雨の日のずぶ濡れ(卒暁後)

 肌に張り付く水滴と服の感触が心地いい。土砂降りの雨も、少しは良くなった。小雨だ。上着の中で鞄を抱え、エレベーターに乗る。ピーッと押した番号に着くと、降りた。軒先で絞ったこともあって、被害は少ない。暫くすれば、乾くだろう。外廊下を歩き、自宅の番号の鍵を開ける。帰ると、先輩が迎えてくれた。小さく「ただいま」といった声に対して「おかえり」場所が洗面所からだったから、扉を開ける音で気付いたかもしれない。心眼通で得た能力は、健在だし。踵を脱いで、鍵とチェーンをかける。靴を脱ぐと、靴下もずぶ濡れだ。(しまった)これは靴も乾かさないといけない。玄関先で靴下を脱いでいると、先輩が出てきた。ヒョコッと。すぐにギョッとする。
「げっ!? ずぶ濡れじゃねぇか! このままじゃ風邪引いちまうだろ!?」
「あぁ、部屋の中も濡れるし。まずは身体を拭かないとね」
「それだけの問題じゃねぇだろ。あー、掃除したのが、まさかこう回ってくるとは」
「あら、浴室の掃除をしてくれたの? ありがとう」
 多分、下心ありきでやったんだろうと思うけど。わざとらしく女性的な言い回しで伝えると、先輩が黙った。図星だろう。無言で服を脱がせてくる。水を吸って重い上着が、開いたジッパーで落ちかけた。その寸前で、先輩が掴んで防ぐ。私の肩も濡れていることを見たからか、ギョッと先輩が固まった。これで二度目である。自分の服を確認すると、肩だけじゃない。袖や胸も、雨を吸っていた。
(あら)
 これじゃぁ、久しぶりの先輩に刺激が強すぎる。鞄の中身が無事なようで、なによりだが。(これじゃぁ、教科書とか乾かさなきゃいけなくなるし)この手間が省けただけ、まだマシだろう。靴も乾燥させないといけないが。
 固まる先輩の前で、服を脱ぐ。これに反応したのか、先輩の顎が反れた。「うっ、ぉ」などと呻いて、視界から遠ざかろうとする。けれど、結局距離的なものは遠ざかっていない。ボタンの第二ボタンを外したところで、聞いてみた。
「先輩も一緒に入る? お風呂に」
「ぅ、ぁ、あっ」
 顔を真っ赤にして狼狽える先輩が正気に戻る。なにかを思い出したのか、ガックリ肩を落とした。
「クソッ、まだ張ってねぇ。今掃除が終わったばかりだ」
「そう。なら、その間にちょっとしてようかな」
「そのままでか?」
「まぁ、ちょっとは脱いで拭くけど。でも、珍しいよね」
「あ?」
「先輩がずぶ濡れじゃなくて、私がずぶ濡れなのって。いつもだと逆みたいなのに」
 私はリスクを回避して、先輩はお構いなしに突っ込む。それで私は雨を避けるけど、先輩は雨に当たって濡れ鼠だ。その世話を私がして、お風呂に突っ込んでから、それから。まぁ、色々である。それが、今では私がお世話されている。とりあえずトップスを脱ぐ。下着以外を脱ごうとしたら、ドンッと先輩が壁に手を着けてきた。なにか、息が荒い。フーフーと荒く息をしていて、顔にかかった。先輩が距離を近付けているから、当然である。(当たり前か)だって、こうして会うのも久しぶりだ。私だって、同じことをされたら我慢、できる自信はある。先輩からなにもされなければ。顔を反らす。先輩が、耳に口を近付けた。
「あまり、煽るなよ? 我慢にも限度がある」
 それだけいって離れる。私に背を向けると、片手で頭を抱えた。両目を隠して、俯く。耳まで顔が赤いし、フーフーッと荒い息を整えようとしていた。(ちょっと、つらいことをさせてしまったかも)ごめん、と思いつつ脱いだ靴と靴下を拾う。「ちょっと、あとでお風呂を張るね?」と予定を伝えたら、肩を掴まえる。後ろから抱き締められた。(あっ)同時に、お尻や腰の辺りに硬いのが当たる。(先輩、興奮しているな)雨の日の事故といっても、こんな始まり方はどうかと思うが。熱っぽい先輩の吐息が、耳にかかる。
「なぁ、千芳。いいか? もう、我慢できねぇ」
(さっきまでの威勢はどうした)
 といっても、似たようなことをされたら──うん、ちょっと実際に遭ってみないとわからない。スリスリと、先輩が身体を擦り寄せてくる。──「お風呂でやった方が、盛り上がりません?」──と聞きたかったけど、藪蛇。先輩の熱っぽい視線の誘いを受けながら、返事に迷った。(でも、昔より我慢ができるだけ)訂正、がっつくのは相変わらずだった。先輩が早急に服を脱がす。濡れた服が肌から離れると、先輩が頭を引き寄せてくる。グッと後頭部を掴んで、事に及んだ。お風呂に入れたのは、それが終わってからである。
 ピチョン、と水滴が落ちる。
「まだするんですか」
「今は触るだけだろ? わぁかってるよ」
 かといって手付きはいやらしい。当たり前か。先輩の触る手付きにゾクゾクしながら、耐えた。


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