チャレンジ失敗(在学中・二年)

 運動部統括委員長の仕事はまずまずだ。しばらく放置しても問題はないだろう。文化部統括委員長の様子を見る。乃音先輩も、順調そうだ。盗み見は悪いと思いつつ、吹奏楽部の演奏を聞く。(これは、モーツァルトかな)この音色からするに、チェンバロかな。ピアノもメインにある。清流のようでいて、草原を駆け抜けるような起伏がある。クラシック全般、いや作曲家の特徴というべきか。それにしても、この曲。いったいどういう名前なんだろう。
「モーツァルトの『ピアノ協奏曲第一九番』聞いたことなくて?」
「あぁ、やけに鼓舞するような感じがあったと思ったら、それ」
「正解。ピアニストとして生きるために、自身の演奏会で弾くために作られたようよ」
「へぇ。って、途中で中断するなんて、あんまりじゃないですか」
「誰かさんが盗み聞きしようとしたおかげでねぇ。入った瞬間、気付いたわよ」
「あら。邪魔するつもりはなかったのに」
「練習中に乱入した時点で、もうノイズよ。今後が演奏前に入ってくることね。演者にも失礼よ」
「わかりました。とりあえず様子を見にきただけです」
「そう。まっ、心配することはないわよ。どっかの山猿さんと違って、こっちはちゃんとやってるんだから」
「それもそうですね」
「きちんと皐月様の考えも見抜いて動けるのは、私だけなんだから」
「はははっ」
「なによ! その顔!! 信じてないような顔をしちゃって! んもぉ、むかつくぅ!!」
「はははは」
「あっ、そういえば」
 すかさず吹奏楽部たちの子にも休憩を出している。乃音先輩が話を変えて尋ねてきた。
「アンタって、ちゃんと寝てるの? 猿くんの近くにいると、結構舟を漕いでるわよ?」
「えっ」
 笑みを貼り付ける暇もなかった。「まっ、皐月様の前で無様な姿を見せるよりも先に寝ることね」なんていわれる。それは一理あるが、いや。そんなまさか。なんていって出たかわからないけど、まぁ乃音先輩にいわれてない。毒舌の追撃もないことから、当たり障りのないことをいって逃れたんだろう。(いや、しかし)そんなこと、あるか? あるわけない。ブンブンと頭を横に振る。まさか、他の人といる場所で、そんなことなんて。
 真実を確かめるために、先輩の執務室に向かった。意外や意外、真面目に座ってデスクワークをやっていた。しかし、今はそれどころではない。ツカツカと先輩の前を横切り、仮眠室に向かう。
「お、おい。千芳!?」
「なにもいわないでください。これは、乗り越えなければいけないことなので」
「いってる意味がわからねぇぞ!? っつーか、なにかいうことあんだろ!? この様子を見て!」
「はぁ?」
「珍しくやってるんだぞ!? 苦手な書類仕事を! 今!!」
「いや、それはやってて当たり前というか、あー。偉いですね、はいはい」
「もっと真心を込めていえッ!! 全ッ然響かん!」
「なんですか。褒められるためにやっているとでもいいたいのですか? そういうのは自力で。あっ、駄目。どっと疲れが出てきた」
「あ? おいおい。まぁた徹夜で無理をしたのかぁ? ハンッ、毎朝の会議へ出るのに必死だな」
「誰のせいだと。あー、駄目だ。どうしてこうなるんだろう」
「はぁ?」
「先輩の前だと、弱いところがどんどん出てくる」
 皐月様みたいに、鉄の仮面を被らなきゃいけないのに。昔はちゃんと隠し通せたのに。こんな不甲斐ない自分が情けなくて、ずるずる座り込んでしまう。膝を抱えて、顔を隠す。はぁ、と何事にも嫌になっていると「そうか」と小さい声が聞こえてきた。近付くような足音も聞こえてきて、グッと膝を曲げる。あー、そうか。随分と、身長差があったもんね。影が落ちたと思ったら、腕を掴まれた。グッと立たされる。顔も合わせたくない。
「俺は、別に嬉しいけどな。そんなんでも」
「はぁ? 人が落ち込んでいるっていうのに、なにを」
 いや、その反応こそ、なに? 後にいう言葉が途切れた。恥ずかしそうに顔を赤らめて目を逸らす先輩を見て、絶句する。「えっ」とようやく声が出てくる。
「なっ、にがいいたいわけなんですか」
 それで続く疑問をようやく絞り出せたら、先輩が激怒した。一瞬で傷付いた顔になって、目尻を吊り上げて怒鳴りつけてくる。「こっ、の馬鹿野郎ッ!!」生憎と、野郎といわれる筋合いはない。驚いていると、先輩がグッと涙を飲んでいる。
「本ッ当、お前のそういうところ。いい加減にしろよ」
「はぁ?」
「俺がどのくらい、何度傷付いたと思っているんだ。え?」
「そんなこといわれても」
(そもそも、そんな暇ないだろうに)
 正論がせり上がってくるけど、涙目で迫られてはどうしようもない。例え顔は怒っても、目の奥で傷心していることはわかった。これ以上心許ない言葉をいっては、先輩の気持ちも沈むだけだろう。「悪かったですって」とりあえず謝る。「誠意が足りねぇなぁ」まだ強請るか。この強欲め。そう思いつつ、背伸びをする。先輩が私にガン付ける傍らで顔を近付けてきたから、踵を少し上げるだけで済む。チュッと唇の先を合わせた。上唇と上唇の先端をピトッとさせて、リップ音を鳴らしただけである。踵を地面に下ろすと、ジッと先輩が見つめてきた。まだ拗ねている。
「もっとだ。もっとしろ」
「はいはい」
 仕方なく先輩の機嫌が直るまで付き合った。


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