結婚した夢を見た(卒暁後)

 寝付いて短時間で起床したという感覚があるのに、蓋を開ければこの時間だ。休日の起床時間に、千芳は無言になる。言葉を失うことを過ぎ、沈黙で事実を回避する時間ができた。昨夜の出来事で、多少腰が痛い。猿投山も疲れたのか、隣でぐぅぐぅ眠っている。(満足そうだな)熟睡する寝顔を見ればわかる。腰を擦りつつ、適当な服を着て起きる。猿投山が起きない以上、朝食を作るのは自分の役割だ。自然とできた、覚醒した者から朝食を作るというルールに従い、千芳はキッチンへ向かう。朝食といっても、既に昼食の時間だ。『ブランチ』といった方が正しいだろう。
 遅すぎる朝食を前に、鍋を取り出す。たっぷりと水を張って、沸騰するまでを待つこと十数分。その間に作るものを選んだ。パウチを取り出し、皿を用意する。昨日洗って干した食器を、元の場所に片付けた。
 パスタの目分量を量っていると、鍋の水が沸騰する。お湯になったことを見て、火を弱めた。グツグツと鍋の底から大量に生じた気泡が、段々と弱くなる。手にしたパスタの止め紙を外し、パァっと鍋の中に入れた。二人分のパスタが、鍋の中で自由に広がる。一本一本の隙間が空いていることを見て、塩を入れた。
(本当は、楽に作る容器の方が楽だけど)
 そちらの方が失敗は少ない。なのに、なぜ鍋で作るのか? そう考えていると、後ろから「ふぁ」と欠伸をする音が聞こえる。緩慢に頭を掻き、進めた足の向きを変える。のそのそと歩く音が近付き、気配も近付いた。ポスン、と千芳の頭に顎を乗せる。
「らーめん?」
 寝惚けた猿投山の問いに、千芳は首を横に振った。すっぽりと猿投山の腕の中に収まり、後ろから見るといることがわからない。グルグルと菜箸で鍋の中を回した。
「パスタ」
「ふぅん」
 興味ない、といわんばかりの返答だ。調理台の上にあるパウチを見て、声で名前をなぞる。「カルボナーラに、和風たらこ、ミートソースにペペロンチーノ、か」「嫌?」乗り気のしない口振りに、千芳が聞き返す。それに、猿投山が首を横に振って答えた。
「いんや、数が多すぎるなと」
「ギリギリまで決めようと思って。絞ったのが、結局それ」
「ふぅん」
 端的に言葉を省略しても、いいたいことは伝わる。猿投山は省いた背景を想像し、パウチに手を伸ばした。片手で千芳の肩を抱える。パスタの一本を抓んで、千芳は試食した。
「なにを食うんだ?」
「たらこかな」
「んじゃ、俺はペペロンチーノ」
 意思決定を下すと、脳の覚醒が上昇する。急激にクリアになった頭にクラリとしながら、猿投山は目を瞑った。千芳も同じものかと思い、髪にキスをする。意外と、そうでもないらしい。昨夜の情事の名残りで覚醒しきれていなかった。
 もう一本を試食する。歯応えのあるものが、柔らかくなっていた。余熱でどうにか誤魔化す。
「そういえば」
「ん?」
 スリスリと猿投山が千芳の旋毛に頬ずりをする。「あー」と言いたげに千芳は口を開けたあと、面倒臭くなって一言に纏めた。
「結婚する夢を見た」
「ん、はっ? あ? あぁ!?」
「退いて」
 危ないことをするというのに、退かない猿投山にムッとする。千芳の不機嫌に付き合うものの、衝撃はそこではない。千芳の発した一言だ。その夢の内容がどうしても聞きたくて、猿投山は千芳に付き纏う。ザルを出そうとした足が屈むよりも先に取り出し、シンクの中に置く。「ありがとう」と千芳は礼をいった。
「だ、誰となんだよ」
 ドクドクと心臓が煩く高鳴り、緊張で手汗が出る。ギュッと手を握り締め、千芳の返答を待った。もし自分以外の男か何者かとだったら、気が気ではない。ゴクリ、と固唾を呑む。バァッと鍋の中身が、お湯と一緒にザルの中に出た。
 お湯だけが、細かいザルの目を通り抜ける。冷えたシンクの面に触れて、湯気が立った。
「んー、渦」
「えっ」
 トクン、と期待で胸が跳ねた。今までにないくらい、純粋な跳躍である。顔に熱が集まる。
「和服だったよ。渦も黒い袴と上を着て、いや、袴はグレーだったかも。私は、黒い着物だったかな?」
「そ、そうか」
「変だよね。結婚式といえば純白かなにかなのに」
「いや、赤って白装束も、あると聞いたぜ?」
 しどろもどろに話す猿投山に、千芳が振り返る。その目に、疑惑の眼差しがあった。
「詳しいね」
「ちょっと、聞いて調べたからな。個人的に」
「ふぅん」
(突っ込まねぇのかよ!)
 そう渾身の指摘を叫びたいが、今だと千芳から邪険に扱われるだけである。パッパッとザルの水気を切る。パスタの水気を切り終えると、用意した皿に装った。手掴みで、猿投山の分と自分の分に分ける。心なしか、猿投山の方が多い。
「ソースは?」
「ペペロンチーノで」
 ムッとしつつ、猿投山がパウチを渡す。抱き着きたいが、今だとあしらわれるだけである。最悪、パチッと手を叩かれる事態もあった。顔を顰めつつも「頼む」と省略した言動で、千芳は受け取る。なにを選ぼうか、と自分の分を選ぼうとしたら、サッと猿投山が渡してきた。『和風パスタ』である。千芳が最初に選んだものだ。
「ありがとう」
 まぁ、これでいいか。そう千芳は適当に思いつつ、パウチの封を切った。


<< top >>
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -