クリスマス前雑談(卒暁後)

 ヘッドフォンで音楽を聴く。無音での作業は流石に辛いからだ。(今年ももうすぐ終わりそうだし)あと四日でクリスマスイブ、それから年末。色々とやることが多い。(普段からコツコツとやればいいと思うけど)限度がある。やれる人とやれない人にも、世の中は大きく分けられるのだ。
 チラッとページを捲る。確認してから作業に戻る。ヘッドフォンから流れるサックスやトランペット、ドラムの音が心地いい。時折柔和なピアノの音も聞こえる。(あとは、これをこうして)考えていると、先輩が後ろから抱き着いてきた。ついでに曲も終わる。次に流れたのはムードの良い曲で、スッと項に唇を這わせてくる。(なんか、こう)先輩に聞こえてないとはいえ、少し擽ったい。項を唇で撫でたあと、軽く背骨の方へ吸い付いてくる。ビクッと腰が跳ね、先輩の腕を掴んだ。(何気に腰をしっかり抱き締めてるんだよなぁ)今ので動揺も伝わったと思う。少し振り向くと、先輩が肩に顔を埋めていた。襟首が開いてる分、ズラしやすい。カプっと噛み付こうとしていたところだった。
「あの」
「あ? なんだよ。別にいいじゃねぇか」
「見えてます? これ。今、聞いてる最中」
「見りゃわかる。身体がその気じゃないってことくらいもな」
「本当、デリカシーのない人ですね。それ、外でいったらわかります?」
「へいへい、わぁかってるよ」
(本当だろうか?)
 今一信用ならない。ジトっと目を細めて、先輩の動向を伺う。会話をし終えて鼻を埋めようとしたんだろう。その状態で、先輩が顔を上げた。先輩もジト目で返してくる。
「んだよ。信用ねぇなぁ。要は、外でいわなきゃいいんだろ? いわなきゃ」
「そういって、散々未遂や実行をしたから信用ないんですよ」
「といいつつ、俺から離れない癖によ」
「うるさい」
「これでも注意はしている方なんだぜ?」
「その努力がふとしたときに崩れ落ちてる」
「仕方ねぇだろ。いっちまうもんは、いっちまうんだからよ」
「そう開き直らないで」
 といっても、直らないんだろうなぁ。散々いっても、これだし。もう先輩の、渦の性の根なんだろう。言葉の応酬を繰り返しているうちに段々と顔が近付いて、渦が少し身を乗り出してキスをした。なんか、こっちの応酬がこないうちに、カプッと。(本能に動いたんだろうなぁ)私も私で、いつ噛み付いてやろうかとは思ったけれども。暖房をかけているから、部屋の中は乾燥している。渦の唇も、ちょっと乾燥している。かさついていた。(私も、リップクリームを塗らないと)渦が顔の角度を変えたことを見て、私も楽にした。渦の肩に頭を預ける。(いいな、この椅子)渦は人間だけど。でも、体温と包まれてる感じがちょうどいい。
「リップクリーム、塗らないと」
「あ?」
「渦の唇、かさついてたから。塗らないと」
「お、おう。で、塗ったらどうするんだよ?」
「キスしてくれると思った?」
 そう尋ねると、渦が黙る。顔が真っ赤だ。どうやら図星らしい。「あっても間接ちゅーまでですよ」「なんでだよ」「リップクリーム、ないでしょう? だから」「んだよ。つれねぇなぁ」はー、と溜息を吐きながら凭れかかってくる。ちょっと重い。
「渦のリップクリームも、買った方がいいかも」
「千芳と同じ味でいいぜ。そっちの方がいいだろ」
「味じゃなくて、メーカー。確かに香りがするのはあるけど」
「あ?」
「そんなに、味がしたっけ?」
「お前の味がする」
(それは、えーっと)
 つまり、私の食べたものと唾液の味なのでは? そう突っ込みたかったが、控えておいた。「リップクリーム食べても、同じ味はしませんよ」「アホか。俺ぁそんなに馬鹿じゃねぇよ。満艦飾じゃあるまいし」「あぁ、マコちゃん、というか満艦飾家だったらやりそうな気が」「あの家族、随分とたくましいからなぁ。コロッケにして、いや流石にそこまではしねぇか?」「さぁ、どうでしょう」そこらへんのミミズもコロッケの具材にするし、食品見本をオカズに見立てて白米を食べる家族だ。生命力は雑草の根が如く。どこまでもたくましくて図太い。『リップクリームを食べない』と断言することはできなかった。
