カラオケ店での出来事

 カラオケ店にラーメンがあるとは、驚きだ。けれどラーメン屋と同じ質は期待できない。精々、カップラーメンと勝負できるかどうかだ。百歩譲って、パスタや唐揚げの類が食べられる方なんだろう。たこ焼きやおつまみの類の方が、場所の空気的に合っているのかもしれない。コンソメのスティックを食べて、皆が歌うのを眺める。(本当、元気だなぁ)私は歌う趣味はない。渦は、隣で熱唱してるけど。蟇郡先輩の首に腕をかけ、場の雰囲気に呑まれて熱く歌っている。マコちゃんは独自の歌にアレンジして歌ってるし、乃音先輩は音程を外さない。皐月様は安定してタンバリンで合いの手を入れ続けてるし、流子ちゃんはこれらの様子を見ているだけだ。犬牟田先輩はといえば、寝ている。(よくもまぁ、こんな状況で寝ていられるものだ)感心しつつも呆れてしまう。グイッとカルピスを飲むと、もう空になってしまった。とりあえず、入れてこないと。「ちょっと離れるね」「あ、おう」「変な輩には気を付けるんだぞ。文月」「大丈夫ですよ。皐月様。メキョっとやっつけちゃうんで」「犯罪は起こすなよ?」蟇郡先輩に念を押されてしまった。とりあえず、注文するなら待ってくださいとだけ伝えて、部屋を出た。やっぱり、部屋を出ると明るい。眩しさで目が痛くなってくる。ギュッと目頭を押さえる。一部屋分を通り越したら、渦が遅れて出てきた。「千芳」と呼び掛けてくる。その手に持っている物を見ると、空のグラスだ。いうまでもなく、渦が飲んでいた分である。
「待てよ。俺も行く」
「さっき、少し残ってなかったっけ?」
「別にいいだろ。細かいことは気にするなって」
「気にしますよ。歌ってる途中じゃなかったっけ?」
「敬語。二人きりなんだぜ?」
「今は。それと、他の人もいますし」
「他人だろ。他の部屋にいるやつは」
「そうですね」
 それもそうだが、皐月様たちがいる手前だ。最初からいるといないとでは話が違う。自然と気が引き締まる。ツンと胸を張ってたら、面白く感じなかったのか。渦がゆっくりと近付いてきた。少し前を歩いて、身体を私の方に屈める。唇にしなかったのは、距離的な問題だろう。チュッと頬にキスが降りた。驚いてグラスを落とす。咄嗟に片手で頬を押さえた。けれど渦はどこ吹く風だ。もう私から離れて、床に落ちたグラスを拾う。「あーあ」どうするんだ、と言いたげだ。けれどそうさせたのはどいつだ、と聞き返したい。まだ顔の熱さが引かないし、心臓もドキドキいってる。これで、帰ったりしたら絶対に冷やかされる。「なにしてるんですか」言葉尻を強めたはずなのに、声が掠れる。「ちょっと休もうぜ」渦が悪いことをいいだした。
「どうせ、このままじゃ戻りにくいだろ?」
「このために抜け出してきたの?」
「あ? ったりめぇだろ」
「本当、馬鹿」
 最初から戻ったら冷やかされることは確定じゃん。空気の読めない渦に、そう思った。


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