猿投山は元から動体視力が強い(在学初期)

 犬牟田ほどではないが、文月も独自にデータを取る。四天王間での私闘は禁じられているが、特例は設けられている。文月は対戦した相手の情報は漏らさないが、本人に関することは告げる傾向があった。一時間で連敗を喫する猿投山に、文月はふと思いついたことをいった。
「そういえば。猿投山先輩って、目がすごく動きますよね」
「あぁ!?」
「なんというか、筋肉や視線の動きを追うかのように。動体視力とか強かったりします? それとも癖?」
(癖というか、っつーか)
「それを、お前にいう必要があるか?」
「ないですけど。ただ、気になっただけです」
 会話という休憩が入ったからか、猿投山が身体を起こし始める。汗を掻いているものの、先と比べれば息が上がってない。「ハンッ!」と胸を張りながら、猿投山は自身の目を指した。チョキの形が猿投山の両目を指す。
「俺の目から逃れたヤツなどいないッ!! 皐月様には、遅れを取ったが」
「それ、ただの一般人の範疇では? ヤンキーといっても、喧嘩が強い程度でしょう?」
「なにを!! そこらの一般人よりは強いわッ!!」
「別に先輩のことではないですから。『逃れたヤツ』に入らないのが、ただの一般人でしょうという話で」
 現に、私に何敗も喫しているじゃないですか。と文月は容赦なくいう。まだ本気も出していないどころか、実力の十分の一すらも出していない。しかも自分より年下であるのに、だ。この二重の事実に「クッ!」と猿投山は悔しがる。竹刀を震わせて、切っ先を千芳に向けた。
「もう一度勝負だッ!! 今度こそ、お前から一本を取る!」
「そんな連戦より、短所を克服した方が早いかと。御前試合とかではなく、命の奪い合いをするんでしょう? ならば、急所となる短所を克服した方が早いかと」
「グッ、それを今どうにかしているんだろうが!」
「何回も挑戦して一本取られ続けることが? あっ、蛇崩先輩の演奏を聞く予定があった」
「おい! 俺との勝負はどうした!?」
「記憶を整理することも必要かと。そうそう、落ちる葉を切る練習をしたらいいのでは? 動体視力と静の二つを鍛えられて、一石二鳥でしょう」
「はっ!? いや、そうか」
 突然背を向けることに憤るものの、いうことは一理ある。「なら、三つ星専用体育館にあるアレを使って」「いや、あれを使う手もあるか」などと思案する猿投山を放って、文月は次の予定に向かった。蛇崩の演奏を聞くという名の手合わせである。蟇郡や犬牟田に関しても、運動という名目で付き合う。鬼龍院皐月からの命令だ。「アイツらの練習相手になれ」ということは、鬼龍院皐月の御心の一つだった。(まぁ、全体の戦力の底上げもとい、鬼龍院皐月の配下が強くないと話にならないって感じだし)一点が強すぎても、話にならない。ノイズを消して、演奏のみを聞く。地団太を踏む蛇崩を見ながら、改善する点を伝える。ついでに、伊織へデータも送った。(犬牟田先輩がいると、この手間が省けて楽なんだけど)とはいえ、四天王は我が強い。相手に弱味を見せるなど以ての外だ。口論や舌戦はするものの、互いの弱味を見せるなどの真似はしない。情報戦略部室に寄り、デバイスの相談をする。拡張の話に纏めてから、風紀部の様子を見た。いつも通りである。規則正しい学園生活へ生徒を律しようとしていた。無星のグラウンドに入り、部活動の様子を見る。どの生徒も精を出していた。『部活で功績を残せば一つ星に昇進できる』この甘い蜜に釣られてのことだろう。(本当、皐月様も人が悪い)真実であるが。
 ふらふらと学園の中を歩き、報せを待つ。特に悪い報せは入ってこない。文月がメインとする仕事は入ってこなさそうだ。三つ星専用のエリアに入る。猿投山はまだいるかと思い、様子を見てみた。フラリと立ち寄る。覗き込むと、落ちる葉を待っていた。動じない、動かない──静止する時間が長いからか、小鳥が近くの枝に停まっていた。野生を油断させている。文月は気配を殺し、猿投山の後ろに立ってみた。集中力が長い。その上強い。(一点集中か)視覚を封じ、他の受容器を敏感にして気配を悟ろうとしているんだろう。そう思いつつ、声をかける。
「なんだったら、木に登って枝をゆすってあげましょうか」
「どぅわっ!?」
 驚いた猿投山の声で、一斉に鳥が飛び去った。バサバサと羽ばたき、木々が揺れる。鳥たちが飛び立つ反動で、木の葉が数枚、枝から落ちた。ゆらゆらと、空中で消える。ポカンとした猿投山が文月を見上げ、一気に目尻を吊り上げた。顔に険が寄る。真っ赤に怒る猿投山を見て、文月はポツリと呟いた。「だって、その方が早いと思って」これに猿投山は噛み付く。
「余計なことをするんじゃねぇ!!」
「だったら、今のくらい気付いてくださいよ。消した気配にも。ゆっくりと来たんですから」
「ぐっ、ぐぬぬ!」
 憤る猿投山の肩が震えた。


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