倒れた猿投山(在学中)

 運動部統括委員長猿投山渦が、朝一の部長会議が終わった後に倒れたらしい。場所は裁縫部家庭科室、極制服縫製ライン。裁縫部部長伊織糸郎と話していたときに倒れた。(どうせ、運動部の極制服について談義していたんだろうな)と文月千芳は思う。生徒会四天王の裏方及び補佐に回っているため、この辺りの機微に詳しかった。情報部戦略部長犬牟田宝火の耳には、届いているらしい。「猿投山が倒れたんだってさ」との通信が文月に入った。一方、文化部統括委員長蛇崩乃音及び風紀部委員長蟇郡苛の耳には入ってないらしい。「知らせる必要が?」「それもそうですね」実際、自分たちの仕事には関係ないことだ。耳に入れる必要もない。全ての情報を把握する必要がある者だけが、このことを知った。「あぁ、それと。あの件のことだけど」「はい」猿投山のことはスルーして、仕事の話をする。数分後、話が終わった。文月は犬牟田との意見交換を終えると、そわそわと動き出した。廊下を歩き、階段を上がる。生徒会室のある司令塔を上り、運動部統括委員長の執務室に入る。扉を開けると、誰もいない。執務室の仮眠室を見ても、誰もいなかった。
(保健室かな)
 病人を保護するなら、医療設備があるところだろう。伊織の判断だ、きっと三つ星の方を使っているに違いない。ここからのショートカットを割り出し、短縮で向かう。シュッと着地をして、三つ星専用保健室に入った。最先端の医療設備や器具が並んでいる。オマケに医療に必要な薬や包帯も揃っており、緊急時に役立つ。保健室のベッドも、ゴージャスだ。VIP室に使うマットレスを採用しており、寝心地は良い。その一角が、カーテンで仕切られている。(ここかな)文月は近付き、シャッとカーテンを開ける。そこに、猿投山が横になっていた。他に誰もいない。強張った文月の肩が、力を抜く。
「なんだ、寝てるだけですか」
「あぁ? だったら、なんでお前はここにいるんだよ」
「朝一部長会議の後、倒れたと聞いて」
 沈黙が降りる。猿投山の機嫌が一気に悪くなり、絞り出すようにいった。「倒れてねぇし」「ではサボりだと?」被せるように文月はいう。またしても黙り、数秒後、反論した。「まぁ、そういう感じだ」「本当に?」文月の追求が続く。猿投山は黙りこくった。
「まぁ、最近はとても暑いですし」
「ま、まぁな」
「熱中症で倒れるのも仕方ないと思いますが」
 説教する口調とは裏腹に、テキパキと用意している。点滴も打たれていない以上、安静に寝るということか。氷嚢を取り出した。パキッと二つに割って、中で瞬間冷凍を起こさせる。
「倒れないよう、気を付けるのもいいかと」
「へいへい。気を付けますよっと」
「本当に思ってます?」
 訝しく思う視線に、猿投山はなにも答えない。沈黙が全てを表す。この場合はNO≠セ。文月は無言で、猿投山の項を触る。「なっ、なんだよ」冷える首筋と文月の手の感触に、ビクリと起き上がった。組んだ足もシーツに下ろす。頭の下で組んだ手を解いた。肘をシーツに衝ける。文月はなにもいわず、猿投山の背中に冷えた氷嚢を当てた。
 肌に直に冷気が触れ込む。
「つっめた!?」
「ちゃんと身体を冷やさないとダメですよ。冷房が掛かってたとしても」
「だからって、いきなりやるこたぁねぇだろ!?」
「嫌だったら察して動いてくださいよ」
「ぐぅ」
 猿投山は二の句も継げなかった。「ちなみに、動ける予定は?」「もう少ししたら戻るよ」「だったら、書類の方もちゃんとやってくれるってことですね」そうとだけ告げて、文月は立ち去ろうとする。その腕を、咄嗟に掴んだ。
「なんですか」
 文月は振り返る。猿投山は、少し迷っていった。
「いや、もう少し涼んでいかねぇか?」
「はぁ、倒れたわけじゃないんで。そもそも、休む暇も」
「休んじまえよ」
 グッと腕を引いて引き摺り込んだ。


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