中秋の名月に玉こんにゃくと傷心(卒暁後)

 今日は中秋の名月で、ちょうど満月と重なった。猿投山こんにゃく本舗とはといえば、本店の方は売上が良かったのらしい。「こっちの団子は売れた」と、嬉しそうな声で吉報が入る。猿投山の兄と計画したこんにゃく粉入りヘルシー団子は軌道に乗ったようだ。一方、輪廻堂高校の地域に構えた支店はというと、猿投山が崩れ落ちていた。材料から食料のこんにゃくを製造する身、膝と手は床に着けなかった。代わりにカウンターに凭れかかる。「くそったれ!!」玉こんにゃくの売れ行きは悪かった。
「何故だ、どうしてだッ!? 中秋の名月だろ!? だったら、月見団子の代わりに玉こんにゃくを供えて月見をするんじゃないのか!?」
「しないよ。本当、作りすぎても明日に回せるからいいものを」
「ちっくしょぉ、新鮮なこんにゃくが!!」
「はいはい。お惣菜に回しましょうねぇ」
「くっそぉ」
(それをいったら、袋田スーパーに下ろしているものとかは、いったい)
 キチンとアルカリ水に浸けた状態で密封しているからいいものの、厳密にいえば新鮮ではないのでは? そう思いつつ、千芳は表に出したこんにゃくを仕舞った。たぷんたぷんとボウルの中で、玉こんにゃくが揺れる。「あぁ、スーパーボールのように持ち帰るようだと、小学生には人気出そう」「いいな、それ。今度、色でも付けてみるか?」「白こんにゃくでないと、難しいのでは?」「クソッ! でも試してみる価値はあるな。こんにゃくの啓発にもなる」「はいはい」こんにゃく一辺倒しか考えない猿投山に、相槌を打つ。返事は適当だ。軽くボウルで掬って、こんにゃくの状態を見る。どれも昨晩から今朝にかけて作りたてのものだから、腐っていない。異臭もぬめりも、形が崩れるなんてことはなかった。
 ラップをして、業務用冷蔵庫に入れる。使ったお玉は洗った。既に厨房は片付けがされており、どれも洗浄済みだ。玉こんにゃくのヤマが外れた猿投山は、悲しそうに団子の一つを食べる。
「なんだって、同じ一口なのに、こっちが選ばれるんだ。んっ、これは中々」
「コラボって知ってる? 中の餡子もこだわりましたからね。味の評判も良いんですよ」
「へぇ。いつの間に、こんなことをやってたんだ?」
「渦のお兄さんと結構前から相談していて。それでようやく、期間限定で出せたというわけ」
 そう内情を話せば、猿投山がムッとする。自分ではなく兄に打ち明けたことが、気に障ったようだ。「俺には相談しないのかよ」「しても、こんにゃくしかいわないでしょ?」「そりゃぁ、そうだが。なんだってなぁ、こんにゃくは凄いんだぞ?」「はいはい、こんにゃくは体の砂払い、砂払い」「適当にいってんじゃねぇ!!」「ごめんって」堪忍袋の緒が切れた猿投山に呆れつつ、千芳は謝る。
「けど、ここまで形になるまで、話は聞かなかったでしょ?」
「ぐぅ」
「だから、渦のお兄さんと話したわけです。経営ですからね。ビジネス」
「くっ」
「経営上、ですからね。ビジネス」
 強く念を押すと、猿投山の皺が緩くなる。しかめっ面のままだが、先の怒りは収まっていた。別の疑惑だけが、眉間に薄く寄った皺に残る。
「それ以上は、ないっていうのか?」
「ないない。身内ですよ?」
「でも、兄貴の方が、頭は、俺より良いだろ」
「経営とビジネスの話をしただけだって。渦、そういうのに弱いから」
「ぐっ!」
「本舗と製造の相談をするなら、渦のお父さんの方だけど」
 そう別の場合を持ち出したら、チラッと猿投山が千芳を見た。「本当だろうな?」覗き見した眼が物語ってる。「そうだって」千芳は呆れながら、口にした。
「好きなのは渦だけなんだから。ねぇ、考えが外れたくらいで、そう嫉妬で拗ねないでくださいよ」
「拗ねてねぇ! ただ、こんにゃくの良さが伝えきれなくて悲しいだけだ」
「本当に片栗粉も餡子の妥協を許さないんだから、もう」
 いつかは頭を柔らかくして、理解してほしい。そう思いつつ、カウンターに突っ伏す猿投山の頭を撫でた。ぐすんと鼻の啜る音が猿投山から聞こえる。意外と猿投山の傷心は深かった。
 ──中秋の名月は、玉こんにゃくを受け付けない──。
 猿投山はまた一つ、学びを得た。


<< top >>
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -