ある日のこと(卒暁から暫くした頃)

「山形にも、玉こんにゃくの出店が出ているんだよな」
「行こうと考えてません?」
 ピシャリと返したら先輩が黙った。場所は先輩の家。猿投山こんにゃく本舗のある実家である。近くに少し大きい工房を持つ敷地があり、そこで全国に出荷するこんにゃくを作っている。卒暁後、色々とあって行く当てがなかったため、先輩の厚意に甘えてお邪魔になっているのだ。(なんか、先輩の御両親とか兄とかは驚いていてたようだけど)そのとき、先輩は「まぁ、そういうことになる」とも返していたような気もする。先輩の御家族の対応が予想外で、驚いていたからよく思い出せない。思い出せないのである。──そう回顧しているうちにも、先輩は考えるのをやめていなかった。
 未だに、テーブルには各地のこんにゃく事情を記した地図が開かれている。ここ、私の部屋なんだけどなぁ。借りてる身だけど。受験の勉強にもなった。
「もし行くとしても、時期が被さったら無理なんじゃ?」
「そのときは来年にズラせばいいだろ?」
「それ回るのに何年かかると?」
「そりゃぁ、長くて四十七年だろうなぁ」
「『ライフステージ』って言葉、知ってます?」
「なんだそれ」
「なにかがあったら、行けないってことですよ」
 そう人生簡単なことじゃないし。「行くとしたら時期を確認して、一年で複数回訪れるしかないですね。違う地に」「もう一度行かないのか?」「祭りやってないじゃないですか」はぁ、と溜息は出てしまう。えーっと、この式を使って、っと。
「別に祭りがなくても行ってもいいじゃねぇか」
「話、聞いてます? そもそも、こんにゃくの各地の文化を知りたいフィールドワークを」
「俺だって、たまにはお前と旅をしてぇよ。なんの予定もなく」
 コトン、とシャーペンが落ちた。っと、いけない。意識を戻す。よし、今が現実。先輩が頬杖を衝いて、目を伏せて少しつまらなくしているのも事実だ。どっちの方に、つまらなく感じたのだろう? 後者かな。「そうですか」引っ掛けをしてみる。「そりゃぁな!」先輩が丸めた背中を伸ばした。
「お前はどうなんだよ。旅、したくねぇか?」
「それは」
 そうなんだけど、色々と事情があるだろう。お金の問題とか。確かに私は、本能字学園にいた頃で支給された額を一部手元に残しているとはいえ。「旅っていうと、修行みたいなものを思い出しますね」実際に『旅』ではないけど、鉄の仮面をつけた皐月様が悠然と放った言葉を思い出す。「旅っつーか、旅行みたいなもんでもいいけどよ」先輩が譲るようなことを言い出す。
「平和になったんだから、お前との思い出も作りてぇじゃねぇか」
「そうですか。でも、残念ですね。今週は雹を伴う暴風雨が来るそうですよ」
「はぁ!?」
「だから、今週中には無理です。私も行きたいけど」
『旅』っていっても、その手軽さだ。行ってすぐ出掛ける程度だと『外出』に当たるかもしれない。(まぁ、本能字学園にいた頃は、余暇を楽しむなんて暇はなかったからなぁ)公式に当て嵌めて、解いた途中式の中断から始める。確か、あれがこうなって、こうで。あぁ、耳が熱い! まだ耳に集まった熱は引かないようだ。途中式の続きを書く。
「そ、そうか」
 先輩も顔を赤くして、黙った。


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