ホラー映画鑑賞(卒暁後)

 ある日、千芳が俺の裾をギュッと握ってきた。(なんだよ、チクショウ。可愛いな!)っつーのは、出ないようキュッと唇を振り絞った。「んだよ」目を細めちまっても、嫌でも分かる。(クソッ、かわいいな!)上から見下ろしても、千芳は変わらず俯く。俺の裾も掴んだままだ。なにがあったのかは不明だ。この状態で、千芳がいう。
「怖い映画の続編が出たので、ちょっと一緒に見てみません?」
(なんだよ)
 ただの映画のお誘いか。(んなに怖ぇなら、見なければいいだろうに)それでも続きが見たいんだろう。千芳と一緒に問題の映画を見た結果、千芳が頭を抱えた。どうやら困惑しているようである。
「これ、ギャグの方へ転身したっけ? 可笑しいでしょう」
「おいおい」
 まさか、これでビビってたのか? 確かに話に聞く殺人鬼が大人しく二人で並んで座っていることは、シュールっちゃシュールだが。無能な警官のシーンが続き、現場に入る。どうやら、ここから展開が変わるらしい。「ヒッ」と小さく千芳が息を呑んだ。ついでに俺の腕をギュッと掴んでくる。(可愛いことしてくるな、コイツ)そこからどんどん不穏な雰囲気になり、暗くなってきた。千芳も千芳で身構えているようだ。なんにも分かってない俺へ、千芳がいう。
「前作の主人公が死にました」
 なるほど、死んじまったのか。この警官が? と聞けば千芳が首を横に振る。「今、飛び付いてきた方」なるほど、あれか。「アレに汚染されると二度と逃げられないんですよね」そして、と続けるが映画は続いてるぞ。一時停止を押した方がいいか?
「前作の主人公が敵側に落ちて恐怖の対象になるの、非常に怖いんですよねぇ」
「へぇ、にしても。コイツ、ヘッポコだな」
「ちゃんとあらすじにも書いてあったでしょう? 『新米警官、恐怖心に打ち克てるか』って。これもキャラクター性の一つですよ」
「ふぅん。に、しても無能ばかりだな。この様子じゃ、ちっとも勝てないぞ? 全滅だな、こりゃぁ」
「無能が尤もらしく死ぬのも、敵役の残虐性と人外を強調させるものなんですよ」
「人外、ねぇ」
「『人の常識が通じなくて恐ろしい』方の意味ですね」
 と会話を続けていると、二転する。「あ、コイツか」「どういう意味だよ?」「前作でのキャンプを仕組んだヤツ」「元凶か?」「こういうキャンプを企画した人ですね。元凶ではないです」映画の中で停電が起きた。
(先に、前作を見た方が楽しめたか?)
 とはいえ、千芳はそれを望んではないだろう。そうだとすれば、誘う前に俺へいうはずだ。「その前に、前作を一緒に見ましょうか」ってな、うん。それがないということは、つまりそういうことなんだろう。
(そんな無防備で、大丈夫か?)
