新規案件(卒暁後)

「よっしゃ! 今年こそは、こんにゃくのお菓子を大繁盛させるぞ!」「やめてくださいね」意気込む先輩を押さえ、当日を迎える。──『こんにゃくのお菓子』といっても、開発に何年かかるんだろう。それに、既存の主要なユーザー層は若い女性だ。男性でも体型を気にするモデルの職業も、購入層に入る。ついでに子ども向けで甘いやつを作るにしても『葛切り』という大きな壁がある。見た目も似ていて、唯一違うのは食感。既に料理の食材として単体のイメージが付いた『こんにゃく』で、どう差別化を図るのか──。そんなに先輩が簡単にいうほど、思ったより簡単ではない。
 ピークを過ぎ、今日の売上を計算する。(今月は、まずまずか)お菓子を強請る層については、ある程度予測を付けている。その対策で使った費用を計算に入れても、今月は黒字だった。といっても、気を抜けないほど微細な黒字である。(そこから、さらに生活費を抜いて)ここは、業務用と別個にするんだっけ。そう思っていると、先輩の声が聞こえる。外からだ。どうやら、今日は早く帰る日らしい。いや、小学校の低学年だと早いんだっけ? (まだ、三時)先輩は店の前で掃除をして、子どもたちが面白半分に絡んでいた。「あれ? こんにゃくの兄ちゃん、今日はどうしたんだよ」「こんにゃくの押し売りはしないのか?」「うるせぇ! 今年は、こんにゃくを使った菓子はない!! 試作品は、来年に期待するんだな」「ちぇー」「タダで貰えると思ったのに!」「おい!!」「やーい、ケチンボ!」「尻に引かれてんでやんのー!」「おい、ちょっと待て。そこのクソガキ。今、なんつった!?」「わっ、クソガキっていったよ。この兄ちゃん」「通報だ、通報!」「や、め、ろ!」子どもたちにいいように玩具にされている。仕方ない。実際に通報されると困る。一旦仕事を中断し、外に出た。
 ガラッと扉を開けると、一斉に注目を浴びる。なんだ。ほぼ透明なガラスなんだから、中からは丸見えだったんだけど?
「え、っと」
「あ、彼女だ」
「彼女だ! こんにゃくの兄ちゃんの彼女!」
「やめろ!! 困ってんだろッ!」
「でも、めっちゃデレデレしてんじゃん」
「そうだ、そうだ!」
「ば、場所を考えやがれ!! とりあえず、これ口止め料な」
「ちぇー、なんだよこれ」
「こんなのじゃ足りないぞ!」
「くっ、くっそぉ」
(そんなのだから遊ばれるのでは)
 というか、精神年齢が子どもと同じなのか合わせてるのか、後者だろう。私が渡した対策用のお菓子を渡している先輩に、頭を抱える。溜息が出た。「あっ、そうだ」子どもの一人がいう。
「今日、ハロウィンじゃん! トリック・オア・とりぃーっく!」
「それだとトリックとトリックだろ」
「お菓子の悪戯でいいかな?」
「さっすが! わかってるー!」
「こんにゃくの兄ちゃんよりもわかってる!」
「おい!!」
「先輩も。trick or treat=H」
「あ、あぁ。って、俺はまだ強請られてないぞ!?」
「そうだ、兄ちゃんも寄越せよ」
「もっとくれよ」
「こっ、このガキンチョめッ!」
 プルプルと先輩は震えるが、注意した方がいいんだろうか? いや、よくない。子どもたちも、こうした先輩の反応を楽しんでいるようだし、このままにしておいた方がいいんだろう。「ほら」肘で先輩の腕を小突く。「くっ」悔しそうな先輩の視線が刺さったが、無視することにした。「仕方ねぇなぁ」渋々といった風に、先輩がお菓子を出す。
「今回だけだぞ」
「やった!」
「これでオヤツ代が浮いた!」
「あー、良かったな。次からは、こんにゃくの試供品をくれてやる」
「いいよ! こんにゃくだらけになるし!」
「えこひいきはよくないって話だぞ!」
「お前らなぁ!!」
「やべっ! 逃げろ!」
「こんにゃくの兄ちゃんが怒った!!」
 思えば、さっきからずーっと『こんにゃくの兄ちゃん』呼ばわりである。
 チラッと先輩を見る。生意気な子どもたちへ怒る素振りを見せた先輩は、腕を組んでいた。「ったく」いうほど怒りは感じていないようである。
「依怙贔屓、してたんですか?」
「ぐっ!」
 この反応を見るに、していたんだろう。私の見ていないところで。続けて尋ねる。
「もしかして、売れ残ったこんにゃくとかを?」
「べっ、別にいいだろ。捨てるよりかは誰かに食われた方が、こんにゃくも浮かばれるってもんだ」
「売れ残ったお惣菜も?」
「すぐに食べれていいだろ? あっ」
「はぁ、もう」
 道理で最近、数とお金が合わないだけだ。現金を持ち出していない分、まだマシだけど。
「今度からは、相談してくださいね。私も、色々と考えますから」
「お、おう」
 ハロウィンの日に、どうやら考えることが増えたようだ。少し、経理について思いを馳せる。(うん)この手のことは、専門家に尋ねた方がいい。どう連絡するか情報を手に入れるか、手段について考えた。
「ん?」
 先輩がなにかに気付いた声を出す。クルッと私の方を向いた。
「いいのか?」
「いいですよ」
 どうせ昔からやってることだし、変わらないだろう。そういう前提の元、先輩の行動に許諾を示した。しばらく家計は苦しそうである。


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