「まぁ、食べてもお菓子みたいなものまででしょう。ほら、あるじゃないですか。駄菓子とかで、化粧品に見立てたヤツ」
「あ、あぁ。あるよな。いくら満艦飾家でも、んなのを食べたりとかは、しないはず。だよな?」
「うん。ちょっと、自信なくなってきた」
「だよな」
 なにせ好代さんのコロッケは、どんな具材だろうと世界一のコロッケにしてしまうほど。それに小刻みにしたリップクリームを入れられたとしても、到底気付けはしないだろう。ついでに、リップクリームの中には、子ども向けとして本当に味の付いているやつがある。それが溶けない限り、見分けることは──とてもじゃないが、難しいと断定できる。それほどまで、好代さんのコロッケの魔力は恐ろしい。
 先輩が、ギュッと肩に腕を回して抱き着いてきた。
「食うもんに困ってるようだったら、こんにゃくを分けるわ」
「先に話を聞くのが先ですよ。まぁ、こんにゃくの切れ端だったら大丈夫だと思うし」
「おう。あっ」
「なんですか」
「思い出したんだけどよ。千芳、今年のクリスマスはデパ地下で過ごさねぇか?」
「はっ? なにそれ。どういうことですか」
「いや、よ。なんか美味いもんが、その時期に揃ってるって蛇崩から聞いて。だったら、そこで美味いもんを買って一緒に過ごさなかっつー」
「あぁ、はい。とりあえず、食べるのは家で?」
「おう。レストランとか、そっちの方がいいか?」
「いいえ。ドレスコードを仕度する時間もありませんし。なら、気分だけでシャンパン」
「シャンパン? 買うのか? それともシャンパンみたいなのをか?」
「いいえ。ちょっとお高めのを買うんです。ちょうどボトル七五〇か三五〇くらいでいいかな。そう馬鹿すか飲む物ではあるまいし」
「ふーん。四天王の面子で飲むときは、馬鹿すか飲む癖によ」
「あれはお酒を楽しんでいるだけです。飲酒は適量を楽しむべき」
「そうかねぇ。まっ、雰囲気で楽しむってのもわかるけどよ」
「でしょう? なのでお高めで量もほどよく、一リットル以下のシャンパンを買う!」
「デパ地下でか?」
「先輩が先にいったんでしょう」
「そうだけどよ」
「それに。ワイン専門店まで足を運んだら遠いですし、なにより他のも買う! デパ地下であるものでするなら、ワインもデパ地下で買った方が味に食い違いが起きないでしょう」
「くいちが、なんだって?」
「シェフの出す料理やコースを自宅で再現するなら、素人には無謀だって話です。デパ地下で充分ですよ」
「お、おう。なんか納得いかねぇが」
「先輩、ワインに疎いんですから買うなら日本酒の方が嬉しいですよ」
「待てやコラ。そいつぁ、いったいどういう意味だ!? え!? ワインなんてもんは、白か赤かで分かれてるもんだろ!?」
「いーえ、他にもスパーリングやロゼなど産地やブドウや用いる品種などで色々。まぁ、私も詳しくないんですか」
「犬牟田や蛇崩に聞いた方が早いか?」
「いーえ。今回は、私たちだけで選びましょう。そういう楽しみ方も、あるんですから」
「そうか?」
「そういうんですよ」
 考えただけで、ワクワクしてきた。予算はいくらまでにしようかな? 広げた両手の指同士を合わせ、先輩の胸に凭れかかる。「予算は、一万円くらいで?」「まっ、いいんじゃねぇの? たまにはパーッと使ってもよ。おせち料理が、ちょっと苦しくなるとは思うが」「あぁ、じゃぁ予算は五千円までで。それだとお酒が」「高くて千円かそこらだろ?」「いえ、良い物だと量が少なくても二千円や三千円が出ることもザラ」「マジかよ」「なので、あぁ。デパ地下の予算を五千円に抑えて、ケーキを他で買えば。ケーキ屋さんの方が美味しいし」「ふぅん。まっ、お前の好きなようにやりゃぁいいぜ。俺ぁデパ地下で買うついでにこんにゃくの市場調査をだな」「クリスマスに日本調理を?」ちょっと驚いた。
 もう少し先輩と話す。完全に、作業のやる気はなくなっていた。


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