなかったからだ。
 今日の、ちょっと豪勢な夕食が出来上がる。「いただきます」と先輩が手を合わせた。私も合わせて「いただきます」といって、キッシュを切り分ける。ナイフだけは残してよかった。ブッシュクラフトナイフで食べたい分だけ切って、先輩に渡す。「でかいな」「残ったら明日」驚く先輩を後目に、私も一口食べる。うん、中々。良い出来だと思う。先輩も一口食べたら、少しもぐもぐして、またもう一口食べた。うん、結構食べれると見える。こんにゃくのおかずにフォークを伸ばす。つぷっとこんにゃくにフォークの切っ先が沈んで、簡単に皿の方へ運べた。
 一口食べる。(うん、やっぱり合う)キッシュに些か、和風調味料を入れてよかった。パスタを巻いて食べて、キッシュも食べる。少しずつ食べ進めていると、既に焼いたキッシュが残り少なくなっていた。先輩が、さらに大きく切り分けたせいである。
「そんな、急がなくても。逃げないのに」
「出来立ては冷めちまうだろ」
「それはそうだけど。お腹、いっぱいにならないの?」
「阿呆か。俺はもっと食えるわっ!」
「そんなところで意地を張らないで。確かに、先輩はもっと食べれるだろうと思うけど」
「だろ! 七面鳥丸ごと一羽もいける」
「七面鳥かぁ。高いですよね。家で焼くと、生焼けになる可能性もあるし」
「屋外で焼くっつー手もあるだろ」
「先に内臓の処理が大事ですよ。レバーもいいけど、先に狩猟免許」
「んじゃ、そういう店に行って食うか?」
「いいですね。今度、東京行ったときに行ってみましょう」
「東京」
「だって、そこしかないですもん。シビエ料理」
「あー、そうだな」
「じゃ、そうしましょう」
 何気に約束を取り付ける。クリスマスにシビエもいいかもしれないけど、ちょっとレストラン的なところがいい。だとすると、色々と予定が。頭の中で考える。面倒臭くて、フォークでキッシュの切っ先を分ける。もう残り一切れだ。殆どは先輩の腹に入ってしまった。「もーらい」「どうぞ」一番パイの多い部分を、先輩が取っていく。私は具材の入った方を、一口で食べた。
(うん、少し塩分が、多いかも)
 改善点である。先輩ももぐもぐ食べる。食べ終えると、食べたフォークを皿に寝かせた。パスタの皿である。こちらはキッシュと比べて減りは少なく、麺が伸びないかが不安だ。「なぁ」と先輩が尋ねてくる。ペペロンチーノを巻きながら、チラッと先輩の方を見た。頬を掻いている。
「やっぱり、クリスマスっていやぁ、ディナーとかに連れて行った方がよかったか?」
「先に色々とあるし、普段の積み重ねが大事なのでは?」
「はっ? そういう問題か? なんか、他にもあんだろ」
「クリスマスの日に、別れを切り出したカップルもいるらしいですよ」
「は?」
「なにをどう過ごすかですし、少しくらい特別な感じを拵えただけでも、充分なのでは」
 ほら、と空になったキッシュをパスタを巻いた皿で示す。「普段食べれないものを食べれましたし」そういってペペロンチーノを口に運べば、顎杖を衝いた先輩がジト目で見てくる。「そういう問題か?」「そういう問題です」少なくとも、そういう気持ちが先輩にあるというだけで、充分に嬉しい。
「そうですね。一つだけ、我侭をいえば」
「なんだよ」
「もこもこの泡風呂で、先輩と一緒に入りたい、ですかね。ほら、泡風呂って色々と大変ですし。滅多にできないじゃないですか」
「よし。ちょっと買ってくる」
「今から? ちょっと、無謀なんじゃ」
「飛ばせば、なんとかなるだろ」
「そういう問題?」
 と言い終わらない内に、パスタを食べていく。「そんな、調べながら食べなくても」「コンビニでも売ってるらしいぜ」「そうですか」本当は、自分で店に行って選びたいくらいなのだが。まぁ、この時間帯から開いてるのはない。今度に回すべきか。皿の中がすっかり空になる。ペロリと平らげた先輩が、急いで出掛ける準備をした。「他にも買っておくか?」「いいえ。次するときは自分で選びたいので」「そうか」じゃ、一足遅いクリスマスプレゼントになっちまうな、と先輩がいう。
「え?」
「えっ? いや、クリスマスプレゼントになるだろ? お前の好きなもんを買うってだけで」
「いや、それはそうですが。だとしたら、私も先輩にクリスマスプレゼントをあげるべきなのでは?」
「馬ぁ鹿。いるだけで充分だよ」
 んじゃ、行ってくる。といって先輩が出て行く。えっ、そんな無欲でいいのか? 本当に? と思いながらも、閉じた扉から聞こえるのは走る音だけだ。勢いよく階段を駆け下りている。
 玄関を見つめて暫し、呆然とする。(まぁ、いいか)後で聞くのもありだろう。帰ってこない、なんてことはないはずだ。
 のろのろと立ち上がる。こんにゃくのおかずは残って、今日作った分は綺麗に腹の中だ。片付ける前にこんにゃくのおかずをつまみ食いして、冷蔵庫に戻す。使った食器も洗って片付けて、水を切る。(乾燥機もほしいな)今度、やりくりしてお金を作ってみようか。そう考えていると、ガチャっと扉が開く音がした。先輩が帰った音である。
「あった」
「そうですか」
 今日は泡風呂に決定のようである。


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