 と思ったら、一人が死んだ。「コイツが、前作の主人公か?」千芳もしてたもんだから、俺も一旦巻き戻す。「うん、すごく、変わりよう」どうやら絶句しているようだ。映画の中で、腸が引き摺り出されている。
「ソーセージかよ」
「やめてください。暫く食べられなくなる」
「んだよ。意外と繊細だなぁ。見慣れてるんじゃないのか?」
「そんなわけ、やっ、これは冗談にならないからで。人肉ハンバーグ、食べたい?」
「げぇ、そんなのお断りだぜ」
「そういうこと。うーん、サクサク進む」
 想像しただけで食欲が失せるな。「元プロとして、今の判断はどうよ?」「間違ってないと思う」ホラーといえども、どこがテンポがコメディめいたところはある。こういう軽口を挟める暇もあった。
「ぶっちゃけ、本能字学園に置き換えると」
「はい」
「野外活動の得意そうな文化部のサバイバル部と小回りの利く運動部のアーチェリー部とで捜索に当たらせるよな?」
「念のため、サバイバル部とアーチェリー部の混合ですね。近接はサバイバル部でも充分かと」
「んで、敵の能力を見誤って全滅と」
「生命戦維自体に人の命を奪う能力は、まぁないはずだろうと思いますし」
「片太刀バサミで纏博士が殺されたってヤツは? 結局、博士はアレで殺されたんだろ?」
「まぁ、殺そうと思えばですね。同じ片太刀バサミの使い手である纏流子は、殺さず生命戦維だけを吸収していたでしょう?」
「神衣『鮮血』でな」
 ふと、映画の中でトラバサミで両手が手首の上から全て切断される。
「なんつートラップ」
「綺麗な切り口ですね。ホラーの恐怖を少し和らげ、あっ」
「もう先回りして全滅させていたのかよ」
「元々の元凶を、根絶やしにしたとか? 復讐が動機?」
「っつーか、まだキャンプやってたのかよ。事件が起きた後だろ?」
「スマホやパソコンが使えない情報の遮断されたキャンプ、って前提知ってます?」
「情報遮断か」
「運営も遮断していた分、伝わらなかったんでしょうね」
 といってる間に、恐怖演出の音楽が入った。お化け屋敷に入ったみたいだな、これ。ゆっくりと近付いてやがる。
「どうなるんだ?」
「シッ! 今、いいところだから」
「なにがだ?」
「生死の確認が、今流れたでしょう? あれからどんでん返しがあったりするんですよ」
「へぇ。わかんねぇ楽しみ方だな。またコイツ、腰抜けなことをいってるぜ」
「一般人だったら誰だって命がほしいと思う。臆病な人間の特質を衝いて」
「いったな」
「いいましたねぇ。現場は混乱だ」
(で)
 恐怖映画っつーのは? 千芳は淡々と見ている。映画の登場人物が最もなことをいった。娼婦なのか、コイツ。「もしかして、前作のパトカーに出た」知らん。「あのナチス崇拝なら、コイツら遭遇したってことじゃん」そのとき千芳が首を傾げた。
「なら、今の町の様子って」
「全滅か大人しくしているかの、どちらかじゃねぇのか?」
「もしくは日の光が苦手だから、大人しくしていただけとか」
「血に飢えた化け物かよ」
「そういう描写もある」
「げぇ」
「みんな希望と夢を持って、人間臭いね」
「それで、このあと全滅ってか」
「今までの系譜を見ると、その線が強そう」
 千芳が同情する。(っつーか)ホラー映画見た後は盛り上がるって聞くが、全然盛り上がられそうにねぇな。これ。心臓鷲掴みかよ。
「ギャグだな」
「一人の希望と夢に溢れた計画で、全滅へ至りますね」
「己の力量を弁えて盲目にならねぇことが肝心だな」
「身に沁みますね。とても刺さる」
「全体的に皮肉ってんのか?」
「恐ろしい出来事に直面すると、人間って本性が出るものなんですよ。あっ、死亡フラグ」
「フォローしてそれかよ」
 お前もお前で、結構酷いことをいってんな。「素手でバラバラにしてるのかよ」「こういう人外じみたのも恐ろしさのひと、あっ。生首持って進行している」確かに、髪が抜けていた。
「ひでぇ」
「身代わりにして生贄にした……」
「おっ?」
「あ、ここで正体を現してからの、これは酷い」
「主人公が、なんだって?」
「これもトリックの一つかもしれないし、闇のヒーローと同じ手法では?」
「わかんねぇな」
 こういう楽しみ方も、あるのかね。「これが?」「こういう変身の仕方は嫌だし、コイツも堕ちましたね」「身代わりにしたヤツへ復讐しに行くのか」「かもしれませんね」「地球外生命体、怖ぇな」生命戦維の方がまだ大人しいとさえ思えるし、コイツら同族だと喋れるのかよ。意識もあるのかよ。
「色々と突っ込みどころがありすぎるな」
「これはパート三が、ますますコメディへ落ちることは間違いないですね」
 千芳がなにかしらの確信を得ていると、怪物同士が話し出す。
「で、ここから正義のヒーローになるってか?」
「それであらすじのテロップを回収するのでは?」
 ギュッと俺にしがみ付く。飽きたようだが、俺から離れる様子は毛頭もなかった。(俺としちゃぁ、これでいいがよ)千芳としてはどうなんだ? 前作ほど恐怖が薄らいだらしい映画を見て思った。


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