突然の冬の寒さ(卒暁後)

 服を脱いだものの、シャワーに入るのも億劫だ。なにより寒いし、今は渦が入っている。汗が染み込んだのを脱いでも、身体に染み込んだ汗を拭けるわけではなかった。「寒い」口に出して紛らわせようとするが、なにもならない。身体を抱き抱える。例え「暑い」と口に出しても寒さが身に沁みるだけで、なんにもならないだろう。適当に着るものを探すが、なにもない。(いや、あった)渦がかけたアウターを手に取り、袖に手を通した。しっかりと着込む。(温かい)持ち主が脱いでから時間が経っても、アウターの保温性は変わらない。一番上まで留めて、ぶかぶかの裾をどうにか引き下げる。(足りない)肩も落ちるし、胸や胴回りもブカブカだ。(こんなに、体格差があったとは)男と女の性差を思い知らされる。
 リビングに置いたブランケットを広げ、裸足の足に被せる。これで、この周りは大丈夫だ。カーペットの上でゴロンと寝転がり、スマホを触る。
(軽い食事の用意もしたし、洗い物もした。あとは、なんだろう。シャワーを浴びて歯を磨いて寝るだけかな)
 あっ、経理の方はどうしよう。少し進めた方が、いや後にしよう。もうシャワーを浴びて眠りたい。けど確認と息抜きをしなきゃ。(少しでも、進めて)こういう現代社会の僅かな時間でもクリアできるように、スマホアプリというものは進化したのかもしれない。(小さな成功体験でも、大事だと聞くし)多分、そういうことなんだろう。ボーッと分析をしたら、渦が出てきた。「なっ!?」と驚いた顔をしつつも、徐々にジト目になっている。お風呂上りの顔が、赤くなっていた。──その湯気は、お風呂上りによるものだと思いたいけれども。
 渦がどかどかと、大股で近付いてくる。
「なぁに俺のを着てんだよ。寂しかったのか?」
「それより寒い」
「寒いからって、お前な」
「なんだって、こんな急に寒くなったのか」
「知らねぇよ。俺が出たすぐだから、まだ温かいぜ?」
「やぁあだぁ、うぅ、ずー」
「へいへい。んな駄々を捏ねるんじゃねぇよ。千芳にしちゃぁ、珍しいな」
「なに? 悪いとでも?」
「別に。物珍しいもんだと思ったまでだ」
「じゃぁ、明日雪が降りますよ。よかったね」
「そこまでのものかよ。それこそ、異常気象だな」
「とっくのように異常気象ですよ。ここまで寒いし」
「そうかぁ? 秋から冬へと飛んで、おでんの需要が増すじゃねぇか」
「笑い事じゃないですよ。色々と問題が、はぁ」
「んなに悩むから、寒さにへこたれるんじゃねぇの?」
「じゃぁ、先輩の【あの】部分も、寒さで縮まらないってことですか?」
 そう下ネタで返せば、先輩がムッとする。「お風呂場では温まったんですか?」続けて逆鱗を触れば、ますますムッとする。目にしたこともあるし、渦が目にさせた分もある。渦の反論なんてないのだ。そのままずるずると、脱衣所に連行されて、浴室へ入れられそうになる。
 渦の手が、アウターの留め具にかかった。
「下、下着ですよ。見たいんですか?」
「こんなに色気のない誘い文句なんざ、初めてだ」
「誘い文句じゃないですから、ね。恋人にお節介を焼きたい気持ちなんですか?」
「ばぁか。お前が風邪を引かねぇようにと心配してるんだよ」
「やっぱり、お節介焼いてる」
「恋人の健康を願うことは、当然だろ」
(あっ)
 ほんの少しだけ顔が赤くなった。それにジト目。渦の肩に手をかけて耳元で囁くようにしても、効果なし。今のように返せば、私が使った『恋人』の名を借りてそう返した。(本心なんだろう)それでも渦の手は止まらない。ポツポツとアウターを脱がせていく。
「エッチなことをしたいんですか?」
「雰囲気もクソもないようなことをいうなっ!」
「酷い。言葉自体は、とっても雰囲気あるのに」
「この状況が、そんな雰囲気じゃねぇだろ! チッ、まさか俺がツッコミ役になるとは」
「渦、つっこまれた側になったこと、あったっけ?」
「そっちの意味じゃねぇよ。本当、珍しいな。お前の口から、んな下ネタが出るとは」
「寒いからですよ。寒いから、軽口叩いて忘れようとする」
「ふぅん」
 そう渦が疑うような目で見てきた。腰に巻いたブランケットは、外されない。アウターの前を開かれたものだから、スースーと風が入って寒い。気温一〇度は伊達じゃない。夜中だから、直射日光の恩恵もなかった。渦が、スッと近付く。ちゅっと米神の付近にキスを落としてきた。
「珍しい」
「なにがだよ」
「渦が、そんなところにキスをしてくるだなんて」
「お前が珍しいことを連発するからだろ。だから、俺も珍しいことをしてやったまでだ」
「へぇ」
「なんだよ」
「張ってる? 意地というか、張り合ってる?」
 あっ、なにも答えないんかい! 渦が無言で私を見ると、スッと目を閉じて別の場所に口付ける。今度は左の前頭葉付近だ。本当、いつもとキスをする場所が違う。私を寒くしないよう、アウターの襟元を首へ少し寄せてくれた。(それならそうと)前を全開にしないでほしかった。
「寒い」
「だったら、すぐ入れよ。まだ温かいぜ?」
「渦が邪魔だし、脱衣所の室温自体が寒いから」
「浴室の湯気を持ってこいと? それこそ、黴が繁殖しちまうだろ」
「うーん、それが一番手っ取り早いと思ったんだけど」
「寒さで脳が鈍っちまったか?」
「低体温になると、脳の思考回路が鈍るといいますし」
「だったら、尚更入っちまった方がいいだろ」
「渦にしては珍しい。この場で襲わないだなんて」
「いつまでも性欲まっしぐらの猿じゃねぇってことだよ」
 自覚はして、あっ、気にしてはいたんだ。渦の手がブランケットにかかる。流石に、その気もないのに、ここまでしてもらっては悪い。渦の手を止めた。
「待って。自分で脱ぐから。あと、これ。返すね」
「へいへい、元から俺のなんだがな」
「知ってる。あと、着替えも持ってきてね」
「しゃぁねぇなぁ。これは、一つ借りだぜ?」
「小さな借りだね」
「ちょっとしたときに返してもらえるくらいのな」
「それはそう」
 そこからエッチな話の流れにもならないから、本当渦にしては珍しい。アウターを抱え、脱衣所を出ようとする。渦が背中を向けたことを見て、ブランケットを外した。
 肩にかける。
「おい!」
「ちゃんと脱ぐって! お風呂にも、今入るんだから」
「だったら、いいんだが。そのまま風邪引いちまったら、目も当てられないぞ?」
「どこぞの誰かさんじゃないんだから」
「ばぁか。俺はそんなことで、風邪を引いた覚えもねぇよ」
「貰い風邪で我慢して、倒れかけたどこぞの誰かさん?」
「ぐぅ」
「脱ぎますから、今。それとも見たい?」
 そう尋ねてブランケットで隠しながら外そうとしたら、渦が肩越しに見つめてきた。その顔は赤いし、耳まで赤い。オマケにジト目だ。
(スケベ)
 素直な渦の反応に、思わずムッとし返した。


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